第3話
アパートの玄関に立ち、三城は鍵を探すそぶりを見せたが、ふと気づいて手を止めた。
「……鍵、かかってない?」
軽くドアノブを回すと、まるで誰かが中にいるかのように簡単にドアが開いた。その様子を見た灰里が目を細め、鼻で笑う。
「随分無用心なとこ住んでんだな。まぁ、おかげで入る手間が省けたけどよ」
そう言うや否や、灰里は三城を押しのけるようにして先にドアを開けて中に入った。
「おい、勝手に――」
三城の抗議もどこ吹く風、灰里は気に留めずにアパート内を見回す。
「ふーん、思ったよりまともじゃん。もっとゴミ屋敷みたいなのを想像してたけど」
三城は灰里を無視し、自分の部屋へと急ぐ。ドアを開け、中に入ると、見慣れた家具や酒の空き瓶がそのまま残っていた。しかし――
「……ない。俺の身体が……ない?」
三城は焦りながら部屋中を探し回った。ベッドの上も、床も、押し入れも。どこにも自分が眠っているはずの姿は見当たらない。
「どうなってる……? 確かに、ここに倒れたはずなのに……」
額に手を当てて思い出そうとする三城を尻目に、灰里は部屋の入り口にもたれながら呆れたように言った。
「おいおい、どんだけ念入りに探してんだよ。自分の身体なんて、そんな簡単に消えるか?」
その言葉に三城は振り返り、灰里を睨みつける。
「だったらおまえの目で見てみろよ! 本当にどこにも――」
そのとき、不意に部屋の外から足音が聞こえた。そして、ドアの向こうから威圧感のある声が響く。
「おい、誰だお前は! 勝手に部屋に入って何してる!」
顔を出したのは大家の中年男性だった。その目は真っ先に灰里をとらえ、警戒心をあらわにする。
「なんだこの派手な格好の若いのは。不審者か? 警察を呼ぶぞ!」
灰里は露骨に面倒くさそうな顔をしながら手を挙げた。
「落ち着けって。ここ、友達の部屋だからさ」
「友達? 誰だ、それは? この部屋は確か……」
大家が険しい顔で問い詰めると、灰里はやれやれと言いたげに、適当に話を合わせる。
「あー、名前忘れた。けど、そいつから頼まれて、荷物取ってきてくれって。いないなら仕方ねぇけどな」
胡散臭い言い訳に大家の眉がさらに険しくなったが、灰里は動じず続ける。
「ったく、疑うなら警察呼んでくれば? 俺もそいつがいなきゃ困るんだよ。荷物、取りに来ただけなんだからさ、シャツにスラックスだけで妙に映える、むかつくぐらい整った顔の奴だろ?」
その言葉に大家の眉がピクリと動く。
「……ああ、あいつか。確かにそんな奴だった気がするな」
「だろ? 俺も最初会った時、『なんだこいつ、妙にキメてるな』って思ったよ。で、友達経由でそいつの荷物取ってきてくれって頼まれたんだって」
大家はしばらく考え込むような顔をしていたが、灰里の言葉と態度に一応の納得をしたのか、警戒を緩めた。
「まぁ……あいつなら確かに、言われてみればそんな感じの顔だったな。でも、今いないなら困るぞ。何かあったらちゃんと俺に連絡するんだぞ」
「へいへい、わかってますよ」
灰里は軽く手を振って大家をあしらう。大家はまだ若干の疑念を抱えているようだったが、それ以上は何も言わず去っていった。
三城はそのやり取りを見ながら、呆れ半分、驚き半分で口を開く。
「……なんであんな適当なこと言って通じるんだよ……」
灰里は薄く笑いながら答える。
「これが経験の差ってやつよ。まぁ、これで時間稼ぎできたろ。で、どうすんだ? 身体がないんだろ?」
灰里は面白がるように笑いながら答えた。
三城は曖昧な表情を浮かべながら、それ以上は何も言えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます