【2】「気弱な大男」

大量の爆薬と、大勢の悪人を詰め込んだ魔動車は、

夜中の岩山をゆっくりと進んでいた。


山吹色の大月が、しっとり、影を作っている。


魔動車なんて上等なものが用意できるという事は、

依頼主は相当太いパイプを持っている。


俺が、意地汚く、そんな事を考えながら、

荷台を仕切るカーテンの隙間から、進行方向を見ると、

例のべっぴんな依頼主が見えた。


「……ほほう」


全身をくまなく覆った黒づくめ。

顔も黒いヴェールで隠しているが、

その豊満なバストは、魔動車の揺れに合わせて

水々しくたわんでいる。


「うひょ〜…こいつは眼福だなぁ

 ……おい、あんちゃんも見てみな!」


俺は、感激のあまりに、

少し離れた位置にポツリと座る大男に声をかけた。


「……なんですか?」


大男は、図体の割に気が小さいのか

その声色からは自信が伺えない。


「ほれ、あそこを見てみなよ。

 ウドドの聖山よりも、

 よっぽどありがてぇ大山だぜ?

 どれ、一つ拝んでおくか」


俺は「有難や〜」と、聖山ならぬ性山を

うやうやしくする祭り立てる。


「……なるほど。

 とても大きな乳房をした女性だ」


「……あ?」


大きな…乳房をした……女性だぁ?

あの御神体を前にして、そんなカスみたいな感想かぁ?


「なんだてめぇー!!

 つまんねぇやろうだぜ!おい!!

 てめぇはよぉ〜!!」


「……すまない」


思わず大声が出る。

それで見られている事に気付いた依頼主の従者が、

俺をキッと睨んで仕切りのカーテンを正してしまった。


「あ〜あ」


「……すまない」


やたらと腰の低いその大男に、

俺は何やら興味が湧いてきた。


他の奴らとは違う、独特の雰囲気を感じたからだ。


俺は、その大男の近くに座ろうと近づいてみる。

すると、男は何か思う所があるのか、

一定の距離をたもって、スーと離れた。


その様子から、まずは為人ひととなりを見てから

警戒心を解こうと考え、大男の身なりに目をやる。


目測で身の丈2メートルくらい、

顔のほとんど見えない、金のざんばら髪と

伸び放題の無精髭を蓄え

くたびれた麻服の中には、

弾けんばかりの屈強な肉体が、ギュウギュウに収められいる。


人間が見えてこないな……

仕方がない、正攻法でいくか。


「まぁ…なんだ。でっかい声出して悪かったな。

 悪気はない。そう警戒しなくても良いじゃないか。なぁ?」


「いえ。嫌な気がしているわけじゃないんです。

 私は、人に近寄られるのが苦手なんだ」


こりゃまた、小心者が服着て歩いてるのか?


その図体で、そんな事言ってたら

市場で買い物もできないだろう。


「俺はアシナメ。ギルドじゃそう呼ばれてる。

 あんたは?新顔だろ?」


「どうもアシナメさん。

 私は…ネモと呼んでください」


「ネモ?……お前さん、流浪人るろうにんだろ?

 元は戦士か…軍人ってとこか?」


「驚いた。どうして?」


「その偽名に覚えがある。

 人族アロアントの戦人が名を伏せる場合、

 『人にあらず虫以下』ってな意味で「ネモ」を語ると……まぁ受け売りだがな」


「物知りなのですね。

 当たらずとも遠からずと言った所です」


ほんの少しの会話だけでも

ネモの語り草からは、知性の高さが感じられる。


俺は本能的に「この男は、ある程度利用できる」と考えた。


「なぁネモ。さっき、女の横に居た従者を見たか?

 白髪に褐色肌の性格のキツそうな女従者だ。

 あの身なり、ありゃ虚神教の僧兵だぜ?」


「虚神教?……というと、

 虚神ゲルドパンを今でも信仰しているとか言う…」


「そうそう。

 ロクな噂を聞かねぇイカれた御一行だ。

 でも…怪しいだろ?

 この一件…裏に何かあるぜ。

 あんたも報酬に釣られた口だろ?

 なぁ俺の計画に乗っかるつもりはないか?」


「計画とは…何かはかりごとを?」


「おうよ。

 俺はな、裏ギルドに依頼してまで

 列車を止めたいっていう、その理由に気が回るわけよ。

 お前さんはどうだ?気にならないか?」


「あまり深く考えずに、路銀欲しさに参加したのですが……

 確かにアシナメさん。あなたの言う通り、この依頼は何か怪しい。

 いったい何があるのでしょうか?」


「さて…俺の見立ては……

 王国貴族の弱みに相当する情報か…

 秘密裏に運送している金品、それか魔道具あたりかと思ってる。

 どれを取っても、今回の依頼料なんか目じゃない儲けに化けるぜ?」


「つまり……泥棒から泥棒するという事ですか?」


「……あ〜……まぁ…そうか。

 そういう事になるのか?」


「なるほど……そういうのも……良いかもしれないな」


ネモの口ぶりからは、悪い印象を受けない。


それを感じ取った俺は、ここぞとばかりに

生業なりわいつちかった話術で説得を試みる。


「俺は見ての通りひ弱な男でな、

 背もあんたの胸まで、腕は3分の1くらいか?

 腕っ節の立つ相棒が居れば心強い」


「…なるほど」


「それに、あんたさんは誠実そうだ」


「そうですね。

 ……こんな私でも…協力できるか…だが…

 そうか……うん…やってみても良いかもしれないな」


おっ!しめしめ!のってきたな!!


「ですが、一つだけ約束があります」


「……約束?」



「決して、絶対に私に触れないで下さい」



「あ〜?変な奴だな

 誰が好んで野郎なんかに触るかよ?

 約束するぜ、俺はお前に触らない」


「それなら、協力しましょう」


「よしっ!決まりだな!!」


俺は、張り切った言葉とは裏腹に、

ネモの煮え切らない、まごついた言葉や、

過度に怯えた他人との距離の取り方に

少しの苛立ちを覚えていた。


俺自身にも、その明確な理由はわからなかったが、

恵まれた体を持っているくせに、その役を全うしていない。


そういうネモの為体ていたらくに、呆れた気持ちを持ったのかもしれない。


もしくは、それは同族嫌悪なのか。

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