一章【くたびれた英雄】

【1】「おいしい仕事」

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【視野1】「ケチな商売人」


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「兄さま兄さま」


香の焚かれた洋室でくつろぐ俺は、

そそくさとベッドに入ってくる妹に、足を絡めた。


「こらこらメグ。兄ちゃんもう寝るんだから

 自分の部屋に戻りな」


「兄さまぁ…今日も一緒に寝たい」


「またかぁ?」


「うん」


「仕方がないなぁ…妹よ」


「だめ?兄さまぁ」


「ダメな事あるか。

 ほれ、兄ちゃんの横に枕置きな」


「うん!!」


脇の下に体をねじ込んで、

小動物の様に丸くなった妹は、

その小さな顔を俺の体にグリグリと押し付けてくる。


「せめぇなぁ」


「ふふふ!」


「笑うな笑うな。

 こしょばいだろうが」


「兄さま、蝋燭ろうそく


「はいはい」


…………ジュッ………………………


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


「兄貴……起きてくだせぇ兄貴」


「ん…あぁ………なんだ?」


全身に、酒酔い特有の腫れぼったい気だるさが残っている。

俺は、上体を起こし周囲を見渡した。


ここは裏ギルドの酒場。

どうやら俺は酔って寝てしまったらしい。


「へへっ!兄貴が寝てたもんで、

 変わりに聞き役をしていまして!

 へへへ!!」


「聞き役?…なんかあったのか?」


「へぇ!そりゃまた具合の良い話がひとつ!!」


ヘラついた小男は、指をいやしく擦り、俺の返答を待っている。


「……銅貨2枚で聞こう」


「へへぇ……5枚の価値は保証しますぜ」


「……なら、前金2枚、良い話ならあと3枚」


「前金3枚で、頼みますぜ」


「……よし、話せ」


生粋の小物を自負する俺が、

その話を聞いたのは、

裏ギルドの下っ端からだった。


なんでも、えらくべっぴんな女が

ウドド聖山をピストン運行している列車を止めて欲しいと、

そう裏ギルドに依頼を出したらしい。


しかも、その報酬は目ん玉が飛び出る額だそうだ。


この椀飯振舞おうばんぶるまいに、

裏ギルドの悪人面が、総じて歯茎を剥いたらしい。


なにせ俺達みたいな日陰者からしてみれば

列車の1台2台止める事なんか朝飯前。


付け加えて王都暮らしの金持ち連中が、

自分たちの儲けの為にこしらえた列車を

有償で邪魔できるのなら、最高の祭りになる。



しかし、俺は他の連中と比べて、少しばかり頭の出来が良かった。



そんな大金を積んでまで、止めたい列車となると、

それ以上の『価値』が隠されているに違いねぇ。


「おい。後金の2枚だ。それもって失せろ」


俺は、その他大勢と同じく歯茎を剥いた。


儲けに狙いを定める意地汚い策謀さくぼうを抱いて。


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俺は、今年で38歳になる魔族ゲルアントだ。


元はそこそこ裕福な家に生まれたが、

小さい頃からの怠け癖で、

お家が継いできた魔石商売を雑にこなした結果、

太い得意先にケチがついた。


逃げる様に家から飛び出た俺は、

右も左もわからないボンボン小僧。


だが、それなりの教養があるおかげで、

出来損ないの中では上手く立ち回れた。


せこせこと悪知恵を使って小銭を稼いでいるうちに、

それが板に付いて生業になっていった。


そのうち裏ギルドの中じゃ、そこそこ名が売れた。


ギルドの連中は、そんな俺が気に入らない様で、

いつも勝つ側に居て、ほくそ笑んでいると噂され、

きっと裏がある、貴族の足でもねぶっているに違いない。

てな具合で、俺を通称で【アシナメ(足舐め)】と呼んだ。


名が売れるのは良いことだ。

本名も隠せて一石二鳥。


俺は、嫉妬なんか気にしねぇのさ。


仕事もそれなりに安定して、

金も満足いくだけ手元にある。


それだと言うのに。


俺はたまに、ふとした時に、

どうしようもなく虚しくなる。


開いた大穴に、乾いた風が止めどなく流れてくる。


そんな虚しさだ。


いつどうして、そんなものができたのか

俺はその事に重いフタをして、考えない様にして生きてきた。


きっとそれは、この先も一生続く。


もうあの夜には帰れないのだから。

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