第2話「死骸の場所」1

 冒険者ギルド支部は町はずれに置かれることが多い。

 外に冒険に出かけた冒険者がモンスターの死骸を引きずってきたりすることもあり、街の中心にあると何かと問題がある。またうっすら治安の悪い施設というイメージも強く、設置時に反対運動が起きたりもする。近隣に人が少ないところを選ぶとおのずとそういう立地になる。

 町が外敵に攻撃を受けた場合に冒険者ギルドを盾にする意図もあって城門、城壁近くに設置するよう地元の領主に命じられることもあるとか。

 御多分に漏れずサンブリッジの町の冒険者ギルド支部は東の城門近くにある。

 煉瓦作り地上三階地下十階建て、本館の他に敷地内に訓練所や酒場や倉庫、公認商店が並んでいてそれ自体小さな町のような存在だ。

 で、俺はいつも裏から入る。一般冒険者はあまり知らない、飲み屋街の路地にギルド専従職員、内勤専用の入口がある。

 別に表から入る職員もいるが、俺の場合は常に裏口だ。


 二階の角部屋に調査部の部屋がある。一応俺のデスクもある。

 俺が部屋に入ると同僚、ロブさんが先に席についていた。エルフの老人、ロブさんは非情にゆっくりとこちらを振り向きのったりと手を上げる。その頃には俺は鞄をデスクに置いている。

 噂ではロブさんは天地創造のちょっとあとに生まれたらしい。それは盛り過ぎにしても少なくとも千歳にはなっているはずだ。見た目は若いがエルフにしても超高齢、動きはのろい。

 どういうわけか仕事はできる。

 この部屋にデスクは三つ。部署は俺とロブさんと上司のものだ。とはいえ部門長は編成上副支部長が兼任しているので席にいることはほとんどない。

「おはようございます、ロブさん」

「ああ、おはよう。なんだか下にキミを探してる人がいたけど。また誰か殺した?」

「あー。まあ、ちょっと」

 これが俺が裏口から来る理由だ。それはまあいい。ギルド支部内で俺を襲うほどの阿呆はめったにいない。先月は二件しか襲撃はなかった。

 デスクには上司、副支部長からの呼び出しが乗っている。

 こうしてまた仕事が始まる。



 「お死骸回収保険は知っているな」

 副支部長、ハナ切り出す。東方出身という黒髪の美人剣士だ。差し出すのは保険のパンフレットと記入済の契約書、冒険者の登録情報票(ステータスシート)。

 パンフレットは冒険者なら誰でもみたことがある、ギルドが売っている保険のものだ。いろいろ種類があるが死骸回収を請け負うのがそのまんまの名前のお死骸回収保険。

 冒険者は冒険中によく死ぬ。ダンジョンの罠を甘く見て、このくらいの敵なら楽勝で勝てると思って、あるいは万全の準備をして用心していてもそれを上回る不運に出くわして。それはもう笑えるくらいにあっけなく死んでいく。

 多くの冒険者たちは自分たちがやっていることの死亡率なんて知らない。

 もちろんギルドは知っている。冒険に出かける時には冒険届を出させるし、期日までに帰還報告が無ければだいたいそう言うことだ。

 参考までに昨年一年で冒険者ギルドサンブリッジ支部では286人が新規に冒険者として登録した。現在も活動中の冒険者は177人。45人が早々に見切りをつけて引退。31人がギルドが死亡を確認済で13人は未知のどこかで冒険中(婉曲表現)だ。

 冒険者になった新人の一年後生存率はそこらへんの老婆と同レベルだ。

 で、そこで登場するのがこの間抜けな名前の保険だ。この保険に入っておけばいざという時ギルドが死体回収のため手を尽くしてくれる。美味いこと回収出来たらオプションの蘇生で復活するか、でなければ故郷の墓に入って安心して眠る事ができる。とってもお得で今入ると石化鳥の羽ペンも貰えちゃう。

 ギルドもあれこれ商売しないとやっていけない。

「入るやついるんですねえ、この保険」

 とはいえ冒険者なんて自分は何があっても死なないと思い込んでるようなやつがなるものだ。死んだ時の保険なんか入るのは変わり者。

「ギルドの良心的なサービスだ。本来、もっと利用されてしかるべきだ」

 本心かどうか知らないが大真面目にハナ副支部長が言う。

「しかも蘇生オプションもつけてない。この保険、金に余裕があって慎重なタイプの冒険者が蘇生オプションのために入るものだと思ってました。素の死骸回収保険なんて」

「金の無駄、かな。だが考え方はそれぞれだ。よく見てみろ」

「……ああ、なるほど」

 職種はクレリックで情報票の信仰する神格は黒羊とあった。死後の安息を重視する、秩序・中立の神だったはずだ。

「ギルドの保険にも需要と供給がかみ合ってることがわかって一安心、ですかね」

 めでたしめでたし、で雑談して終われればよかったのだが。

「渓谷のダンジョンで死んでいることが分かり、回収依頼があった。行ってもらいたい」

 ギルドが回収のために手をつくすとうたっている以上は契約は守らなくてはならない。働くのは専属スタッフというわけだ。



   ***

 ダンジョン登録情報票

 ダンジョン名:渓谷のダンジョン ダンジョンID:144-0132 管理タイプ:一般 登録年:774 登録者:アキル・サーシュ

 構造:人工・地上1層(廃墟)、地下4層、未探査部有 

 累計探査回数:16 回収済財宝総額:6820GP 遭遇最大脅威:ジャイアントスケルトン 罠情報:人為・工学/魔術・致死 メタリスク:微小な法的リスク

 ダンジョン概要:伝承によればハザンなる死霊術師の研究施設であったとされる[要出典]。周辺を徘徊するゾンビ、スケルトンとの関連性を問題視した近隣村長により冒険者ギルドに調査及び管理が依頼され、ダンジョン仮登録が行われる。4回に及ぶ手紙、肉声、魔術的呼びかけに対し反応なし。

 長期間における管理者の存在不確認、地域の同意、接触への無反応の三項目を満たしたためダンジョン登録。合わせて村を依頼主とした一次調査を行った。一次調査の結果については報告書参照。

 一次調査により周辺への脅威リスク小と算定され一般ダンジョンとして解放済。

   ***


 というわけで渓谷のダンジョンにやって来た。名前から渓谷の中にあるダンジョン化と思ったが、渓谷の崖上にあり見晴らしは良い。

 ギルドの情報によれば死霊術師が住んでいたというが、廃墟になった屋敷の壁はレリーフが施され、荒れた庭には花壇の残骸があって半ば野生化した百合が咲いている。趣味が良い死霊術師だったのか。

 死霊術のイメージは呪文系統の中では圧倒的に悪いが、とはいえこの地域では違法ではないしいろんなタイプがいるはずだ。丁寧な暮らしをする死霊術師だっていてもおかしくはない。勝手に百合でもタンポポでも育ててればよろしい。

 館の廃墟の階段から地下室へ、そして元は隠し扉だった今はただの穴をくぐって研究施設に。松明はもってきたが青白い恒久灯が残っていて一気にダンジョンらしくなる。


 依頼人は地下三層目、放棄された倉庫にいた。

「えー、冒険者ギルドから来ました。お死骸回収保険の契約者様……リナさん本人ですか」

「はい、そうです」 

 そう答える契約者、リナは半透明に微笑んだ。クレリック姿の赤毛の女性。

 死骸回収の契約者本人なんだから、当然死んでいる。

 心残りがあって現世にとどまった死者、ゴースト。俺はさすがに緊張して向かいあう。

  ゴーストは怖い。冒険者ならたいがい同意してくれるはずだ。物理攻撃無効、憑依や恐怖という嫌らしい能力山積みだ。とはいえ目の前にいる女性ゴーストはおとなしく空中にふわついている。

 この冒険者ゴーストに偶然探索に来た別パーティの冒険者が遭遇し、冒険者ギルドに死骸回収の依頼をするよう伝言され、こうして俺がやって来たというわけだ。なかなか本人からの死骸回収依頼はレアケースだろう。

「握手もできずすみません」

「いえ、おかまいなく」

「……冗談のつもりだったんですが」

 生前は明るい人だったのかもしれない。アンデッドジョークは笑えない。

「ええと、それでご自身の死骸の場所がわからないんですね」

「そうなんです。困ってしまいます」

 まるで財布か何か忘れたかのように言う。

「ここで死んだんですよね?」

「ここ、というかこの下で」

 リナが指さすのは倉庫の床。そっと叩いてみると、一瞬おいて大きく床が開いて穴が開いた。はるか下に岩肌の床が見える。50フィートはありそうだ。

「なるほど。十分デストラップですね」

「これにかかってしまったみたいで。お恥ずかしい」

「ああ、いえ。最初は誰でも」

 適当にフォローしようとして、続く言葉が見当たらない。デストラップでの失敗は最初で最後だ。

「この下には死骸はないんですね」

「はい。がんばって潜って探してみましたが、あまり遠くまで動けないものですから」

「そうみたいですね」

 ゴーストは死亡場所周辺に囚われることが多いようだ。

「それに、虫がたくさんいて」

 冒険者なのに虫が苦手とは難儀なことだ。

「このままではお墓にも入れないので困ります。保険に入っていてよかったです。強引に勧誘されて断れなかったんですけど」

「ああ、それはどうも。あとで担当に注意しておきます」

 やっぱり勧誘はしつこいのか。とはいえ結果的に満足しているようでよかった。ゴーストに金を返せと襲われたら苦労する。

 敵対的であればゴーストは脅威レベルは4だったか。ふと思う。ダンジョン登録情報の最大脅威欄を更新するべきだろうか。

 とにかく顔合わせはしたし、調査をすると約束する。

「よろしくお願いしますね。リアニメイトされるなんて黒羊様に顔向けできません」

「……今なんと?」

「どうも私の死体、死霊術をかけられちゃった気がするんですよね。なんとなくですけど」

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