第1話「密猟者たち」3

 監視をしている間に夜が来る。

 森の夜は星も見えない。天候が安定しているのだけは有難い。毛布をかぶって岩にもたれながら俺は密猟者たちのキャンプを見張っている。

 密猟者と思えないほどにやつらの様子は明るい。時折盗賊男が何かふざけたことを言って騎士少年をからかっているようだ。そのたび女戦士が何か怒鳴っている。距離的に普通の話声は聞こえないが、女戦士の怒鳴り声だけは風向きによっては聞こえてくる。「無礼者……!」とかなんとか。

 まるで普通の冒険者たちのような楽しそうなキャンプだ。時々焚火を反射して貝を模した金属の冒険者ギルド証がきらりと光る。

 あいつらは竜のタマゴを取るのがギルドの掟に反している自覚があるのだろうか。

 密猟冒険者たちは肉を焼いているようだ。脂っぽい匂いが流れてくる。俺はもってきた硬いパンと、マゴラ茸をかじって腹をごまかす。


 ある程度の時間観察しているとだいたいのレベルがわかる。装備品、その手入れ、身のこなし。女戦士と盗賊男はようやく一人前程度、騎士少年は正統派の訓練を受けているようだが冒険者としては駆け出し。

 全員が俺より格下だが、総合戦力はあなどれない。1v3でまともにやり合えば苦戦必至。厄介なことだ。

 やがて三人は見張りを立てて交代で寝始めた。最初は女戦士。おそらく次は盗賊男で騎士少年には番を回さないつもりだろう。

 なんとなく関係性が見えてくる。高貴な血筋の少年とそれに仕える女戦士、金で雇われた盗賊男。

 没落した、あるいは追放された貴族が冒険者になることもままある。ほとんどの貴族は戦闘訓練や魔術の教育を受けているからそういう意味で適性はある。

 ただ、冒険者に一番必要な適性である命の軽さがないだけ長続きしないことが多い。


 俺はいろいろな方法で奇襲が可能か検討する。どれもリスクがある。

 なるべく楽に安全に勝ちたい。俺は心の底からそう思う。だから生き残ってきた。

 夜明けとともにまた追跡を続け、人里が近づいたらギルドから人手を呼んで安全に勝つ。それが最良なような気がした。なにせ卵を割るわけにはいかない。

 竜との契約が俺に最善の努力を求めている。


 ギルドは正式名称を冒険者職能組合法人冒険者ギルドという。【唯一法人】と呼ばれることもある。

 竜、人外、神格、そういったものに組織として契約できる唯一の存在が冒険者ギルドだ。

 例えば世の中には国や商会なんかが無数にある。しかしどれも竜と契約することはできない。竜は国ではなく王、商会ではなく商人個人での契約にしか応じない。

 比較的短命の人間がつくる組織を契約の相手とは認めていないのだ。

 唯一の例外が冒険者ギルドだ。理由は単純、その継続性と能力が段違いだからだ。神や古龍を相手に何世紀もの間、無数の冒険者たちが契約の維持に努めて来た。

 ギルドの一員でありながらギルドの禁止する行為をすることの意味をわかっていないものも多い。ちょっとやばい、酒場で言えない仕事くらいに考えてキノコを採ったり竜のタマゴを持ち出したりする。

 大きな間違いだ。


 昔は俺にも仲間がいて、ああやってキャンプをしたものだ。

 ちらつく火を見ていると、どういうわけかあの三人が仲間のように思えてくる。くだらない。

 休まないと翌日まともに動けない。俺は浅く眠る。俺の背中を守ってくれる見張りはいない。

 


 朝靄が漂っている。夜明け頃、三人全員が起きたあたりで俺も休息を終える。

 今日はこいつらの起こした問題にけりをつけないといけない。

 三人は朝食の用意を始めた。自然に細くなっていた焚火にまた枝をくべている。何かのスープを煮始めた。

 俺は干し肉を温い水で流し込む。水袋もだいぶ軽く一日追跡するとなると心もとない。どこかで汲めればいいのだが。

 今後の展開をなんとなく考えていると、冷えた空気が流れてくる。たっぷりと夜気を残した澱んだ空気。

 元を探すと、靄の中に蠢く影がいくつかあった。

 饐えた臭いに低いうなり声。グールだ。グールは夜の間に森を徘徊し死肉や何か餌を探す。こいつらは遠出でもしすぎたか、夜明けまでに巣穴に戻れなかったのだろう。どんくさいやつらだが朝日に爛れた肌を焼かれ狂暴化している。

 見つかると面倒なので気配を消す。が、別にグールはもう獲物を見つけていた。三人のキャンプに向かってよろよろと進んでいる。

 靄でちらつく影を数える。七体いた。


 俺はこれから起こることを想定する。

 グールどもは詰んでいる。どうせ陽が昇れは全身を焼かれて死ぬだけだ。腹いせに生きてるやつを襲って最後に肉を食おうとしてるんだろう。

 三人で七体のグールを撃退できるかどうか。運次第だ。順当にやれば対処できない構成じゃないが、戦闘ではまぐれが起きる。

 なにせグール側は手数が多い。運を伴った一撃で女戦士なり盗賊男なりが昏倒してしまえばあとは一方的に袋叩きにする展開だってなくはない。

 とはいえ手を貸す義理はない。見物させてもらう。

 まずは盗賊男がグールに気が付き警戒を呼びかける。

 戦闘が始まった。


 グールどもは台地を駆けのぼる。女戦士は加護の範囲バフをかける、盗賊男はグールの足元の地面に油を呼ぶ呪文を使う。数が多い相手への基本的な対処法だ。それでも足を取られなかったグールが三体キャンプに到達、冒険者たちと接触する。

 穢れた爪を振って近寄るグールを女戦士が迎え撃つ。騎士少年が横にならぶ。女戦士は少年に何か言う。多分下がっていてくださいとかそんなことだろう。

 騎士少年は装備が良く、若く、経験が薄い。女戦士にとっては大事な若君、かばいたくなる気持ちもわかる。

 それでも少年は下がらなかった。戦闘としては正しい判断だ。前衛職が後ろにいても何にもならない。駆け出しレベルの少年でもグール一体なら十分にひきつけられる。

 グールの攻撃を女戦士は回避し、少年は防具で受け流す。反撃にグール一体を二人で狙い切り倒す。盗賊男は弓を取り出し、動きが鈍い後列のグールを狙っている。

 実際の戦闘ほど情報が取れるものはない。三人の技量と戦術眼についての知見を更新していく。

 指示役の女戦士は訓練はしっかり積んでいるが、冒険者としては経験が浅そうだ。多数の敵のさばき方がわかっていない。

 盗賊男はまだクラウドコントロールをわかっている。一気に殺到され乱戦になると数が多いグール側が有利になる。範囲を移動困難化して戦線をつくるのは正しいやりかただが、数が少ないうちに倒しきるために前に出るつもりはなさそうだ。自分自身はリスクを負いたくないという戦闘スタイルだ。

 金の分は働くがそれ以上はしない、モグリ冒険者らしい立ち回り。

 少年は案外戦場を広く見ている。素質は在りそうだが、技量が伴っていない。経験を積めば面白い冒険者になったかもしれない。

 惜しいことだ。

 女戦士がもう一体グールを倒すが、滑る地形をまた三体のグールが突破する。女戦士と少年騎士だけでは抑えきれず、一体がキャンプに踏み込む。やむを得ずという感じで盗賊男がダガーを抜く。

 俺は介入を決意する。卵に戦闘が近づきつつあるからだ。戦闘の正面を迂回し、やりあっているグールと三人を横から見れる位置に出る。移動している間にまた一体グールが倒れた。グールは残り四体。人間側も少しづつ負傷しつつある。

 現状の戦力比は俺を10とするとグール3、三人組5といったところか。冒険者側が抑え込みつつあるがまだマギレはありうる。つまり卵にリスクが及びうる。


 俺は呪文を唱え、横から扇状の炎でグール二体を焼く。三人組は驚いたようだが、それでも女戦士と盗賊男がそれぞれ目の前のグールにたたみかける。少し時間はかかったがグールは全滅。その間に俺は次の呪文を用意する。

「やあ、どなたか知らないが助かった。助力に感謝……」

 警戒を解いた女戦士はそんな事を言いかける。三つの勢力の一つが消えただけだが、戦闘終了と思ったのだろう。有難い勘違いだ。呪文を完成させ、眠りの雲が女戦士中心に広がる。一瞬驚いた顔をし、そして倒れて寝込む女戦士。これで戦力比は俺が10なら三人組の残り、少年と盗賊男は3。

「何をする」

 少年騎士が剣を構えて女戦士の前に出る。立派な心掛けだ。グールにやられて出血もしているようだ。

「冒険者ギルド調査部の者だ」

 俺は名乗る。少年の目に疑問が浮かぶ。「なら何で……」と言いかける。俺は盗賊男の方をうかがう。

 盗賊男が無謀なら、秘術なりダガーなりで俺に挑んでくる可能性はある。

 幸いにして盗賊男は状況を正しく理解したみたいだ。ダガーを構えたままではあるが「俺はギルドメンバーじゃない」という。

 俺はうなずいてやる。「なら、消えろ」と 言ってやると盗賊男は俺の方を見ながら自分の荷物だけを回収、最後に少年に哀れむような視線を送り、そして森に消えた。

 戦力比は10対1。俺は少年に向き合う。


「冒険者ギルドの掟は知っているか。この森の竜の巣に手を出すことは禁じられている」

 根は素直なのだろう。そう言われると目をそらした。

「はい。知っています」

「ならどうして取った」

「竜騎士になって、家を再興するために」

 少年の持つ立派な盾(おそらく多少の守護魔術がかかったもの)には竜のレリーフがある。


 おそらく何代か前には竜と契約した先祖がいたのだろう。

 燃える館、少年の手をひいて脱出する女戦士、慣れない冒険者暮らし。

 そんな物語が目に浮かぶ。

 竜の卵を孵し契約し、故郷に戻って復讐を果たして家を再興する。領民は歓呼で出迎える。そういう物語の続きを思い描いていたのかもしれない。

 そんな未来はない。


「卵は返してもらう」

 少年は口を開きかけ、そして閉じる。旅の意義なんかを説いても俺には通じないことを悟ったのだろう。賢い子だ。

「わかりました」

「お前は冒険者みたいだが、名は」

「セリオ。貴方は」

 身分のある者はこれだから。俺は苦笑する。

「ジロという。冒険者ギルドの裏方だ」

 いつの間にか少年は剣を下ろしていた。これはこれでやりにくい。

「そっちの女の名は?」

「彼女は……シデオラ」

 はじめて少年の目に不安が浮かぶ。

「彼女にも罰があるのですか」

 何とも答えにくいことを言うが、避けては通れない。

「掟を破った罰はある。ただ、パーティのリーダーが受ける」

「リーダーだけですか」

 どこかほっとした様子の少年、セリオ。

「罰は死だ」

 知らなかったようだ。当然。知ってたら剣を下ろしはしなかっただろう。

 だから盗賊男は自分は違うと言って逃げた。モグリ冒険者はそれはそれで問題だが、竜の卵を盗んだ場合にはギルド冒険者の方が罪が重い。こちらの契約違反になりかねないからだ。

 ギルドにとって竜との契約は第一級。所属冒険者が破った場合にはリーダーの首を差し出すのが慣例だ。

「それは……」

「一度だけ聞く。気をつけて答えてほしい。君のパーティのリーダーは誰だ」 

 セリオは俺を見て、後ろですーとかくーとか寝息を立てている女戦士を見て、また俺を見る。そして正しい判断をする。

「僕です」


 セリオは抵抗してくれた。その方がありがたい。剣の構えは正統派だ。筋もいい。

 足払いで崩し、倒す。俺の職、剣の魔術師はもともとエルフが編み出した流派で細身の長剣を使う。鎧の隙間を付きとおすのに都合がいい。脇から入って胸のいくつかの臓器を貫いた感触がある。心臓は外したようだがどのみち全部急所、致命傷だ。

 セリオは倒れ、時折血を吐いている。俺の剣は肺を破っていたようで、自分の血におぼれている。もう戦闘不能なことを確認し、ちかくにしゃがみ首を支え血を吐かせてやる。赤い血で、動脈が破れているようで安心する。長くは苦しまないだろう。首に感じる脈が弱くなっていくのがわかる。セリオの目はもう何も見ていない。浅く遅い呼吸を何度か繰り返し、何か言いたそうに血で赤い唇を開く。しかし声は出ない。そのままゆっくりと力が抜けていく。

 脈がないことを確認し、俺は立ち上がる。

 俺はギルドの裏方。掟を、ギルドを、所属する冒険者を守り、ひいては世界を守る。

 少年を殺すなんてゲス野郎だ。そして俺の仕事は、時にゲス野郎になる必要がある。

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