第1話「密猟者たち」2

 冒険者ギルドはギルドである。

 というと何をいまさらという感じだが、ギルドの本質というものを案外当の冒険者たちも意識していない。仲良しサークルか何かと勘違いしている者までいる始末だ。

 冒険者ギルドは冒険スキルをもった人間(と知性ある生き物)だけが加入し、冒険の依頼という需要を独占するれっきとした職能ギルドなのだ。

 独占というのは冒険者ギルドを通さない依頼や冒険者ギルドに加盟していない者が依頼を受けることを許容しないという意味であり、許容しないからにはモグリ冒険者の実力での排除、あるいはギルドの定めた掟に反した冒険者への制裁といったことも必要となる。

 排他と独占こそギルドの本質で、その本質を守るのがギルド専属冒険者、つまり俺のような者だ。

 冒険者であればギルド加入時にクソ長い契約条項にサインしたはずだ。その中にはギルドの定める掟に反したときには譴責、罰金、依頼応募停止、あるいは拘禁や死を含む制裁の可能性があることが明記されいてる。内務調査が行われることと協力義務があることも。

 俺のような冒険者ギルド調査部員は『冒険者を狩る冒険者』と呼ばれることもある。もっと遠慮ない連中は仲間殺しと呼ぶ。

 呼び名はどうでもいい。俺は森の中で火を焚いて小休憩を採りながら、さっきの連中の報告書を書いた。


 マゴラ茸は近隣の村の名物で、勝手に取られては村の収入に関わる。さらに食料にしている雑魚モンスターも何種かいて、採りつくすとそいつらが餓えて村を襲いかねない。地味だが冒険者による密採取が横行すればギルドの信用にも関わる。

 とはいえ、たかが茸だ。人が死ぬような話じゃない。冒険者はレベルはいろいろあるが戦闘力があるし(それが冒険者の条件だから当然だ)、冒険者同士のトラブルは現場は人目のない場所でおこる。たかがという問題で人が死ぬのは珍しい話じゃない。今回はうまくさばいた方だ。

 あいつらは後でたっぷり絞られることになるだろう。しばらく依頼応募禁止、再研修だって命じられるはずだ。が、あと何年か生き延びて中堅冒険者になれば仲間うちの笑い話になるはずだ。笑いと言っても苦笑いだろうが。

 そうなればいい。仲間殺しと呼ばれようと、必要がなければ殺したくはない。あれだって仲間だ。


 ゆっくりお湯を沸かし、茶を沸かす。残念ながらまだ還れない。

 ルーキーたちを追い返す時、連中から簡単に事情聴取をしておいた。依頼人の名前、仲介者、何か森で見た者はないか。

 形式的な質問だったが、別の探索者と出くわしたとルーキーどもは言った。さらに森深くに向かったらしい。

 人数は三人程度、クラス不明。

 三人みたいな少人数を「程度」にしか把握してないのはさすがルーキーだが。

 この森関係の依頼は現在冒険者ギルドには来てない。単純な訓練や散策、許可された草花の採取であれば問題はない。


 が、一応見ておくべきだろう。森一つみても守るべき掟、禁止規定、制限事項がそれこそ山のようにある。些細なものから重大なものまで。

 冒険者の自由など、物語の中にしかない。


 俺は報告を書くき終えと、あいつらの捨てたマゴラ茸を炙って食った。

 一度採取した茸は放っておいても枯れるし、まさか俺が売るわけにもいかない。

 適当に炙ってかじってみたが、枯れ木のような臭いがするだけで大して美味くはなかった。こんなものを有難がって買うやつがいることが不思議でならない。



 小休憩を終え出発する。

 ルーキーどもがいたマゴラ茸の原ほどではないが、青黒の森は全体に湿気が強くそこら中にコケが生えている。だから奥へ向かった連中の痕跡を見つけるのは苦労しなかった。コケにしっかりと足跡が残っていた。

 ゆっくり追っていく。やみくもに先を急げば良いという者ではない。なるべく平坦な場所でじっくり観察した。

 追跡もきちんと理論化された冒険者の技能の一つだ。例えば一定の範囲にある足跡を数え、定数で割ることで人数を推定する方法もある。が、それはある程度の大人数の部隊なんかに使う方法だ。今回は一つ一つ観察すればそれで必要な情報は得られた。

 足跡は3種類。全員が人間。比較的重い足跡、金属鎧を着ている者が二人。あと一人は身軽で、おそらくローグ系の技能の持ち主。杖の跡はない。が、だから魔術師はいないはずだとは言えない。指輪タイプの魔術焦点具を使う魔術師も多い。

 今わかるのはこのくらいだ。あとは実物を見てから考えるほかない。


 かつてのパーティであれば、と森の中を進みながら考える。野外専門のレンジャーがいた。おそらく俺よりも明確に情報が取れたはずだ。

 それとも今は俺も同等に習熟しているだろうか。

 辺境出身の戦士。技術オタクのレンジャー。気分屋の僧侶。そしてエルフの秘術使い。

 俺はギルドの分類でいえば盗賊兼剣の魔術師に該当するそうだ。秘術使いのサブクラス、人体の知識をベースに急所攻撃もできる万能型、らしい。

 いろんな技能を身につけていて、戦士の援護をする程度には前衛もこなせ、多少の秘術を扱えるからそこそこ搦め手が利く。

 どの役割も本職には負けるが、何をやってもパーティで2番目にはできた。器用貧乏だがパーティの安定感には貢献していた、と思う。

 今は一人だ。

 万能職はソロで潰しがきく。それくらいがメリットだ。

 何でも一人でやって、生きて帰るしかない。



 途中川を挟んで痕跡が途絶え、捜索範囲を広げて再度見つけるのに時間がかかった。岩場を抜けた先でまた追跡をはじめる。

 すでに夕暮れに入っているようで、森の薄暗さは少しずつ本物の闇に変わっていきつつある。足跡の追跡も当然困難になっていく。

 職業柄多少夜目は利くが、本物の暗闇視覚持ちの種族なんかと夜に出くわしたくはない。どうしたものか、と撤退も含めて検討していると先に光が見えた。

 焚火の回りで人影が動いている。早々にキャンプを始めたようで、これで見失うことはない。足音を殺して忍び寄る。


 追跡対象がキャンプ地に選んだのは崖沿いの小さな台地だった。比較的乾いていて、一方が岩壁で守りやすい。

 冒険のセオリー通りだが問題点も目につく。草むらが近くまで広がっている地形で、(俺のように)隠密で接近する相手への感知が難しい。

 まあ理想の地形が必ずあるわけでもない。及第点と言ったところか。俺だってもっとクソみたいなところで夜を過ごしたことは何度もある。


 俺は俺で適当に監視用のポイントを決める。いい具合の岩があったのでそこから様子をうかがう。

 三人組のパーティだった。

 戦士風の女、冒険者ギルド証あり。雲の聖印を下げている。

 盗賊風の男。皮鎧にダガーの典型的な装備だが、指にゴツい指輪をしている。魔術焦点具のようだ。秘術をかじってるタイプか。

 騎士鎧の男、というか少年。良い装備をしているがまだ十代半ばだろう。これも真新しい冒険者ギルド証が鎧についている。

 そして焚火のそばに大事そうに置かれた大振りのタマゴが一つ。

 この森には竜がいる。竜の一族は冒険者ギルドと協定を結んでおり、その卵は保護されている。

 つまりは奴らは密猟者だ。そして俺は仕事をしなければならない。

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