冒険者を狩る冒険者 ~ギルド調査部所属の中堅冒険者の日常

つが

第1話「密猟者たち」1

キノコ採りは底辺冒険者にとっては貴重な収入源だ。

 モンスターのうろつく少しばかり危険な森の中、一般のキノコ採りは近づけない穴場。自衛できる冒険者だけが使える場所を知っていれば、背負い袋一杯の茸を収穫できることもある。

 深く暗い森の中流れる小川の縁。岩も木も地面もコケに覆われた一角は、高級食材マゴラ茸の産地になっていた。

 それを必死にかき集める若い冒険者四人。

 戦士男、盗賊女、魔術師男、僧侶女。

 やつらが拠点にしている村から日帰りできる距離なので、全員軽装だ。目いっぱい茸を取りたいのか野営道具ももっていない。

 戦士に至っては厚手の布の服だけで鎧も着ていない。重いのを嫌ったか。着るのも大変だから気持ちはわからなくはないが、しかし冒険をなめるな。

 と、少し離れて監視している俺は思う。

 確かにここは森の外周、概ね安全だ。そして概ね安全は絶対安全とは全く違う。その差を実感する頃には中堅冒険者になっているか、死んでいる。

 ここ、青黒の森は広大だ。外周は出て大ネズミやゴブリンくらいだが、深部には未探査地域も多くドラゴンさえ住んでいる。

 想定外に強力なモンスターの彷徨に遭遇する可能性は常にある。そんな時に助けてくれるのは自分の技量と装備だけだ。

 と、別に経験自慢をするために来たわけではない。ルーキーたちが茸を採り始めるのを確認し、俺の仕事が始まる。



「お前たち、ここでマゴラ茸の採取は禁止されているのは知っているか」

 一応そう声をかけた。ぎくり、とルーキーたちは両手いっぱいに茸を持ったまま固まる。隙だらけだ。俺なら茸なんか捨てて武器を構える。

 人語を話すモンスターだっているんだぞ。最近の訓練所は何を教えているんだ。

「あ。すみません」

 戦士男が妙な笑顔でそう答える。こいつがリーダーだ。

 冒険者はチームを組んだらギルドに登録する。リーダーが誰かもその時申告する。つまりはこのへらへら笑う戦士が責任者。

「俺たち、頼まれて」

 俺は続きを待つ。頼まれて、だから何だ。しかしそれで説明は終わりみたいだった。何ならもう話は終わったと魔術師なんかまた茸を採ろうとしている。

「誰に頼まれようが関係ない。採るのやめろ。今まで採った分置いてすぐ帰れ」

 さすがに俺がただちょっと注意しに来た通りすがりではないことに気が付いたらしい。

「あのさあ、余計なお世話だろ。こっちは依頼でやってるんだから邪魔しないでくれ。あんたはあんたの仕事してろよ」

 戦士は茸を捨てて剣に手を置く。後ろで魔術師と盗賊もそれぞれの道具のあたりに手を置いた。どこまでも中途半端な連中だ。

 武器に手をかけた時点で俺にとっては敵パーティとなった。

「ちょっと、やめようよ。今日は帰ろう」

 僧侶女だけは場を収めようとして戦士の前に回って説得を始めた。つまり戦士と俺との間に来た。好都合だった。

 何気なく歩くように、だが実際はそこそこの速さで俺は僧侶女との距離を詰め「おい」と声をかける。振り向いた僧侶女の、脚の内側を狙ってダガーを差し込む。差し込む、というと作業のようだが感覚はそれに近い。素早く、正確に、過不足なく、内股を通っている太い血管を切断する。

「え?」と僧侶女は自分の脚から生えたようなダガーを見下ろす。まだ全然何が起こったかわかっていない。後ろの戦士男に至っては俺が刺したことさえまだ気が付いていない。

 ダガーを抜くと胸のあたりの高さまで血が噴き出した。汚れたくないので身をかわす。こういう仕事は何度もしているのでどこをどう刺せばどう血が出るかは良く知っている。

「わ、私、血が……」

「治癒しなくていいのか」

 俺が言ってやる。僧侶女は治癒呪文を自分に使おうとする。素直か。ようやく後ろの戦士男は剣を抜いている。

 僧侶女はこれほどの重症を負ったのははじめてらしく、呼吸は早く聖句を紡ぐのに手間取っている。いや、このレベル帯ならこんなものか。ようやく治癒呪文が完成しそうなタイミングで頬に一発左手でビンタを入れて集中をきらせてやる。

「あ……」

 出血のショックと治癒呪文の失敗で、僧侶女は意識が飛んだようだ。ふら、と後ろに倒れ込む。

 さすがにこの状況で剣を捨てて受け止めるほど戦士男も馬鹿ではなかったようで、それをかわして踏み込んでくる。話にならないほど遅い。戦士男が一歩間合いを詰めた時には俺は四歩、後ろに下がっている。

「貴様、何をする!」

 戦士男が叫ぶ。

「やめろやめろ。もう終わってるんだ」

 言いながら俺は魔術師男の方を見ていた。この場で警戒がいるのはあいつだけだ。

 魔術師はいつだって厄介だ。ルーキーの呪文でもニ十回に一度はかかる可能性がある。あいつが何かするつもりならダガーを投げつけてでも止めなければならない。

「そいつ、あと十分くらいで死ぬぞ。治せる奴が他にいるのか」

 倒れた僧侶女を顎で示す。脚からはまだ血が鼓動に合わせて流れ出し、コケに黒く吸われている。

 まだ切りかかってこようとしていた戦士がひるむ。が、剣は構えたままだ。

「自分でやっておいて何を」

「まだわかってないみたいだな。俺と戦って、無理だと思うが仮に俺を倒したところでそいつは死ぬ」

 仲間が死ぬ。そう聞いて立っている三人はあきらかに動揺した。資料によればこの四人パーティは同じ村出身。幼馴染で誘いあって冒険者になった口だろう。

 他の三人が回復呪文を使えないのは確認済み。唯一の回復役が致命傷を負って気絶中。ポーションくらい持っているかもしれないが、あれは自分にしか使えない。僧侶女の意識が飛んだ時点で詰みだ。

 俺との戦いには、もう勝ちの目はない。そう理解させるため、なるべくゆっくりと話してやる。

「俺なら治せる。武器を下ろせ。茸も捨てろ。採った分も全部だ」

 数秒、ルーキーたちは互いに視線をやり取りしていた。その間も僧侶女の血は地面にぶちまけられている。迷いは時に仲間を殺す。

 が、今回はそこまでには至らなかった。ルーキーたちは武器をおさめパラパラ茸が地面に落ちる。

 戦士男たちを十分下がらせ、俺は僧侶女のそばにしゃがみ自分でつけた傷の止血をする。すぐに呼吸が安定する。が、丸一日は意識は戻らないだろう。それでいい。一人意識不明の方が好都合だ。

 争いを止めようとしたやつを刺す。ある意味ひどい話だが、一番合理的な方法を選んだらこうなった。普通にやりあっていたらおそらく俺が一方的にルーキーたちを全滅させていたはずで、それに比べたらずいぶんマシな結果だろう。

 刺された方は納得はしないかもしれないが。

 もういいぞと呼んでやると、戦士男と盗賊女が駆けよってきて僧侶女を両側から支えた。

「あんた、何なんだ」

「冒険者だよ。冒険者ギルド調査部って聞いたことないか。茸の密……」密猟? 密採取? しっくりこない。「茸の件で村から冒険者ギルドに苦情が来ていた。今日はおとなしく帰れ。処分については追って連絡する」

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