右腕に生まれて

@rabao

第1話 右腕に生まれて

世界は、同時期に生まれ落ちた勇者と、その紋章を左右の腕に持った2名の活躍を心待ちにしていた。

体内の瘴気から、この世に凶悪な魔物を放ち続け、街道の安全を脅かす混沌のような魔王を、一刻も早く打ち倒してほしいと心から願っていた。


勇者の右腕と呼ばれる戦士と、勇者の左手とも言える魔道士は、最年少の勇者が女神の祝福を受ける14歳の成人を迎える日に合わせて、それぞれの国からこの王国にやってきた。



「俺は、俺よりも強い者にしか仕える気はない!」


全身が筋肉の鎧で覆われているような男は、幼い頃から勇者の右腕として育てられてきた。

そんな男がテーブルを囲む二人を威圧するように睨め上げた後で勇者と呼ばれる男に憎しみを込めたような鋭い眼差しを向けながら椅子を跳ね飛ばして立ち上がった。

勇者と言われる男よりも、明らかに自分のほうが強いと直感していた。

復活した魔王を打ち倒すべく、80年の時を越えて誕生した勇者一行の結成を、遠巻きに見守っている国中の人間も同じようにそう思っていた。

本日、女神の手ほどきを受けて、幼さを放ちリーブラの加護を受けたとはいえ、勇者はまだ幼さを多分に残した少年であった。

1~2歳の差がこの時期ではそれほどまでに人を変えていく。

一緒の席に座っていた魔道士はお茶を持ったまま縮こまった。


勇者は立ち上がった戦士を見上げて声をかける。

女神の加護を受け男として成り立った、堂々とした声質であった。


「確かに僕よりもあなたの方が間違いなく強い。」

「ご一緒に魔王を打ち倒すことが使命であると思っておりましたが、諦めます。」


?!・・・?

戦士にとってこれは意外な一言であった。

生まれ落ちた時から右腕についた紋章のようなアザは彼の自慢であり、そのために弛まぬ努力に明け暮れた日々だった。

その紋章が示す勇者の右腕としての存在意義は、彼が彼として生きていく為のアイデンティティであった。

それが一瞬で覆ってしまうような衝撃であった。

ちらりと確認した右腕のアザは、今でも確かにそこに存在している。


「・・・はぁ??」

勇者の話をよく理解できなかった。


「えっ、何で?、俺がいなかったら戦えないんじゃない?」

先程までの強気な戦士の面影は情けないほどに消え果て、本来の臆病ゆえの努力を地で行くような弱気な表情が浮かんでいた。


「これはあくまでも自由意志ですので、死ぬかもしれない戦場では、僕もあなたもお互いに信頼するに足る仲間に背中を預けたいですからね。」


「あなたはどうしますか?女の子ですので僕が頼りなく思えてしまうようでしたら、他の方とパーティーを組んでもらっても一向に構いませんよ。」

優しく語りかける勇者だが、すでに勇者として女神を抱き深い寵愛を得た、自信に満ちた波動を込めた語り口であった。

魔道士は自分が女である事を感じると、顔を赤らめながら頭をガクガクと上下に動かして、一緒に行くことをアピールしていた。


眼の前であっさりと切り捨てられた戦士には申し訳ないが、私も勇者と共に魔王を打ち倒す勇者の左手として今まで生きてきたのだ。

勇者から離れれば、有象無象の冒険者と同じであり、このアザがあること自体が嘲笑の種になってしまう。

そこらで巨大なネズミを狩るようなお遊びの冒険がしたいわけではないのだ。

まだ小さい波動だが、この勇者は誰も近づくことのできない魔王の瘴気を、切り裂き貫いていける波動を持っていることも、私の女が痺れるほどに感じ取っている。

私は今、冒険先で身近に感じる勇者の汗の香りにすらも淡い期待を寄せていた。


戦士は皆の視線が集まるテーブルの前で、振り上げた拳の下ろし先が見つからずに立ち尽くす。

そしてそのままの体勢で、勇者が魔道士の腰に手を這わせながらこの場を立ち去るのを見守るしかなかった。

二人が去った後で自分で跳ね飛ばした椅子とテーブルの間に、鎧の金属音をガシャリと響かせ、腰から崩れ落ち跪いた。



戦士は自国にも、ましてや実家にはもはや帰ることの叶わない身の上となった。

帰国するのは自由だったが、列強と魔王の領土に挟まれた貧しさがしみついているような国だった。

そんな国が国を挙げて、あれほどまでの盛大な祭りやパレードを催してくれた。

異国から取り寄せた夜空を輝き彩りで覆うような高価な弾薬もすべて俺のために用意してくれたのだ。

今更帰れるはずはなかった。

この鍛え上げた肉体が、身の程を知らぬ虚栄心を大きく育ててしまった。

一体どこに、主たる勇者に歯向かう理由があったのだろうか。

主のいない右腕になんの価値があるのだろうか。


自分自身の弱い心を隠すように戦士は浴びるように酒を煽った。

魔物を倒し、金を手に入れて酒を煽った。

その日暮らしで自堕落な生活であったが、その腕っぷしを見込まれいつの間にか何人もの手下がついてきていた。

チームでより強い魔物も倒し、金を手に入れて酒を呑み女を抱いた。

目標を失った戦士に金の使い方はどうでも良かった。

娼館を借り上げて仲間と面白おかしくやってきたが、この国に目をつけられて城外に居を構えた。

魔物すら怯えて逃げ出すほどに戦士の組織は膨れ上がっていく。

山賊の組織だった。

どこから来たのか分からないが、一癖あるような人間が知らぬ間にどんどんと増えていった。

戦力は更に大きくなり、狩れる魔物は数百種類を超え、希少なドラゴンも捕獲の対象になるほどだった。

城から離れてはいたが、商人の往来はひっきりなしであり、酒も女もご馳走も、慎ましく生きるのが美徳とされる勇者の国の中よりも自由だった。


毎日が楽しく、大勢の仲間もいる。

だが、夜空を見ると幼い頃に、勇者の右腕になる夢を見ながら剣を振るったあの頃を思い出さずにはいられなかった。

ここでの暮らしに不自由はない。

ただ、このまま年を重ねるのは嫌だった。

少し震える指先を撫でて、酒を煽るとその震えはピタリととまる。


『まだ、勇者の右腕としての使命は果たせる。』

そう言い聞かせるが、肝心の勇者はあれ以来この国に帰ってきてはいない。

何処で死んでしまったかもしれないが、できることならば魔王に負けて命からがら逃げ帰り、ここにいる自分に助けを求めて欲しかった。

それが唯一、自分が勇者の右腕になれるチャンスなのだ。


あれから何十年たっただろうか。

今日も、手下たちが一つ目の巨人を命がけで狩ってきた。

俺は、何をしているのだろうか。

今日は便意をもよおした時しか歩くことさえもしていなかった。

食欲も落ち、欲しいものもなくなった。

時折、仲間が自分を労ってくれるが、景気よく酒を注ぐ手に悪意を感じる。

もう、俺は酒を呑まずには震えが止まらなくなっていた。



勇者が来た。

今、間違いなく勇者が自分を必要としている。

魔王に敗れた勇者は、魔道士とともに命からがら逃げ出して、勇者の郷里であるこの王国に逃げ戻ってきたのだ。

数十年前に自分が描いた夢のようなシチュエーションだった。


ぐいっと酒を煽って快諾する戦士は、昔と同じように大きく、僕らが打ちのめされた魔王の話を聞いても、顔色を変えるどころか、魔王と戦える事に嬉嬉としているようでもあった。



戦士からは何時も酒の匂いがしていたが、過去に1回あっただけだったので、もしかしたらその時から匂いがしていたのかもしれないが、今はもう覚えてもいない。

なぜならあの時は、今はもう飽きるほど抱きつくした、色気のある魔道士に夢中だったのだ。

なぜ戦士が魔王討伐に、一緒に行かなったのかすらも覚えていない。


奥地に進むにつれて魔物の凶悪度が増してくるのがわかる。

今まで見たこともない魔物ばかりだった。

巨大なネズミと腐った魔物の死骸ぐらいが戦士が戦ったことのある強敵だった。

大きな1つ目の巨人もドラゴンも、すべて仲間たちが狩ってきたのだ。

体力のあることが自慢の戦士であったが、一匹倒すごとにごっそりと体力が削られていく。

岩陰に隠れて薬草で治療し酒を飲むことを、二人に隠しながら旅を続ける。


あまりにも恐ろしい魔物たちの、強さと恐怖のあまり、酒量が増えていく。

それを隠す罪悪感が、更に酒量を押し上げてしまう。

魔王城にようやく到達した頃には、ほぼすべての酒を飲み尽くしてしまっていた。


明らかに魔物とは異なる瘴気を撒き散らす竜王の前で、俺の手足の震えは極限に達していた。

「僕たちも、前回は君と同じだった。それでも前に進むしかないんだ。」


「さぁ、行くぞ!」

勇者の号令と共に、後衛であるはずの魔道士が俺の前で魔王に立ち向かっていった。

蛮勇を奮い立たせて、二人に続いて幼い頃から磨き上げた剣技を駆使するが、数十年の時を経た身体は鎧の下で脂に変わり、その剣技は震える手足とともに見る影もなくなっていた。

勇者の右腕としての俺は、すでに形だけのデク人形そのものであった。

ただの一度も魔王と鉾を交えることもなく、ガタガタと手足を震わせて鎧の中に糞尿を垂れ流していただけであった。


勇者の波動が魔王の瘴気を切り裂き貫いていく。

その後ろを果敢にフォローしながらも魔道士が強力な呪文を唱える。

すべてを吹き飛ばす程の爆発力があたりを包み込む。

呪文の高熱で音速が常温時のスピードを超え、俺のむき出しの顔面に向けて爆発の音が直撃する。

凄まじい轟音が魔王と我々を包み、俺の鼓膜は簡単に破れた。

視野も狭い。

痛みよりも衝撃があった。


洞窟状の魔王城は魔道士の呪文によって、火山の噴火口のようなすり鉢状の穴になっている。

寒さが身にしみるほどの最深部であったが、遮るものの無くなった魔王の居城に暖かな光が差し込んでいる。

日差しの中で、魔王の影は完全に消え去っていた。


勇者が、すべての魔導エネルギーを放出しぐったりとした魔道士に、何かを囁いているのが見える。

女神の祝福を受けた日に、父から受け取った伝説の鎧がなければ、俺は魔道士の呪文の衝撃をまともに受けて、この大地と同じように跡形も残らなかっただろう。

右腕として全く役に立つ事は無かった。

2度目の戦いで要領を得た二人の勝利と言えた。


まだ震えが止まらない俺に、勇者は優しく手を差し伸べてくれるが、この震えは恐怖からでは無かった。

魔王城からほど近い、寂れた街にたどり着き、酒を浴びるように飲みようやく手足の震えが止まった。

両耳の鼓膜が破れている俺には、世界中から与えられる歓声を聞くことはできないが、世界中から軽蔑されるような罵詈雑言も聞かなくてすむし、吹き飛んだ片目と残された隻眼の視力は半減している。

それ故に、今後与えられるだろう世間からの白い視線を意識することも無くてすむ。


伝説の鎧を身につけた勇者の右腕と呼ばれる男は、大きな身体で人目を惹き付け、勇者一行の凱旋をアピールしている。


世界は今、三人の勇者の勝利を祝ってくれている。

勇者も魔道士も、この俺がいたから勝てたとねぎらいの言葉を紙に書いて見せてくれる。

多分この二人は本当にそう思ってくれているのだろう。

その優しい気持ちが有り難かった。


成人になりたての二人に対して、酷い言葉を投げつけた自分が恥ずかしい。

酒に溺れ、役に立たない自分が情けなかった。

幼い頃からあれほど入りたかった勇者のパーティであったが、

今はただ、一刻も早くこのパーティを解散したい。


そして、そのままこの世から消えてしまいたい。

もし転生があるのなら・・・


なんの称号も欲しくはない。

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