番外編3話 平凡じゃない男
そんな感じでご主人様に仕える生活にも慣れたある日の早朝、俺は徹夜明けの鈍い頭と体を引きずって、王宮の衛兵の詰所へと歩いていた。
昇り始めたばかりの新鮮な太陽の光は、徹夜明けの目に刺激が強すぎる。
なぜこんな早朝に衛兵棟へと向かっているのかというと、それはこんなに朝早く食事できる食堂が、王宮の中でそこにしかないからだ。
昨夜はどうしても済ませてしまいたい仕事があって、ついつい朝まで頑張ってしまった。
衛兵の詰所であれば、ちょうど夜間の警備していた衛兵が交代して、朝食をとっている時間なのだ。
食堂に入った俺は、既にトレーに乗せられて並べられている朝食の一つを持って、座る席を探す。
見知った色の赤毛頭を見つけたので、そのテーブルに座ることに決めた。
「これはこれは、コナー・シレジア男爵様ではありませんか」
「……やめろ、エド。今まで通りコナーでいい」
エドというのは王宮勤めの衛兵で、俺がとある事情で幽閉されていた時に少し仲良くなった男だった。
氷の魔女との契約の際、俺を魔術師塔まで連行してくれやがったのもこの男だが、同じ王宮で働き、こうして食堂などで会って会話をするうちに、いつのまにか普通の友人になっていた。
「あの氷の魔女が、わざわざ王様に嘆願してくれたんだって? お前の爵位のはく奪は重すぎる。具体的な罪は舞踏会で暴れただけだし、それだって一時期社交界を騒がせた、薬物か魔法か、何らかによる集団興奮状態によるものである可能性が高いとかって。罪は撤回されなかったが、代わりに研究成果の褒賞ってことで男爵位をもらえたなんて、すごいじゃないか」
「もう俺は貴族なんてこりごりなんだけどな。まあ領地もない、名前だけの名誉男爵だから、大人しくもらっておくことにするよ」
今日の朝食は野菜のポタージュスープにパン、腸詰肉まで付いている。衛兵は体力勝負なせいか、ここの食事は美味くてボリュームもあり、気に入っている。
ポタージュスープが徹夜明けの胃に優しい。
「おはよっス。エドにコナー。コナー徹夜か? 珍しいな」
「ああ、おはよう」
「おはよう、フリン。お前も夜番だったのか」
幽閉時代に世話になった衛兵が、また一人近寄ってきた。なぜか幽閉時代の俺を知っている奴らは、何かと気にかけて話しかけてくる。
……氷の魔女に売られた俺がその後どうなったか、野次馬心で近づいてきているだけのような気もするが。
「それにしても、あの氷の魔女とうまくやっているなんて、お前やっぱり大物だよなぁ、コナー」
フリンが椅子に座りながら早速話をふってきた。
最近俺が氷の魔女の嘆願で男爵位を賜った話を、詳しく聞きたくて仕方がないのだろう。
「いや、俺は根っからの平凡男。……確かに氷の魔女はいつ見ても愛想はないし、口も悪いし、誰かれ構わず氷みたいな冷たい目で睨みつけている印象だけどな。あの人意外と自分の研究棟にいる時は、普通なんだよ。外での態度は、小柄で平民出身のアイリーンが、舐められないようにしているうちにああなったみたいで。まあ研究棟の中でも我儘は我儘だけどな。氷の魔女って言うか、どっちかといえば我儘お姫様って感じだな」
我ながら中々面白いこと言ったと思って、自分でははははーと愛想笑いをするが、予想に反してエドとフリンの笑い声が聞こえてこない。
なぜだろうとスープから顔を上げると、二人は真顔で目を細め、俺のことをジーっと眺めていた。
「……なんだよ」
「お前さあ、まさかだけど、氷の魔女本人に『お姫様』とか言ってないよな。まさかな」
わざとらしいまでのジト目のまま、筋肉自慢のフリンが言った。
「どうかな。本人には言ってないと思うけど。……いや、言ってるかも? はいはい、かしこまりましたお姫様―って感じで」
俺がそう言うと同時に、エドは天井を仰ぎ、フリンは頭を抱えてテーブルにつっぷした。
「はあー、お前さあ……」
「だからなんなんだよお前ら」
「コナー。何度も言っているが、もう一度言おう。お前は、決して、平凡ではない!」
エドが失礼にも、ビシッと人に指をさしながら宣言をした。
この短い雑談から、一体何がどうなってそんな結論になるのか。
さっぱり意味が分からないのだった。
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