最終話 故郷への手紙

 今日は仕事の昼休み時間に、お弁当を持って、ランスロートと公園に来ていた。

 下町からほんの少し歩いたところにあるこの公園は、芝生が広がっていて、中央には池もあり、憩いの場になっている。

 そこに敷布を広げて、宿で作ってきたお弁当をランスと一緒に食べる。

 天気も良いし、頬に当たる風が最高に気持ちいい。



「はーっ。やっと落ち着いてきたね」

「そうだな。クロリスが支配していた人間が、これほど多かったのには驚いた」



 舞踏会の後、やっぱりクロリスが『闇の聖女』だったということが判明した。

その後は、彼女の周辺で様子がおかしい人や、体調の悪い人は、少しずつポーションをかけたり、頼まれて私も浄化魔法をかけたりしていっていたのだ。


 浄化をしなくても、時間が経てば徐々に元の状態に戻るはずだけど、シレジア子爵家の兵団の人たちなんかは、長期間支配され続けていたため、衰弱もしていて、治療が必要な状態だった。


 貴族の人たちは、それほど状態が酷い人はいなかったけれど、攻撃的になったり、判断能力が鈍っていると、領地の経営などに影響があるということで、念のため可能性がある人達には浄化魔法をかけて回った。


 

 それらの人数が多かったので、落ち着くのに大分時間が経ってしまったのだ。



「……ねえ、ランス。私、そろそろ領地へ帰ろうかな」

「いいのか?」


 最近、考えるようになってきた。

 流行り病も収まり、クロリスに支配されていた人も、分かる範囲では浄化した。

 もしもまだ支配されている人などが見つかっても、王宮と下町に置いてあるポーションで、対応できるだろう。


 『ジャックとオリーブ亭』で働くのは楽しいけれど、そろそろ故郷が恋しいと。

 信じて送り出してくれた家族や、ドレスディア家の人、友人達。

 広大な自然、森や川、そこにいる生き物。

 すべてが懐かしい。

 王都で色んな事を学んだ私なら、きっと守られるだけじゃなくて、何か故郷の役に立つこともできるだろう。


「ランスはまだしばらく、ここに残る?」

「まさか。ニーナが帰るなら帰るよ。俺の馬車で一緒に帰ろう」



 食べ終わった食器をバスケットに片づけながら、ランスが当然のようにそう言ってくれた。


 ――実は一緒に帰りたいと、思ってた。嬉しい。


 もちろんランスと一緒に帰れたら、安心だというのもあるけれど、この思いは、それだけじゃない。

 ランスとまた一緒にいられることが、嬉しい。






 そろそろ宿に帰る時間だ。


 今日はベルさんが、大事な話があると言っていたから、午後の仕事よりも早めに宿に帰る予定だった。



「……ありがとう。ねえ、ずっと思っていたけれど、再会してから、ランスってとっても紳士になったね。私が王都に来る前は、あんまり話してくれなかったけど」


 からかい半分で言ったつもりだった。

 ランスも成長したんだねーと、ちょっとお姉さん風をふかせてみたくなったのだ。

 だけど照れたり誤魔化したりするかと予想していたけれど、ランスに予想外に真剣な顔で見つめられてしまい、照れたのはこちらのほうだった。



「あの時は……ゴメン」

「え! 全然、気にしていないよ。大事な時は、優しいままだったし」


 ちょっと寂しかったけど、成長したら子供の時は一緒に遊んでいた異性の友達と遊ばなくなっていくことは、よくあることのように思えたから。

 趣味も、やる事も変わってくるし、付き合いも変わっていくだろう。


 

「それに、同じ敷地に住んでいたから、家族のような気持ちに変わりはなかったし」

「……あの時は、ニーナにそう思われるのが嫌だったんだ」

「え! あ、ゴメン」

「いや、俺が勝手にそう思っていただけで、ニーナは悪くない」


 今度は私が謝る番だった。

 確かにいつまでも勝手にお姉さん気取りでいたら、15歳とか、16歳とかの年齢の男の子――男性にとっては、嫌だったことだろう。



「俺が、ニーナに弟だと思われたくなくて。一人の男性として見てほしかったんだ」

「……うん」



 話しながらも手を動かして、敷物や食器をバスケットの中に纏め終わる。

 その荷物をランスが持ってくれて、開いた方の手を差し出してきた。



 その手を握る。

 それがとても自然で、当然のことだと感じたから。



 子どもの時、いつも手を繋いで遊び回っていた。

 だけどもう、弟としてこの手を繋いでいるんじゃない自分に気が付いた。


 ――私、ランスのこと、とっくに弟としてみてなかった……。


「ニーナ、意味、分かってる?」

「……うん」



 こんなに自分より背が高くて、頼りがいがある男性を、弟だなんて、思えるはずがない。

 

 手を繋いだままで、一緒に宿へと歩き出す。

 繋いだ手を意識してしまって、胸のドキドキが、なかなかおさまらない。


「ニーナ。聖者が自分の意志で、やりたいことを選ぶというなら、俺のことを選んでほしい」



 私がやりたいこと。

 王都へ来たかったから王都に来た。

 下町で癒されて、流行り病をおさめて、闇の聖女に苦しめられていた人も、もういない。



 ――次は? 懐かしい故郷に帰りたいだけ? 私はどこで、何がしたいんだろう。



「ニーナがどこで、何をしていても良い。だけどずっと俺と、一緒にいてほしい」

「いいの?」

「ああ」



 これから先ずっと、どこで何をしていたとしても。隣にはずっと、ランスロートがいてくれる。

 こうやって手を繋いで、2人で一緒に歩いていける。


「……いいね」

「ああ」

「私も。私もランスとずっと、一緒にいたい」





*****





 ベルさんの大事な話を聞くんだったと、急ぎ気味で宿に戻ると、驚いたことに、1階の食堂に、結構な数の常連のお客さんたちが集まっていた。


 そして皆がベルさんと――そしてなぜかアレフさんを、取り囲んでいる。



「ほれアレフ―、ニーナちゃん達帰ってきたぞ。覚悟キメてさっさと言え」

「うるせえ! お前らは呼んでねーんだよ。なんで集まってきているんだ」

「いやなんか、重大発表があるって聞こえたから」


 なぜか皆が、アレフさんをからかっている。


「ゴメンなさい! お待たせしてしまいましたか?」

「いいんだよー、ニーナちゃん。まだ約束した時間になってないから。こいつらが勝手に集まってきて、勝手に待ってるだけ」



 ベルさんはそう言ってくれたけれど、まさかこんなに人を集めるほどの重大発表だとは、思っていなかった。

 一体何を発表するんだろう。



 ほらー、早くしろアレフー!

 ビシッと決めろ!



 私はベルさんから話があると聞いていたのだけど、なぜかお客さんたちは、アレフさんをはやし立てている。

 どういう事だろうと、隣のランスの顔を見上げる。

 ランスは何かを分かっているようで、とても楽しそうに、ちょっとニヤニヤしてベルさん達の様子を見ていた。



「ランスは何か聞いているの?」

「いいや。でも想像はつくな」


 そうなのか。どうやらこの場で状況が分かっていないのは、私だけみたいだ。


「えーゴホン。このたび、私アレフは、『ジャックとオリーブ亭』のベルさんと、結婚させていただくことになりました!」



「えーーーーーー!!」



 驚いて叫んだのは、私一人だった。



 うおーーーーー!!おめでとう! ベルさん、アレフ!

 ベルさんを幸せにするんだぞアレフー!

 ちくしょー! ベルさーん。なんでアレフなんかと……。

 やっぱりニーナちゃん気が付いてなかったかー。

 仕方ねーよ、忙しそうにしてたもんな。



 一瞬の静寂の後、宿に集まった人たちが、ベルさんとアレフさんに、一斉にお祝いの言葉をかけていく。


 ビックリした。いつの間にそんなことになっていたなんて。



「そしてもう一つお知らせがあります」


 宿の人たちが盛り上がる中、アレフさんがまた口を開く。

 その言葉を聞こうと、集まった人たちが、ピタッとはやし立てるのを止めて、再び宿が静寂に包まれる。



「春には赤ちゃんが生まれます! ベルは今ちょっと本調子じゃないので、お前ら皆、あんまり手間かけさすんじゃねーぞ!!」


「「「えええええーーーーー!!」」」



 これには私だけでなく、宿の皆も驚いたようだ。よかった。



 ――って、ええ! 赤ちゃん!?



「ベルさん! ご結婚おめでとうございます! 私全然気が付きませんでした」

「ありがとう、ニーナちゃん。ま、そういうこったね。まったく、ニーナちゃんが元気になっても、なかなか故郷に帰らないで宿に居座っていると思ったら、毎日口説いてきてさ。つい絆されちゃったよ」


 すごい! 嬉しい! 大好きなベルさんと、アレフさんが結婚して、子どもが生まれるなんて。


「あの! アレフさんって、すごい優しいんです! シレジア子爵家で働いている時も、魔法に頼らないで自分の力で鍛錬を続けていたし。困っている私を助けてくれて! それでこの宿に連れてきてくれて」

「ふふ、知ってる。だから結婚するんだよ」


 宿に来たのが、口説きたいだけだった為と思われたらアレフさんが可哀そうだと、思わず擁護してしまったけど、ベルさんはそんなこと、最初から分かり切っているみたいだ。

 当然だろう。



 とてもおめでたい。幸せそうなベルさんの様子に、私まで幸せになってしまう。

 ふと食堂の隅を見ると、おばあも幸せそうにニコニコしながら、ベルさん達を見守っていた。

 その足元には、いつもの猫ちゃんが、うるさいのを迷惑そうに、顔をうずめて丸まっている。



 あれ、でもさっき少し気になることがあった気がする。


「……ベルさん。体調、あまりよくないんですか?」

「いや、そんな大したことはないさ。ちょっと気分悪い時があるだけ。無理は良くないけどね。アレフをこき使うから、大丈夫、大丈夫」

「そうなんですか……」



 赤ちゃんが生まれるのは楽しみで、とてもおめでたいけれど、ベルさんの体調は心配だ。



 ベルさーんこっちきてー!


「はいよー。それじゃあ、ニーナちゃん、ちょっとあっちのやつらのほうにいってくるね」

「はい……」



 盛り上がっている常連さんたちに、アレフさんがもみくちゃにされている。

 その中に、ベルさんも嬉しそうに加わりにいった。

 皆本当に楽しそうで、幸せそうだった。


 私はおばあのいる、隅のテーブルでその様子を見ることにした。

 ランスも一緒についてくる。



「おばあ。ベルさんのご結婚、おめでとうございます」

「ああ、ありがとう。ニーナちゃん、あなたがきてくれて良かった。良かったよ。ありがとう」

「こちらこそ」


 私のことを家族のように受け入れて、色んな事に気づかせてくれて。幸せを沢山くれて。


「ありがとうございます」

「うん。長生きしていて、良かったねぇ」


 いつも細目でニコニコしているおばあの目じりが、少し濡れている気がする。

 それを見て、私の瞳も潤んでしまった。


「ねえ、ランス」

「ん?」

「故郷に帰るの、もう少し後にしようかな」



 ベルさんが本調子に戻るまで? それとも赤ちゃんが生まれて、落ち着くまで?

 いつまでかは、まだ分からないけれど。

 赤ちゃんが生まれてくるのを、見届けたい。



「言うと思った」


 そう言うと、ランスはとても楽しそうに笑って、涙が止まらない私の頭を、ポンポンと撫でてくれた。






「こんにちはー! 『カエルの王子』です。配達に来ましたー……って、何この騒ぎ。え! ニーナちゃん泣いてる!? おいランス、お前ニーナちゃんになんかしたのか!?」

「なんでもない。荷物はそこに置いて帰ってくれ」


 そこに偶然、グウェンさんが荷物を届けにきてくれて……。





 大好きな下町の、大好きな人たちを眺めながら、故郷宛に、手紙を書こうと思った。



 

 どうやら私は、故郷行きの馬車に、まだしばらく乗れそうにありませんって。






*****

本編はこのお話で最後になります。

最終話までお読みいただきありがとうございました。

もしも面白いと思った話があれば、評価やご感想をいただけたら嬉しいです。


この後もう少しだけ、元シレジア子爵と氷の魔女の番外編の投稿を予定しております。

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