第28話 シレジアサイド:平凡な男
王家主催の舞踏会で、思わずランスロート・ドレスディアに掴みかかった俺は、王宮の衛兵たちに取り押さえられた。
そうして王宮の隅の塔に幽閉された俺は、時間を持て余し、日がな一日、小さな窓から空ばかりを見ていた。
そんなある日、急に衛兵に、ポーションらしきものを頭からかけられた。
ふと、目が覚めた。
『俺、今までなにをしてたんだろう?』
俺の亡くなった親父は子爵の家の次男に生まれたので貴族籍だったけれど、爵位がなかったので、おれは元々貴族ですらなかった。
でもまあ一応上流階級だし。
同じように親戚に貴族がいるとか、大商人の息子とか、官吏の息子とかが通う、全寮制のスクールでバカなことやったりスポーツをしたりして青春を過ごした。
将来に特に希望もなければ不安もなかった。
寄宿学校卒業後は、伯父であるシレジア子爵に、出入りの商会を紹介してもらって勤めて、真面目に働いていた。
女性にも困ることは無くて、その時その時、恋人もいた。
30も過ぎたので、そろそろどこかのお嬢さんでも紹介してもらって結婚して、これからも平凡な暮らしをしていくものだと、疑ってすらいなかった。
ある日、子爵である伯父が、事故で一家全員同時に亡くなるまでは。
それからはとにかく周囲が目まぐるしく変化していった。
とにかく子爵家の屋敷にと連れていかれた俺は、子爵とは何をやればいいかというところから、勉強しなければいけなかった。
幸いにも屋敷の事全般については執事が把握しており、お抱え兵団については、兵団長がしっかりと管理していた。
更に子爵家は贅沢にも聖者も雇っていて、年老いた聖者の祈りによって、シレジア子爵家はそこそこ順調に回っていた。
前シレジア子爵ご一家が、旅行中に山賊に襲われて一家惨殺されるなんてことさえなければ、俺なんかに子爵のお鉢が回ってくることなんてありえなかったことだろう。
なんとか執事や兵団長や聖者の力を借りて、これからやって頑張っていこうっていう時に、聖者が引退したいと言いだした。
なんでも引退することは既に前シレジア子爵にも申し出ていて、許可を得ていたそうだ。
前シレジア子爵が亡くなったことで、俺の為に引退を延期していたと。
聖者がいなくなることを恐れた俺は、後任の聖者を探すことを条件に、老マンフロットの引退を受け入れた。
これまでシレジア子爵家が順風満帆だったのは、聖者のおかげかもしれないからだ。
聖者がいなくなったら、全てのことが上手く回らなくなった、なんて話はそこら辺に転がっている。
老マンフロットが後任に見つけてきたのは、若くて可愛らしい聖女、ニーナだった。
田舎から出てきたばかりで、右も左も分からないと言った様子で、「子爵家にお仕えできるなんて、光栄です」と言った時の笑顔は、弾けんばかりに輝いていた。
ニーナが子爵家に来て以来、俺は用事もないのに、何度も何度もニーナの働く様子を見に行ったものだ。
ニーナはまるで太陽のようだった。
これでシレジア子爵家は、今まで以上に発展していく。
そう確信した。
老マンフロットも、彼女がいれば問題ない。子爵家はこれから繁栄していくだろうと、太鼓判を押して、安心して田舎に引っ込んでいった。
そうしてその予想通り、シレジア子爵家はどんどん繁栄していった。
繁栄しすぎてしまった。
兵団は王都の剣術大会で上位を独占し、王都ではとても希少な薬草が、畑一面に育ってしまった。
回復魔法と治癒魔法は底なしで、浴びるようにかけてもらうことができた。
人には人によっての器の大きさというものがある。
きっと俺には、ニーナを受け入れるほどの器がなかった。
その状況を受け止めるほどの冷静さと賢さは、俺にはなかったんだ。
忙しくて俺に構う暇なんかなくなってしまったニーナのために、また新しく一人、聖女を雇った。
ニーナが育ててくれた薬草のおかげで、金回りだけは良かったので、もう一人聖者を雇う余裕があったのだ。
その新しくきた聖女は、大きな瞳をウルウルと潤わせて、俺の手を握ってきた。
その瞬間から、俺の記憶はあやふやになっている。
それまでも目まぐるしくて、自分の身に起こった事だという実感がなかったけれど、新しい聖女――クロリスに手を握られたその瞬間からのことは、それこそ夢の中のことようだった。
覚えていないわけではない。
だけどそれ以降の俺の言動は、全て自分で決めた事ではないような。
記憶が自分の記憶ではなくて、誰かの様子を離れた場所から見ているような、本を読んでいるような感覚だった。
クロリスに心を奪われた俺は、太陽のようなニーナにきつく当たり、屋敷から追い出した。
そのせいで薬草園は枯れ、無駄に増えた兵団を雇えなくなった。
ニーナさえ連れ戻せば元に戻ると信じて、躍起になって、なんとしてでも取り返そうとして。
クロリスが怪しげな術で周囲の貴族たちを操るのを目の当たりにしていながら、それを分かっていながら野放しにして好きにやらせて。
その様子を目の前で見ているにも関わらず、自分が操られていたという自覚がなかったのだから、笑える。
勇者の末裔であるドレスディアがニーナを連れているのを見て、奪われたと思い込んで、こいつさえ殺せばニーナはまた俺のものになると思ったことは覚えている。
覚えているけど他人事のようだ。
――一体、誰の話だこれは?
俺は上流階級に生まれただけでラッキーの、平凡な市民だったはずだ。
こんな悪役ができるような器でもない。
本当に、クロリスに誑かされた俺は、頭がおかしくなっていたとしか思えなかった。
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