最終章

第27話 グウェンサイド:残酷

「遅いぞ、グウェン」

「申し訳ございません。先ほどまで伏せておりました」


 ニーナも帰って、落ち着いてもうひと眠りしようとしていたところ、父である王太子に呼びつけられて、慌てて着替えて会議室に急いだ。

 わざわざ父の一番の側近が迎えにきたのだから、よほどのことだろうと。


 会議室には、父を始め、1番目と2番目の兄、数人の国の重鎮だけが集められて座っていた。



 倒れた息子相手に、体調は大丈夫かの一言すらない父親の言葉が、いつも通り過ぎて逆に安心してしまう。

 我ながら難儀な性格だ。



「闇の聖女の説明は聞いたな?」

「……はい」


 『闇の聖女』とやらの存在を知らされたのは、つい先ほど、倒れた後のことだ。

 俺を呼びに来た父の側近に「誰が闇の聖者か分からないという時に、軽率に他人の手を握らないでください」と怒られて、「闇の聖者ってなんだ?」と聞いたら、教えてくれた。


「あれ、誰か教えてませんでした?」だと。本当に、4番目の王子の扱いなんて、そんなものなんだ。

 「闇の聖者」などという存在を知っていれば、ニーナを陥れて追い出したという聖女の手など、握るわけがない。

 というか事前に俺がその存在を知っていれば、クロリスが「闇の聖女」の可能性が高いことなんて、とっくの昔に思いついていただろうに。



「『闇の聖女』であるクロリスを捕まえた。昔から闇の聖者は、国に混乱をもたらすものだ。200年前の戦乱も、闇の聖者が支配した人間によるものだということが判明しているしな。これからその闇の聖女の処遇を決める」

「これから? この会議でですか。裁判をしないのですか」

「しない。そんなことをしたら、闇の聖女の存在が、より多くの人間にバレてしまう。今ここにいる者達で話し合って、国王に許可をもらう。ここにいる者、父王、歴代の筆頭魔術師。この国で65歳以上の年寄り聖者以外で、その存在を知っているのはそれだけだ。あと30年もすれば、存在を知っている年寄りも死んで、より一層存在を知る者は限られていくことになるだろう」

「……本当に、秘密にすることで、闇の聖者による被害は減るのですか?」

「減る。65年前から戦争が起きていないのが、その証拠だ。友好国間で、闇の聖者の情報を消すという協定を結んで以来、こうして何年かに一度、ポツリと闇の聖者が現れるだけで、大きな戦乱が起きた事はない」


 確かに、人を支配できる能力があるなんて知っていたら、戦争に利用しない手はないだろう。

 例え善良な聖者であっても、戦争で自分の国や、故郷や、友人や家族を救うために、その能力を使わずにいられるだろうか。



「闇の聖者を捕らえた時の対処法は、わが国では主に二つある。一つ目は宮廷魔術師4人で能力を封印し、一生涯幽閉する」


 宮廷魔術師4人。火、水、土、風の筆頭魔術師のことだろうか。

 だったら俺も、火の魔術師として参加する必要がありそうだ。


「もう一つは?」

「一つ目と同じように、宮廷魔術師4人によって能力を封印するまでは一緒だ。その後普通の人間に戻して解放する」

「……そうですか」


 普通の人間に戻して、解放する。

 それは実質、罰でもなんでもないともいえる。

 聞けば今回の闇の聖女は、自分で能力を使っている自覚すらなかったという。

 その能力がなくなっても、本人が気が付かない可能性すらあるかもしれない。


 ――いや、そうじゃない。そんなに単純な話じゃない。


「能力を封印するということは、闇の能力だけでなく、聖者の能力も消えますよね?……解放した後は、監視や指導などは付けるのですか。能力を失った事に慣れるまで」

「いや特にないな。能力を封印してしまえば、ただの王子の手を握っただけの小娘だ。特に監視の必要もない。……さて、初参加の者への説明はこのくらいにして、皆の意見を聞いていこう」

 父上がそう言って、狭い会議室にいる人物たちを見渡す。

 と言っても、俺と、俺を案内してきた父の側近を入れても、7人しかいない。



「今回は闇の聖者の自覚すらないんでしょう? 解放でいいんじゃないですかね。幽閉していたら、面倒をみる人物が必要になる。そうすると情報が外に洩れる危険が増える」

「闇の聖者になるような人物は、他人を平気で傷つけられる者ということでもある。そんな者を市井に開放していいのか」

「市井に解放して、他人を傷つけたら、その時は、その時の罪状で捕らえればいい」

「……まあ結局、毎回そういう結論になりますな。特に今回の聖者は、能力をお婿さん探しに使っていただけだろう? 王子様と結婚したいって。はははっ、可愛らしいもんだ」



 ――能力をお婿さん探しに使っていた?

 一言で言えば、そういうことになってしまうのか。

 あれは到底、そんな可愛らしいものでは、なかったと思うが。



「お前たちはどうだ」

「解放でいいのではないでしょうか」

「そうですね。能力を封印すれば、ただの可愛い女の子だ。本人も不可抗力で能力を使っていたようだし、案外能力なんてないほうが、平和に幸せに暮らせるのではないですか」



 平和主義の兄たちが、先に意見を述べていた大臣たちに賛成する。


「あとはグウェン、お前だけだ。お前はどう思う?」


 一応俺の意見を形上聞いてはいるが、どうせ意見を言ったところで、会議の結論は既に決まっている。

 だけど言わずにはいられない。


「幽閉するべきです」


 気が早く、資料を纏めて帰り支度を始めている大臣もいたが、俺が意見を言うと同時に動きを止めた。


「ほう、なぜだ?」

「能力を封印して解放するのは、残酷すぎると思うからです」



「グウェン王子は、珍しい炎の魔力の持ち主ですからな。……まあ普通の人間は、そんな大層な能力は、元々ないもんなんですよ。まだ若い女の子なんだから、能力なんてなくても十分やっていけるでしょう。一生幽閉する方が、何倍も残酷だ」



 大臣の一人が、意見をすると、父を含めて全員が満足げに頷いた。

 これで決まりだろう。



「……分かりました」



 まあニーナを傷つけた聖女を庇う理由なんて、実のところは俺にはない。

 ただ目の前で羽根と針を毟られて、窓から落とされそうになっている蜂を見かけたら、「やめておけ」くらいは言う。その程度のことだった。



*****



「グウェン王子! 会いにきてくれたのですね。嬉しい」


 クロリスが幽閉されている部屋に入ると、意外と快適な生活をしていたようだ。

 秘密が漏れるのを防ぐためか、一般の牢ではなく王宮の一室。

 質素な部屋だが、どうしたって高級感がある。


 見たところ既に、見張りの兵は取り込まれているようで、うっとりとクロリスを眺めている。


 ――触れるな、目を見るなと命令をしていたはずだが、やはり情報を隠したままでは限界があるのだろう。


 一応仕事の責任感で、クロリスを逃すような真似はしていないようだが、危なかった。



「来たのはグウェン王子だけではないのだがね。我々はお嬢さんの目には入ってすらいないようだ」


 俺の隣の、水の筆頭魔術師――その氷の様な尖った性格と冷たい視線から「氷の魔女」と呼ばれる同僚が、自嘲気味にそう言ったが。


 ――声で分かる。氷の魔女、こいつ面白がっているな。



「あの、グウェン王子! これから解放していただけるって、本当ですか? クロリス嬉しい。やっぱり分かっていただけたんですね」

「……まあな」


「ではまず私から。失礼、お嬢さん」

「きゃっ! 冷たい!」



 氷の魔女がさっさと封印の魔法をかける。

 大量の水がクロリスを覆うが、本人には見えていないようだ。

 聖女でも力が強ければ見えるはずだが、クロリスは聖者に認定されるギリギリの力しかないので、見えないのだ。


 封印するのも楽そうだ。


「お嬢さんの行く末を見届けられないのが残念だ。それじゃあな」


 氷の魔女はそれだけ言うと、さっさと部屋を出て行ってしまう。

 順番的に、次は俺がいいだろうと、炎の魔力でクロリスを覆う。


「やだっなに!? なんか熱い!!」



 そんなには熱くないはずだが、クロリスは可愛らしく「やだー! 熱い! 助けてグウェン王子」などとアピールしている。


「あとは、頼む」



 このままこの部屋にいれば、また掴みかかられかねないので、俺も氷の魔女にならって、早々に部屋を出ることにする。


 後はきっと、土と風の筆頭魔術師が、上手くやってくれることだろう。




 これほど弱い力でも、今回の騒ぎ。

 もしもニーナの様な力のある聖女が、力を分け与えるのではなく、奪う方に回ったら……?



 王家が情報を秘匿する理由が、分かった気がする。




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