第24話 クロリスサイド:私の王子様
「え……あの。私は、ニーナ先輩にお礼を……」
「まず手を離せ。誰が触れていいと言った」
ドレスディア様が眉を寄せて、迷惑気な表情で、腕を振り払う。
一体今、何が起きているのかが分からない。
私が触れて、上目づかいで話しかけたら、それだけで誰もが私を好きになる。
私は特別な選ばれた人間だから。こんな扱い、今までされたことない。
そのはずでしょう?
――どうしてか、ドレスディア様にはちょっと効き方が甘かったようだけれど、もう一度手を掴めば、きっとうまくいく。
そう思ってまた手を伸ばそうとするけれど、ドレスディア様は、エスコートしているニーナを庇いながら、警戒するように距離をとってしまった。
慌てて追いすがろうとしたけれど、まだ扉付近にいたせいで、たくさんいる王宮の衛兵たちにガードされてしまう。
「ごめんなさい、ドレスディア様に何か誤解があったみたいで。でもニーナ先輩は、私のお友達なの。もう少しお話したいので、通していただけるかしら」
その衛兵の腕にそっと手を添えて、お願いをしてみる。
「は、はい。いや……それは……」
衛兵は一瞬、うっとりと私を眺めて了承しかけたものの、職務を放棄するまではいかなかったらしく、通してくれない。
だけどこの兵士には、魅了自体は効いたようだった。
私に対して、チラチラと好意的な視線を送ってくる。
どうしてドレスディア様には、効かなかったんだろう?
――ああ、ドレスディア様がいってしまう。
今このチャンスを逃して、またいつか彼を触れられるチャンスがくるだろうか。
お情けで入場させてもらえたような私たちが、ドレスディア様のおそばにまた近寄れるチャンスがくるとは思えない。
今なんとかしないと。
そう、思っている時だった。
「待てドレスディア! ニーナを返せ!!」
信じられないことに、シレジア子爵が強引に王宮の衛兵の合間を縫って、ドレスディア様に掴みかかりにいった。
平凡で大人しそうなシレジア子爵が、まさかそんなに大胆な行動にでるとは思わなかったのだろう。
私の方ばかりを気にしていた警戒していた衛兵たちは、反応が遅れて、みすみすシレジア子爵をドレスディア様のところまで通してしまった。
「ニーナ! 待ってくれ! 俺もまだ君を愛しているんだ! 話を聞いて……」
シレジア子爵がそんなことを叫んだ瞬間、彼の身体がフワッと中空を舞った。
体重を一切感じさせないように、軽々と投げ飛ばされている。
投げ飛ばしたのは、ドレスディア様本人だった。
その顔は、衛兵たちに邪魔されて見えにくい私にすらわかるほど、怒りに染まっていた。
「言葉に気を付けろ。ニーナを傷つけたお前を、俺は許さない」
『ニーナ! 待ってくれ! 俺もまだ愛しているんだ! 話を聞いて……』
ドレスディア様があれほど怒ったのは、シレジア子爵がそう言った時だった。
投げ飛ばされたシレジア子爵は、ほとんど音もなく床に叩きつけられたにもかかわらず、気を失ったのかピクリとも動かず、静かになっている。
――ああそう。ドレスディア様も、ニーナのことを好きなの。そうなの。
胸に暗い、どす黒い炎が灯る。その火はみるみるうちに燃え広がって、私の全身を焦がした。
気を失ったシレジア子爵は、出来るだけ招待客の目に触れないようにだろうか、衛兵たちが取り囲んで、静かに静かに運ばれていった。
ドレスディア様はニーナを宝もののように大切に守りながら、私のことなんて気にする素振りすらせず、その場を振り返らずに去って行く。
ニーナがどんな表情をしていたかは、私のところからでは見えなかった。
――ニーナ。嬉しい? きっと勝ち誇って、笑っているんでしょう?
王宮の舞踏会で、賓客に掴みかかって騒ぎを起こした人間が、どれくらいの罪を問われるのかなんて、私には分からない。
でもそんなことはどうでもいい。
シレジア子爵なんて、もうどうでもいい。
――みてなさいニーナ。絶対にあんたに勝ってやる。
*****
「クロリス様。本日はお帰りになられますか」
「いいえ、もう少し楽しんでいきます。王宮の舞踏会なんて、めったにこられないんだもの」
一人取り残された私に、先ほどとりこにした衛兵が、おずおずと声をかけてくる。
シレジア子爵が捕らえられた今、そのパートナーの私が舞踏会の会場に一人でいるのは、困るのだろう。
できれば帰って欲しいという思いが伝わってくる。
だけど私だって招待客だし、私自身が何か罪を犯したわけでもない。
無理やり力づくで追い出されるまではされないだろう。
特にこの衛兵は、私に対してとても好意的で、同情的だから。
「会場の端の方で、大人しくしているから。ね、お願い」
「……そういうことでしたら」
そう言うと同時に、目立たないように会場の端に向かう。
何人かの衛兵が、チラチラと様子をうかがってくるけれど、やはり力づくで追い出すまではしなさそうだと、ひとまず安堵する。
パーティー会場は広いから、シレジア子爵がドレスディア様に掴みかかったことに気が付いた人は少ないようだった。
ドレスディア様の投げ飛ばし方が素晴らしく、ほとんど音がしなかったせいもあるだろう。
――焦ってはダメ。シレジア子爵が問題を起こしてしまった今、もしもこのまま王宮から追い出されたら、二度とこの場にはこれなくなる。
国中の王侯貴族が集まる、王宮の舞踏会。
煌びやかに舞うドレス、ライトに照らされて輝く宝石たち。
見た事もないような、料理にお酒。
その辺に立っている兵士たちだって、聖女に認定される前の私には出会う事すらできないような人たちだ。
ただそんな家に生まれついたと言うだけで、何の苦労もなくこの場所にいるズルい人たち。
――ちょっとぐらい、いいでしょう? 私がこの人たちから、奪っても。
誰かを捕まえなければ。
またいつでもここに来られるような誰かを。
ドレスディアなんかに負けないくらい。
私の虜の中で、一番爵位が高いのはノルトハルム伯爵だけど、あんなオジサンなんて、私には相応しくない。
あんなのじゃ足りない。もうプライドが許さない。
ニーナになんか負けないくらい、ドレスディアなんかよりももっと美しくて、そしてもっと爵位の高い……。
「おい、お前。まだいたのか? さっきニーナに絡んでいた男の連れだろう」
壁際で気配を殺してホールを眺めていた私に、一人の男性が近づいてきた。
先ほどニーナと楽しそうに会話していた男だ。
「……私は庶民出身の聖女なので、王宮の舞踏会などに来られるのは、これが人生で、最初で最後かもしれないのです。もう少し眺めていてはいけないでしょうか」
「いや。お前はシレジア子爵の婚約者の聖女だろう? ニーナから以前話を聞いたことがある。お前からも事情を聞こう。おい、衛兵。こいつを別室へ連れていけ」
「は。グウェン王子」
――グウェン王子。
グウェン・ベルプシュレ第4王子。
――見つけた。
「分かりました。では最後の思い出に、ダンス1曲だけ、踊っていただけないでしょうか。そうすれば、一生の思い出になりますから。あとは大人しく付いていって、なんでもお答えいたします」
「おい! 不敬だぞ。王子相手に……」
衛兵が強引に私を連れ出そうと動き出す。
もしも衛兵が私に、指1本でも触れたなら、大声で叫んで騒ぎを起こしてあげる。
私はたった1曲、思い出に一緒に踊ってさえくれれば、自分から付いていって何でも話すと言っていたのに、無慈悲な第4王子は衛兵に命じて、女を無理やり力づくで追い出すのかしら?
――さあ、どうする? 私はどちらでもかまわない。もう失う物なんてなにもないもの。
「いい、下がってろ。……本当に1曲踊れば、大人しくなんでも話すんだな?」
「はい。命にかけて誓います」
火の色の髪を持つ王子は、はーっと重いため息をつくと、私に向かって手を差し出してきた。
「1曲だけだぞ」
「はい。必ず」
「だめだグウェン‼ くそっ。知らないのか。そいつにさわるなーー‼」
遠くでドレスディアの叫ぶ声が聞こえる。でももう遅い。
私は既に、王子様の手を握っていた。
「ありがとうございます。優しい私の王子様」
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