第23話 クロリスサイド:勝った
ドレスディア様の隣でエスコートされている女。
ニーナに雰囲気が似ているとは思っていたけれど、まさか本人のわけはない。
だってニーナよりも髪も艶やかで、サラサラで、肌も瑞々しく健康的で、頬がピンクに色づいて美しいじゃない。
陥れて失意のまま田舎に帰ったはずのニーナが、こんなに幸せそうに、この場にいるわけがない。
そんなことはあり得ない。
きっと、シレジア子爵の勘違いだろう。
最近のシレジア子爵は、借金のせいか追い詰められて、精神的に余裕がなさそうだったし。
血眼になってニーナを探していたから、きっと、勘違いを……。
でも言われてみれば、ホワイトブロンドの髪の色、エメラルドグリーンの瞳も同じだし、背の高さも同じくらい。
――嘘よ! そんなはずはない。
あのくたびれて、パッとしない、たかだか兵士達にすら文句を言われても、言い返しもせず大人しく働いていたニーナが、ドレスディア様と一緒にいるなんて。
しかもドレスディア様は、そのニーナを大切そうに、お姫様のように扱っている。
あの誰にでもこき使われていたニーナを!!
そんなことは、到底信じられないことだった。
誰にでも可愛がられて、優先されるのは私のハズで、ニーナのことは誰もがバカにしていたはずなのに。
こんな……高級なドレスを着て。
しかもパーティーでの立ち居振る舞いや、貴族との会話も普通にこなしていた。
あのニーナにそんなことができるわけがない。
一体この女は誰なのだろう。
耳を澄ませて、周囲の貴族たちの声を必死になって拾う。
「まあ珍しい。ドレスディア家から参加されているのね。普段は国防でお忙しくて、王都の社交界にはなかなかいらっしゃらないのに」
「それだけ今の我が国が平和な証拠だな。彼は次男のランスロート・ドレスディアだな」
「一緒にいるご令嬢は?」
「ああ、ドレスディアのおかかえ聖者の、アンワース家のお嬢様だ。ニーナ・アンワース。歴代でも類を見ない能力の持ち主の聖女だとか」
「素敵! ドレスディア家とアンワース家の友情は、200年以上経った今でも健在なのね」
アンワース!? アンワースと言えば、勇者ドレスディアと共に国の英雄とされている国防の双璧。聖者のトップじゃない。
そのくらい、国民全員が知っている。
ニーナがそのアンワース家の直系のお嬢様?
そんな……そんなバカな。
「……用がないようなので、失礼する」
シレジア子爵と二人して固まってしまっていると、ドレスディア様がそう言って、ニーナらしき女性を守るようにしながら、場を離れようとしてしまう。
――しまった! とにかくドレスディア様を取り込まないと。ニーナのことなんて、後回しよ。
「大変失礼いたしました! 私、クロリスって言います。ニーナ先輩にはとてもお世話になったんです。また会えて嬉しい!」
私がそう言うと、ニーナが気まずそうに視線を逸らす。
私が裏でニーナを陥れるように動いていたことに、さすがにもう気が付いているらしい。
――ま、あそこまでされるまで気が付かないのも、珍しいくらいのまぬけだけどね。
これまで陥れてきた人たちの中でも、ニーナは飛び抜けてお人よしだった。
なにせシレジア家から追い出されるその時まで、私のことを可愛い後輩だと思いこんでいたのだから。
気弱そうなニーナの様子をみて、いつもの調子が戻ってくる。
屋敷から追い出された時の惨めなニーナの姿を思い出して、自然と口に笑みがこぼれる。
――今は、ドレスディア様にとびっきり良い笑顔を見せるべき時だから、笑っちゃってもちょうどいいわ。
「ドレスディアさまっ。ニーナ先輩は、私のことをとっても可愛がってくれた恩人なんですよ。私たち、とっても仲良しなんです」
上目づかいでそう言いながら、隙を見てドレスディア様の腕をとる。
ニーナにエスコートしている側の腕は動かせないからか、簡単に触れることができた。
――勝った。触れてしまえば。これでもうドレスディア様は私のものだ。
私がドレスディア様の腕に手を添えながらすり寄ると、ニーナが傷ついたような、複雑そうな表情をしている。
その様子を視界の端に移しながら、私は気分が高揚していく。
やっぱりニーナは、こうやって陥れられて、捨てられるのがお似合いなのよ。
――残念ね、ニーナ。もうドレスディア様は私のものよ。あなたはまたシレジア子爵とでも、仲良くやっていなさい。
いつも誰かを取り込む時のように、ドレスディア様の目を見つめる。
そうして触れた手の平から、ドレスディア様が私に夢中になるようにイメージする。
――ほら、こんなに簡単。……でもなぜかしら。ドレスディア様からは、何も力が入ってくる感覚がしないのは。
「おい、離せ。パートナー以外の男性に、むやみに触れるな。失礼だぞ」
ドレスディア様の口から、信じられない言葉が吐き出された。
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