第22話 クロリスサイド:豪華な扉
「はい、確かに。シレジア子爵様と、そのご婚約者で聖女のクロリス様ですね。どうぞお入りください」
王宮の衛兵に招待状を見せて、小さな扉から事務的にパーティーホールに通されて、拍子抜けしてしまう。
さすがに王様やお妃さまが出てくれるとは思わなかったけれど、もっと丁重に出迎えられるものだと思っていた。
特に私は、王都で奇跡の薬草園を育てた聖女なのだから。
シレジア子爵だって、今は不調だけど、数か月前までは剣術試合の上位を占める兵団を作り上げた人だ。
もっと皆に注目されていて、歓迎されるものだと思っていた。
王宮の門に馬車がついた時、シレジア子爵家の御者がこちらの扉のほうに向かうように指示されていたけど、もっと豪華な馬車の人たちは、別の扉に案内されていた気がする。
――ああ、あっちの遠くに見える、大きくて豪華な扉。
そこから入ってくる貴族には大勢の人たちが出迎えて、歓迎している。
「ねえ、シレジア子爵様。あちらのほうにある扉は、なんですか。あの方はどなた?」
「ああ。あの扉は侯爵家以上の貴族とか、大辺境伯とか、そういう賓客用の扉だよ。子爵家なんかは沢山いるから、いちいち王族が出迎えていられない」
「……シレジア子爵様は、何度も剣術大会で上位を占めた兵団を作り上げた功績で呼ばれたのでしょう? あちらの扉に案内されるべきではないんでしょうか」
「ははは、止めてくれ。俺なんかがあの扉をくぐったら、逆に笑いものになってしまう」
肩を竦めて自嘲気味に笑うシレジア子爵に対して怒りが湧いてくる。
――シレジア子爵って、その程度の人だったの? その他大勢として、歓迎もされず、会場に入るのを許されているだけだなんて。
屈辱的だった。
あの豪華な扉から、歓迎されて入ってくる貴族達が憎い。
――ズルい。どうしてそいつらだけ。貴族の家に生まれたというだけで、王宮のパーティーホールの豪華な扉をくぐる事ができるの? 許せない。
……まあいいわ。どうせいずれ、私はあの扉から出入りする身分になるのだから。逆に分かりやすいじゃない。あの扉から入ってくる人を、取り込めばいいのだから。
そう思って扉を眺めていたら、早速また誰かがその扉を開けて入ってきた。
立派な扉をくぐって会場に入ってきた人物たちは、王族らしき人物や、自主的に集まってきた他の貴族たちに歓迎されている。
なんと王族らしい人物と、親し気に談笑までしている。
今回入場してきたのは若い男女のようだ。
まずは男性の方の服装、立ち居振る舞いをチェックする。
――カッコいい!!
その男性は、正に私の思い描いたままの、理想的な人だった。
背が高くて、若いので肌も髪も瑞々しくて、夜会で会ったオジサン貴族達とは、全然違う。
キャラメル色の髪に、切れ長で意志の強そうな瞳。
背が高くて逞しくて。動きを見れば、素人目にも鍛えている事が分かる。
まるで伝説の勇者様が、本から抜け出してきたかのような人だった。
――まさに私にピッタリの人だわ。
「ねえ、シレジア子爵。今入ってこられたのは、どなた?」
「ん? あいつは……ドレスディア!?」
ドレスディア。その名前は、この国に住んでいたら、庶民の子どもだって、誰だって聞いたことのある名前だ。
それは200年前の戦争で活躍して、王族と共にこの国の礎を築いた勇者様のお名前だからだ。
――本物の勇者様の家系の方だったのね!
大昔の勇者様の家系というだけではない。
ドレスディア家といえば、今なお国防を担う、大貴族様だ。
その家名を名乗ってあの扉から入場してきたということは、少なくとも直系の誰かなのだろう。
「くそっ、くそっ。なんであいつが来ているんだ」
シレジア子爵が、なぜかドレスディア様に対して憎々しげなのが気になる。
地位と権力だけじゃない。若さと美貌まであるドレスディア様に、嫉妬をしているのだろうか。
ふと、そんなドレスディア様がエスコートしているのは、一体どんな女なのかと気になり、隣の女性に視線を移す。
なかなか美人だけど、大貴族に連れられているにしては、控えめで大人しそうな女だった。
ドレスは流行の型だけどシンプルなものだし。
でも布が良いのかゴテゴテしすぎず、重厚感があって、庶民の目から見ても、とても高価そうだ。
ゴテゴテしていない分、逆に品がでている。
――ふん。男受けしそうね。
必要以上に密着したり、ドレスディア様に対してなれなれしい態度をしていないので、恋人という感じではない。
あくまでパートナーといった距離を守っているように見える。
もしかしたら、ドレスディア様の家族か親戚かもしれない。
――だとしたら特に陥れたりしなくても、大丈夫かしら?
だけど不思議とその女の何かが気に障る。
年は女の方も若そうだ。
色素の薄い明るい金の髪をしたホワイトブロンドが美しい。私はギリギリ金髪に見えなくもないという、茶色がかった濃い髪色なので、こんな風に薄い透き通るような金の髪の女がキライだった。
髪色のせいか線が細く見えて、苦労を知らなそうにおっとりと微笑んでいる。
あんな女が、自分はなにもしないでも高価なドレスを身にまとって、ドレスディア様の隣に当然のように存在していることにイライラとする。
――そういえば、私が大嫌いなニーナも同じ髪色だった。
あいつの場合は、忙しくてろくに手入れもしていなかったから髪も傷んでいて、線が細いどころかやつれていたけれど。
ドレスディア様の家族であれば、特に何もせず放っておこうかとも思ったけれど、止めだ。
私がドレスディア様と結婚した時に、目障りになりそうだ。
――あの女は、陥れてやろう。
姉やニーナを陥れて、私の目の前から消したように。
「ねえシレジア子爵様。ドレスディア様って、あの勇者の末裔の方でしょう。私、絵本で読んで勇者様に憧れていたんです。ご挨拶にうかがいたいわ」
「……」
さり気なくそう頼んでみるが、シレジア子爵から、返事が返ってこないので、不思議に思う。
その顔を覗き込んでみると、彼は微動だにせず、ある一人の人物を凝視していた。
最初、シレジア子爵が見ているのは、ドレスディア様かと思った。
先ほどなにやら憎々し気に毒づいていたので、なにか因縁でもあるのかと思ったから。
でもすぐに、シレジア子爵が見ているのは、ドレスディア様ではなく、その隣の女であることに気が付いた。
凝視というかこれは……まるでシレジア子爵は、呆然とその女に見惚れているようだ。
そういえば、私がシレジア子爵に雇われた時、この人はニーナに惚れていたのだった。
すぐに私に乗り換えたけれど。
あの女はどことなくニーナに似ているから、きっとシレジア子爵の好みなのだろう。
「シレジア子爵様! いきますよ」
「あ……ああ」
半ば夢見心地といった様子のシレジア子爵を引っ張るようにして、ドレスディア様のほうへと向かう。
ドレスディア様の周辺には、様々な貴族たちが、少しでも話をしようと群がっているようだった。
それをかき分けて、ドレスディア様のところへと近づく。
「おい君! 失礼じゃないか」
「まあ、ごめんなさい」
「……いや、こちらこそすまなかったね」
押しのけて文句を言ってくる者は、さり気なく手を握って、目を見つめて、黙らせる。
そうしてついに、ドレスディア様のすぐ近くまでいくことができた。
「シレジア子爵様? 紹介してくださいな」
せっかくドレスディア様の真正面にこれたというのに、シレジア子爵は誰かと楽しそうに話をしている女のほうを、食い入るように見つめたまま何も言わない。
――なんなのよ! 本当に使えない男ね!
さすがになりたて聖女の私では、ドレスディア様に先に声を掛けるわけにはいかない。
どうしようかと焦り始めた時、ようやくシレジア子爵が口を開いた。
「まさか……まさか君は、ニーナか!?」
「ニーナ!?」
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