第4章 舞踏会

第21話 第4王子

 馬車で舞踏会の会場――王宮へと向かう。

 おばあの話を聞いてから、不安が胸の裡に渦巻いて、緊張で体が強張ってしまう。

 少しは落ち着かないと。


「ニーナ、緊張しているのか」

「うん」


 隣に座っているランスロートが、先ほどから気遣ってくれている。



 その緊張とは別に、今までドレスディア伯爵家の誰かの誕生日パーティーくらいにしか出た事がなかったので、その不安もあった。

 ドレスディア大辺境伯のパーティーも素晴らしかったけれど、身内のパーティーという安心感があった。

それに流石に王宮のパーティーホールの方が、大きさも豪華さも桁違いだろう。






 実は私が王都へ行きたいと考えるようになったのは、ドレスディア家の舞踏会がきっかけだった。

 5年前くらいのことだろうか。

 ドレスディア家の舞踏会に招待されて王都からやってきたお姫様みたいなご令嬢に、『この田舎臭い娘は誰?』と言われてしまったのだ。


 今ならそんなことを言われても何とも思わないのだけど、5年前の私にとっては、それだけのことがとてもショックだったのだ。

 

 本当にどうでもいいことで意地になって、皆に心配をかけて、王都へ出てきてしまった。


 だけど今となっては、後悔はしていない。

 王都へ来なければ会えなかった人たちと一緒に、沢山の経験ができたから。


 それに最近感じる、王都を取り巻く不穏な空気。

 闇の聖者の出現。


 ――きっとこれをなんとかできるのは、今王都にいる中では私だけだ。

 



「安心しろ。とりあえず王宮の舞踏会といっても、マナーや立ち居振る舞いは、普段うちのパーティーでやっていたとおりで問題ない。あと闇の聖者に会ったら、俺の後ろに隠れてろ。俺なら効かないから」

「ありがとう、ランス」


 

 ランスがいてくれてよかった。本当に、いつの間にこんなに頼りがいがあるようになったんだろう。

 改めて正装してエスコートしてくれる姿を見ると、安心するけれど、ちょっとドキドキしてしまう。

 


「……ドレスも髪型もとても似合っている。綺麗だよ、ニーナ」

「ありがとう、ランス。ランスも正装姿がとっても素敵」


 

 ランスのおかげで、ホッと体の力が抜けて、落ち着くことができた。




 今日の目的は、おかしくなっている貴族を見つけて、正気に戻す事。

 そして、できればその元凶を……特定する。



「クロリス……」



 本当に、あの子が闇の聖女なのだろうか。



*****



 馬車から降りると、そこは舞踏会の会場である、パーティーホールの大きくて豪華な扉の前だった。

 磨き抜かれた美しく艶のある木に、繊細な彫刻が施されており、周囲は煌びやかな金属で縁取られている。


「お待ちしておりました。ランスロート・ドレスディア様ならびにニーナ・アンワース様。本日はお越しいただきありがとうございます」


 衛兵に案内されてホールに入ると、ホールは既に大勢の人達で賑わっていた。



「ようこそランスロート、ニーナ。待っていたよ」


 そして誰かが、私たちを出迎えて歓迎してくれた。

 その声に妙に聞き覚えがあるなと思って顔をよく見てみると、予想外に見知った人物で驚く。


「グウェンさん!?」


 なんとそこに立っていたのは、魔道具屋『カエルの王子』の店員であるグウェンだった。

 確かに魔道具屋の店員は手伝いで、本業は別にあると最初に聞いた覚えがあるが、本業は王宮勤めの魔術師なのだろうか。



 それにしてはグウェンの服装は立派すぎた。

 とても使用人とは思えない、明らかに貴族の服装。

 いや、これは貴族というよりも、むしろもっと……。


「お招きいただきありがとうございます。グウェン・ベルプシュレ王子」

「ランスロート……? 王子って……」

 


 隣に立っているランスは、グウェンが王宮にいることに驚くこともなく、落ち着いた声でそう答えていた。


 王宮に来るのは初めての私だけど、自分の国の王子様の名前くらいは知っている。

 王太子の4人いる王子のうちの末の王子。現国王の孫にあたる。

 確か王族には珍しく、火の魔術師の能力があるのだったか。


 グウェン・ベルプシュレ第4王子。


 初めてグウェンに出会った時、なんとなく王子様と同じ名前だと思ったものだった。

 年恰好も近いなと。

 けれど王家に子どもが誕生すると、国民が真似をして同じ名前を付けることはとてもよくあるので、逆に良くある名前だと全く気にしていなかった。



 魔道具屋の店員が王子様と同じ名前だからといって、まさか本人だなんて、誰も思わないだろう。


「……驚いた。グウェンさん……グウェン様は、なぜあの店で働いていらっしゃったのですか」

「グウェンでいいよ。口調もいつも通りで。……俺に火の魔術の才能があるのは知っているだろう? それで引退する王宮付き魔術師が、小さい頃から俺の師匠になってくれてね。あの店は師匠の店なんだ。誰にも何の期待もされていない第4王子だから、しょっちゅう入り浸って手伝っているってわけ」

「そうなのですか」



 まさか下町の魔道具店で王子様が働いているなんて、思いもしなかった。

 けれど人避けがしてあって、紹介者のいる常連しか利用しないような店ならば、確かに王子様が安全に働ける……のだろうか?

 


「ランスは知ってたの?」

「まあな。一応……従兄だし。あんな場所にいると思わないから、最初はとっさに分からなかったけど」


 ――あ!そうだった。ランスのお母様は、現国王の3女。つまりグウェン王子の父親である王太子の妹にあたるんだ。



「もう。教えてくれても良かったのに」

「王子が内緒にしていることを、俺から話すわけにはいかない」

「そうだけど!」


 ランスが話せないのは仕方がない。

 じゃあグウェンさんは教えてくれればいいのにと思ったけれど、グウェンさんはグウェンさんで、誰にでも身分を明かせるというわけではないのだろうか。


「ははは。ごめんニーナ。最初だけ警戒してたけど、君がアンワースの聖女だと知ってからは教えて良かったんだけどさ。いずれ知らずに社交界でばったり会ったら驚くかなって、楽しみになっちゃって。大成功……」


 グウェンさんが楽しそうにネタ晴らしをしている時だった。



「まさか……まさか君は、ニーナか!?」

「ニーナ!?」



 二度と会いたくないと思っていた、シレジア子爵とクロリスに、さっそく出会ってしまったのだった。





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