第20話 おばあの話

 あっという間に、舞踏会の当日がきてしまった。

 ドレスもメイクも、どうすればいいんだろうと途方に暮れていたけれど、この日の為にわざわざドレスディア家からメイドさんたちが支度を手伝いにきてくれたので助かった。


 早めに起きて支度をしたかいあって、既に用意は完璧だ。

 ドレスディア家のメイドさんたちは優秀で、ドレスは皺ひとつなく、髪も後れ毛の一本もなく、まとめてくれた。


 別室で支度をしたランスロートも見に来て、私のドレス姿を見るなり頬を緩めて「可愛いな」と褒めてくれた。


 どうしても故郷ではぶっきらぼうだったランスのイメージがあるので、まだ紳士のランスには慣れなくて、照れてしまう。

 中身が入れ替わっているんじゃないかしらと思うものの、やっぱりふとした時に見せる笑顔や優しさは、子どもの時から変わらなかったりする。



コン コン コン


 

 後は出発時間になるまで待つだけとなった頃、私の部屋のドアを、誰かがとても控えめに、ドアをノックした。



「はい、誰ですか」

「私だよ。今少しだけいいかい」

「おばあ!?」



 おばあがこの時間に部屋に訪ねてくるなんてと、驚いてしまう。

 これから舞踏会へ出かける直前という時にわざわざ来るのは、きっと何か急ぎの大事な用事があるのだろう。

 慌ててランスロートよりも速くドアまでかけよって、ノブを掴んで開ける。

 おばあを自室のテーブルまで案内していると、猫ちゃんも当然のように、スルリと一緒に、部屋に入ってきた。


「とても大切な内緒の話があるんだ。悪いけど、ニーナとランスロート君以外は、出て行ってくれるかい」



 ランスロートはそれを聞くなり目配せをして、身支度を手伝ってくれたメイドさんたちと、ランスの従者のカイさんが、部屋を出て行く。

 


 そうしておばあと私、ランスロートが部屋に残された。


 おばあは真剣な顔をして、まだ迷っているような素振りだった。


「おばあ? どうしたんですか。何か心配なことでもあるんですか」

「ああ、心配だよ。……心配過ぎて、ついつい黙っていられなくてね」



 ふーっと息を吐くおばあは緊張しているのか、すがるように足元にすり寄る猫を膝へと抱き上げた。

 

「もう65年以上前になるかね。このことを話すことが国によって禁止にされたのは。それ以降に生まれた子達は、存在すら知らない」


 ――話すことが国によって禁止になったこと!?

 おばあの話は、予想以上に重大なことのようだった。


「国に話すのを禁止されたこと?おばあ、いいんですか、それを話してしまっても。無理に話さなくても……」

「いいや、良いんだ。あんたたちは、知っておくべきだと思うから。知っても絶対に、この情報を悪用することもないだろうし。それにね、65年前までは、禁止なんてされていない、聖なる力をちょっと持っていれば、誰でも教会で教えてもらえるようなことだったんだ」



 そうしておばあは、ゆっくりと猫を撫でながら、話をはじめた。



「ニーナ、あんたも聖女として認定されているけれどね。昔は教会の、聖者の認定なんてなかったんだ。ただ聖なる力をつかえる者と、つかえない者がいたっていうだけだった。力の強い弱いはあったけどね。だから私も、小さい頃は『使える子だね』って言われていたもんさ。小さな力でも、庶民の生活の中では重宝されるんだ」



 なるほど。今だったら小さな力だと、教会に行っても相手にされず、使い方を教わる事もないだろうけれど、昔だったら基準がないので、誰もが力を使う練習をして、生活に根付いて、利用していたのか。

 だからおばあは聖なる力を、とても上手く使いこなしているわけだ。


「そしてね、自然の中から力を取り込める聖者の中に、ごくたまーにだけど、『人』から力を吸い取れる者もいたんだ。そういう者のことを、『闇の聖者』と呼んで、皆で恐れていた」


「『闇の聖者』ですか。人から力を吸収できるというだけで、怖がられてしまうんですね」


 海や川や森や空気中や、動物や虫たちからも力を貰えるのだから、人から貰えてもおかしくない。逆に何故今まで、人からは貰えないと思い込んでいたんだろう。



「人から力を吸収できるってだけで怖がられていたわけじゃないさ。怖がられた理由はね、……これが国に話すことを禁止された理由でもあるんだけどね。実は聖者は、その気になれば誰だって、人から力を吸収して、奪い取ることができるのさ」



「え!? そうなんですか」



 信じられない。

 生まれた時から聖者の力が身近で、色んな物からエネルギーを貰っていた私だけれど、人間から力を奪い取った記憶はない。

 本当に聖者が人からも力を奪うことができるのなら、子どもの時などに、私が知らずにその能力を使っていてもおかしくはないはずだ。


「……本当に、人からエネルギーを奪うことなんて、できるんですか? もしも本当にそんなことができるのなら、例え情報を秘密にされていたとしても、もっとその能力を使う人が現れてもいいと思うんですが」



 思い浮かんだ疑問を、おばあにぶつけてみる。

 もしも聖者が誰でも、人から力を奪えるというならば、なぜ私がそれをできる人を見た事がないのか。

 おばあはもしかしたら、その疑問の答えを知っているんじゃないかと思ったから。


「うん。聖者には、自然からエネルギーを吸収するのと同じように、人からもエネルギーを吸い取る『能力』はある。生きるためのエネルギーとか、気力とか、良い運気とかをね。だけど、普通の聖者はよほどの事がない限り、他人からエネルギーを奪う事はできないんだ。奪おうとしても、どうしても、心に壁があるみたいになって、自分でブレーキを掛けてしまう。それは人間の本能なんだ。ランスロート、あんたには人を殺す、傷つける能力はあるね」


「……はい」

「だけど、人を殺した事はない。むやみに人を傷つけることもしないはずだ」

「そうですね」

「よほどのこと、戦争にでもなって、ニーナやこの国を守るためになら、ランスロートは人を傷つけたり、殺せるかもしれない。だけど平和な世の中で、邪魔だからとか、鍛錬のためとかで、人は殺せない。普通の人はね」


 おばあの言いたいことが、なんとなく伝わってきた。


「つまり、聖者が他の人からエネルギーを奪うというのは、人を傷つけたり……場合によっては、殺すにも等しい行為なんですね。普通は無意識にブレーキがかかるぐらいの」

「そういうことだよ。生きるためのエネルギーを奪うというのは、それだけ重大なことなんだ。闇の聖者にエネルギーを奪われた人間は、しばらくの間は生きる気力や、日々の活力が失われる。そして人が変わったのかのようにイライラしたり、攻撃的になってしまう。昔はそんな人間を、誰でもたまには見かけたものさ。それが聖者……人からエネルギーを奪う『闇の聖者』のせいだってことまでは、聖者本人以外には知られていなかったけれどね」


 イライラしたり、攻撃的になってしまった人。

 先日のブルーノさんの姿が頭に思い浮かぶ。

 いや、それだけじゃない。シレジア子爵家の他の兵士の人たちだって、威圧的に、攻撃的になっていた。


「おばあ、ではなぜ国は、この情報を隠すことにしたんですか」

「それはね、聖者も能力があるだけで、心はただの人間だからね。人からもエネルギーを奪えるって元から知っていたら、ついつい心の壁を破って、奪ってみてやろうって思ってしまう瞬間があったりするもんなんだ。それなら最初から知らなければ、できないと思い込んでいれば、そうそうできることじゃない。実際にこのことが秘密にされるようになってから、『闇の聖者』がこの国で現れることは、ほとんどなくなった」


 確かに、私はそのような人物に、今まで出会ったことはない。

 ――今回の異変が起こるまでは。


「それとね、聖者からエネルギーを奪われた人間は、不思議なことに、なぜかそのエネルギーを奪った聖者に支配されてしまうんだ。エネルギーを奪われて、気力や活力を奪われて、イライラしながらもなぜか、その聖者から離れられなくて、執着してしまう。もしかしたらそれ以上傷つけられないように、本能的に必死になって、気に入られようとするのかもしれない。……聖者からエネルギーを奪われた人間が、その聖者のことを好きだと勘違いして、言いなりになってしまうのは、そんなことなんじゃないかなと、私は思うんだよ」


 『闇の聖者』から力を奪われた人は、イライラとして、攻撃的になって、気力や活力を奪われながらも、その『聖者』を好きだと勘違いして、離れられなくなる。


「なぜその話を、今私に?」


「イライラとして暴力的な兵士が、聖水をぶっかけたらまともに戻ったんだろう?」

「はい」

「その話を聞いて確信を持ったんだ。ああ、それは闇の聖者の仕業だなってさ」

「……!?」



 おばあがそう言った瞬間、急にある一人の聖者……聖女の顔が、私の頭の中に浮かんだ。


 そして、その人と出会った後に起こった出来事が、次々と思いだされて、その全てがまるでパズルのように、綺麗に全て繋がってしまった。




 その人に出会ってから、まるで人が変わったかのように攻撃的になり、その人のことを愛していると言ったシレジア子爵。

 そしてある時期から急に、私を責め立ててくるようになった兵団の人たち。


「クロリスが闇の聖女……? でもだとしたら、どうして? クロリスだって聖者が人から力を奪えるって、知らないはずなのに。どうしてあの子は人からエネルギーを奪うなんてことができるの?」


「さあね、よほどのきっかけがあって、奪わざるを得なくなった人だっているだろうし。たまーに理由もなく、生まれつき、人を傷つけることも、人からエネルギーを奪うことも、なんのためらいもなくできてしまうような人間もいるものさ」

「そんな……」


 クロリスが嘘をついて回って、悪評をばらまいて、私をシレジア子爵家から追い出したことは、今では分かっている。

 

 だけどまさか、そこまで……?

 人を傷つけても、力を奪うことも、なんのためにらいもなくできてしまうなんて。

 あの子ウサギのようにか弱い子が、まさかそこまで……?


 でも、クロリス以外に、『闇の聖者』は考えられない。


「ニーナ、ランスロート。今夜その闇に操られている人たちに会うんだろう? ということは、近くに闇の聖者も、きているかもしれない。……気を付けるんだよ。絶対に体を掴ませないこと、そして出来るだけ目を合わせないこと。いいね?」


「……はい!」

「ご忠告ありがとうございます。俺の家系は聖者の能力も、魔術師の能力も跳ねかえせるので、俺は大丈夫だと思いますが、他の人のことを出来るだけ注意するようにします」



 禁忌を破ってまで、私たちのために話をしてくれたおばあに感謝して、改めて気合を入れ直す。


 舞踏会に、あの人……クロリスも、きているかもしれない。



 だけど私は、何も知らなかったあの頃の私じゃない。


 ――今度は、負けない。


 クロリスになんて、もう負けない。絶対に。




*****


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