第9話 side 音

母さんを追い返して、俺はスマホを開く。


【さっき母さんが来たんだけど、琴葉がもし会っても話さなくていいから】


打った文字を消去した。

送らなくても大丈夫かな?

琴葉は、仕事だし……。


母さんが、琴葉の事をどうしてあんなに嫌ってるのかが理解できない。

母さんが琴葉に会ったのは、二年前だった。





「28《にーはち》会?何、それ?」

「28歳になったら、集まろうっていう同窓会」

「へぇーー、行ってきたら。私は、ちゃんと留守番してるから」

「違う、違う。琴葉についてきて欲しいんだ」

「どうして?」

「それは……。ほら、耳がさ」

「もう、聞こえないから怖いの?」

「うん」



タブレットに並ぶ羅列を愛しいと思ったのは、琴葉と話してからだ。

俺は、ずっと機械が無機質に表示してくれる文字が大嫌いだった。



「いいよ!言ってあげる」

「よかった」


琴葉の言葉に安心した俺は、28会に出席した。

この日、幼馴染みの徹は参加出来るかどうかわからないと言っていた。

俺は、昔の約束を守りたかったから参加しただけだった。



「これを返しに行きたくて」

「リボンの柄のシャーペン?」

「うん。借りたままだったから。同窓会で会ったら返そうって思ってたんだけど。二十歳の時は行けなかったから」

「どうして?」

「怖かったのかもな。耳が聞こえなくなっていくのが……」

「そっか」


シャーペンを借りたのは、隣の席にいた奈々子ちゃん。

彼女は、途中で転校しちゃって返す事が出来なかった。

二十歳の同窓会で、奈々子ちゃんが来ていたのを徹から聞いてたから俺はこれを返したかったんだ。



28会に琴葉を連れて参加すると同級生達が、「あんな子いた?」と口を動かしてるのがわかった。

琴葉は、気にしないようにしてくれていたから俺もそうする。



「返したいからついてきてくれる?」

「うん、いいよ」



奈々子ちゃんは、参加していて俺はシャーペンを返すのに声をかける。



「奈々子ちゃん」

「音君」



隣で、琴葉にタブレットを持っていてもらった。



「あの、これ」

「音君って耳が聞こえないんだよね?」

「えっ……あっ、うん。まだ、少しは聞こえるんだけど」

「ごめん。話しかけないでくれる」

「えっ?」

「ほら、耳が聞こえない人と友達だって思われたくないから」

「あっ、そうだよね。ごめん、気づかなくて」



琴葉は、タブレットを見つめて怒っている。


「私、言ってくる」

「やめて……欲しい」

「どうして?あんな事言われたんだよ」

「普通の事だよ。彼女が珍しいわけじゃないから」


俺はシャーペンを鞄にしまう。

本当は、捨てたいけど。

シャーペンに罪はないし。

もしかしたら、いつか返せるかも知れないから。



「才川って耳が聞こえなくなってるってマジ?」

「さあ、俺も詳しく知らないけどさ。そんな噂聞いたよな」

「えっ、でも補聴器とかしてなくない?」

「完全に聞こえないタイプなんじゃないか?」

「マジか!じゃあ、悪口言ってもバレないじゃん」

「耳聞こえないとかマジで人生終わってるな」



周囲の雑音ノイズが嫌でも耳に入ってくる。

悪口だけ聞こえるとか嫌な耳してる。



「私、言ってくる」

「琴葉、大丈夫だから……よくある事だから」

「そんな……」

「大丈夫、大丈夫」



文句を言おうとした琴葉の腕を掴んだ。

こんな事、今までだってあった。

だから、たいした事はない。



「才川の彼女?」

「そうじゃね」

「マジで可哀想だな。彼女って耳聞こえてるんだろ?終わってんな」

「わかる」

「しっ!聞こえるって彼女に」



たいした事ないのに、琴葉が傷つけられるのは痛い。



「やっぱり、私言ってくる」

「いいって、いいって。俺が人間関係ちゃんと作ってなかったのが悪いんだからさ」



誰かを責めた所で、現状は変わらない。



「ごめん、音。遅くなった」

「徹、来れたの?」

「うん。ちょっとみんなに挨拶行ってくる」



現れた徹は、俺を可哀想だと言っていた集団の元に行く。



「久しぶり」

佐渡さわたり、久しぶりじゃん。元気だった?」

「元気、元気。みんな変わってないな」

「そうそう」

「音と話した?」

「えっ、才川?才川は、耳聞こえないから」

「そうそう、俺らとはもう違うってゆうかな」

「うん」

「同じだよ!音もあの頃と変わってないよ。違わないよ。みんなと同じ28歳だって」



徹の言葉にみんな驚いた顔をしている。



「音、こっち来いよ」



徹が呼んでるのを無視して、琴葉と外に出る。



「行かなくてよかったの?」

「行って何話すの?行って耳が聞こえなくなってるって話して、可哀想だってわざわざアピールしにいくわけ」

「そんな事、私は言ってないよ。だけど、あの場でいなくなったら徹君は音の耳がもう聞こえなくなったんじゃないかって不安になるでしょ?」

「わかってる。そんな事、琴葉に言われなくてもわかってるよ」

「ちょっと、ちょっと待って音」



俺は、琴葉をおいて歩いて行く。

琴葉は、俺を追いかけて来てくれる。

耳が聞こえにくくなり出して、恋愛も結婚も諦めたのに……。


琴葉とまた恋を始めたら……。

琴葉が傷つけられるのが悲しくなった。

俺といたらあんな雑音ノイズを聞かなきゃいけないのが申し訳なくなった。



「音、どうしたの?何で、ここにいるの?帰ってくるなら言いなさいよ」

「母さん……何でここに?」

「何でって、お友達とご飯食べてたからよ」

「音、待ってよ」

「琴葉……」

「その子、誰?」

「彼女は、琴葉って言って。今、俺と付き合ってくれてて」

「誰?」

「母さん」

「あっ、お母さん……」



琴葉は、母さんに向き合って「音君とお付き合いしている南川琴葉です」と笑顔で言った。



「認めない」

「えっ?」

「こんな子、認めないから」

「母さん、ちょっと待ってよ。認めるとか認めないとか母さんが決める事じゃないよ」

「わかった。耳が聞こえにくくなり始めたから適当な子を選んだんでしょ?だって、どう見たって音のタイプじゃないもんね」

「どういう意味?」

「音がこんな子と付き合うわけないわ。今まで自分を知らない人とは向き合ってこなかったじゃない。こんなどこの馬の骨かもわからない女の子なんか音が相手にするわけないわよね。何か理由があるんでしょ?もしかして、脅されてるとか?」

「母さん、ちょっと待って。ゆっくり話してくれなきゃ、唇が読めないから……あっ、琴葉タブレットしまっちゃった?」

「とにかく、認めないから」


母さんは、怒って帰っていった。

俺は、嫌がる琴葉からタブレットを渡してもらう。

そこに並んだ母さんの話した羅列に驚いて、琴葉を見つめる。



「初対面でこんなに嫌われるって我ながら才能だよね」

「ごめん……ちゃんと紹介出来なくて……。次は、するから」

「ううん。大丈夫だから」



消えそうな琴葉の笑顔を見ながら、俺は絶対に琴葉を幸せにするってこの日決めたんだ。




チカチカとスマホが光る。


【お腹痛いから早退したから帰るね】


琴葉から来た連絡に俺は家をすぐに出た。


【迎えに行く】


そう送ろうとしてやめる。

近くまで行ったらいいだけだな。

よし、迎えに行こう。


家を出ると天気予報は、雨じゃなかったのに降りだす。

俺は、琴葉のピンク色で水玉模様の傘を持った。

雨に濡れたら、風邪引いちゃうから急がないと……。





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