そして、オカメしかいなくなった。

阿々 亜

そして、オカメしかいなくなった。

「では、この事件を最初から振り返ってみよう」


 ある男の声が広いホールに響いた。


「そんなことに何の意味がある?」


「そうよ。今更……」


 他の者たちが口々に反論する。


「ただの暇つぶしだよ。どうせ、俺たちはこの洋館から出られないんだから」


 最初の男が自嘲気味にそう答えた。


 そこは、豪奢な造りの洋館のメインホールだった。

 大理石の床に派手な模様の絨毯、壁一面は真紅の壁紙、四方の柱には細かな模様の細工が施されていた。


 そこに居る人間は五人。

 皆、年齢は二十代前半といったところだろう。


 一人目は、最初に声を発した男。

 ひょろりと背が高く、知的な顔立ちの青年だった。


 二人目は、短い金髪で、片耳にピアスを開けている気性の荒らそうな青年。


 三人目は、背の低い童顔の丸眼鏡をかけた青年。


 四人目は、ソフトソバージュの長い髪に、色白の美しい女性。


 そして、五人目……

 五人目はホールの中央でうつ伏せに倒れていた。

 中肉中背で、髪型や体型、服装からどうやら男性らしい。

 首には麻縄が巻き付けられており、顔は真横を向いている。

 顔は真横を向いているがその表情はわからない。

 なぜならば、顔にオカメの面がつけられているからだ。


早苗さなえは……今、どうしてるの?」


 四人目の女がポツリとそう呟いた。

 それに対して一人目の男が答える。


「今も自室に閉じこもったまま、中で震えてるよ」


「かわいそうに……」


「何がかわいそうなもんか‼ アイツが犯人だ‼ もう、アイツしかいない‼」


 二人目の男が興奮して叫び、それを一人目の男がなだめる。


「彼女が本当に犯人かどうか……それを明らかにするためにも事件を振り返ろうじゃないか」


 一人目の男はそう言って、事の顛末を話し始めた。


 彼らはある大学の日本文化研究会というサークルのメンバーで、その名の通り日本文化、主に能や歌舞伎などの研究を行っていた。


 ある年の夏休み、彼らは二泊三日の合宿に行くことになった。

 合宿といっても、要は懇親旅行であった。

 行先は様々な候補があがったが、メンバーの一人の親戚が、伊豆大島近海の孤島に建てられたこの洋館の所有者であり、立地の物珍しさがメンバーの興味を引き、この洋館に泊まり込むことになったのだ。

 所有者の親戚であるそのメンバー、藤堂竜也とうどう たつやが立場上幹事を務めることとなった。

 皆意気揚々とこの洋館を訪れ、若き日のひと夏の思い出になるはずだった。


 だが、合宿初日の夜、事件は起きた。

 予定された夕食の時刻に、全員食堂に集まることになっていたのだが、幹事の藤堂が現われなかったのだ。

 全員で館を探し回ったところ、このメインホールで、オカメの面をつけ、首に麻縄を巻きつけられた状態で発見されたのだ。

 このサークルは複数の学部学科の寄り合い所帯だったが、メンバーの一人に医学科の学生がおり、藤堂の死亡確認を行った。

 状況から他殺である可能性が強く示唆されたため、その医学科の学生が死亡確認のために近付いた他は誰も遺体に近付かなかった。

 無論、すぐに警察に連絡しようという話になったのだが、この島は前の持ち主が亡くなってから長年無人島になっていたため、各種携帯電話会社のサービスエリア外となっている。

 迎えの船が来るのは二日後。

 その間、彼らは島の外と連絡を取る手段が一切ない。

 皆、次は自分が殺されるのではないかという恐怖に震え、同時に自分たちの中に殺人犯がいるのではないかと疑心暗鬼になりながら夜を過ごした。


 そして、翌朝、第二の事件が起きた。

 今度は、昨晩死亡確認を行った医学科の男、小山内鉄二おさない てつじが朝食に現れなかったのだ。

 最初に小山内が宿泊している部屋を確認したところ、部屋の扉に鍵がかかっていた。

 何度呼びかけても、どれだけドアを強く叩いても中から反応がないため、ドアを無理やり蹴り破って中に入ったところ、小山内が昨晩の藤堂と同じように麻縄を首に巻き付けて倒れていた。

 顔にはまたもオカメの面がつけられていた。

 残りのメンバーは皆医療系の学科ではなかったが、見様見真似で脈と呼吸を確認し、死亡を確認した。

 部屋は彼らが突入するまで鍵がかかっており、部屋の窓にも内側から鍵がかっていた。

 部屋の鍵については、幹事の藤堂が最初に「中から鍵をかけることはできるが、外から開け閉めする鍵はない」と言っていた。

 なんでも、館の前の持ち主が亡くなったときにどこにいったかわからくなってしまったそうだ。

 つまり、この第二の殺人は密室殺人だったのだ。

 その事実がさらに残ったメンバーたちを恐怖させた。

 そのうちの一人、二階堂早苗にかいどう さなえは恐怖に耐えきれず、自室に逃げ込んで中から鍵をかけて閉じこもってしまった。

 他のメンバーは仕方なく、すでに用意していた朝食を食べることにした。

 このような状況なので、食事に毒を仕込まれているのではないか?という危惧もあったが、その朝食は残ったメンバーが互いに監視し合いながら用意したものだったので、毒が入れられていることはないと判断し、また自分は毒など入れていないという証明のために、皆同時に食事を食べた。


 だが、その一時間後、その食事を食べた斉藤浩紀さいとう ひろき伊野英二いの えいじ桜井沙織さくらい さおりが次々に苦しみだし、そしてほどなく絶命した。


「もういい‼ もうたくさんだ‼」


 一人目の男が淡々と事件の経過を語ってきたが、二人目の男が堪りかねて叫んだ。


「自分や仲間が殺された経緯を、なんでそんなに冷静に語れるんだ⁉ ‼」


 二人目の男はそう言って、一人目の男、を睨んだ。


「そりゃあ、こんなオカルトじみた存在になってしまったら、生きてた間のことなんかどうでもよくなるだろ? 


 そう言って小山内は二人目の男、を睨み返した。


「僕たちって、やっぱり幽霊みたいなものなのかい? 小山内君」


 三人目の男、が震える声でそう問うた。


「ああ、それもどうやら地縛霊のようなものらしい。一足先に殺されてこの状態になったあと、何度も館から出ようとしたが、出られなかった」


「噓でしょ⁉ これから未来永劫、この状態でここから出られないってこと⁉」


 四人目の女、が顔を覆って嘆いた。


「まあ、いつか、この洋館が取り壊されることになって、地鎮祭でもやってくれれば、成仏できるかもな。それまで俺たちはのんびり暇をつぶさなきゃならない。まず、手始めにこの事件の真相をつまびらかにしようじゃないか」


 小山内はそう言って、芝居がかった仕草で両手を広げた。


「探偵気取りかよ⁉ 真相も何も、もう生き残ってるのは二階堂しかいないんだ‼ アイツが犯人だろ⁉」


「勝手に決めつけないでよ‼ あの子はこんなことできる子じゃない‼ それに、朝食を作るとき、あなたも参加して見てたでしょ‼ あの子も私たち三人も誰も毒を入れる隙なんかなかった‼」


「その通りだ‼ 犯人はどうやって毒を入れたんだ⁉ それにあの密室……小山内君、君は探偵ごっこに興じたいのかもしれないが、君は殺されて霊になってから真相を全て見ていたんだろ⁉ その君が探偵役として振る舞うのは茶番も甚だしい‼」


 伊野の非難の言葉に、小山内はぐうの音もでないといった表情で両手を上げた。


「返す言葉もない。そもそも、俺がにまんまと騙されたのがことの始まりなんだからな……」


「アイツ?」


「お前ら、何か気づかないか?」


 そう言って小山内はまた大仰なそぶりで両手を広げた。


「俺たちは殺された後、霊になってこの場にいる。なのに、がいるだろ?」


 小山内のその言葉に、他の三人はいっせいにホール中央の床に視線を集めた。

 そこには、一番最初に殺されたはずの藤堂竜也の体があった。


「まさか……」


 藤堂の体は、あたかも全員の視線が集まるのを待っていたかのように、ゆっくりと動き出し、その場に立ち上がった。

 そして、小山内がことの真相を語り始めた。


「藤堂は合宿のレクリエーションとして、みんなにドッキリをしかけようと俺に持ちかけてきた。

 藤堂が死んだふりをして、俺が死亡確認をする。

 翌朝の朝食に何食わぬ顔で藤堂が現れネタばらし。

 という手筈だった。

 だが、こいつはお前たちが寝静まったあと、俺の部屋を訪ねてきて、他愛のない話をしながら、何の警戒もしてない俺の背後を取り、麻縄で首を締めあげた。

 そして、オカメの面を被せて、外から部屋に鍵をかけた。

 鍵の行方がわからないというのは真っ赤な嘘。

 本当はこの館の全ての部屋の鍵を隠し持っていた。

 鍵をかけてわざわざ密室にしたのは、朝食に毒を仕込む時間稼ぎのため。

 こいつはお前らが俺の部屋の前で騒いでいる間に用意された朝食に毒をしこんでたんだよ。

 これらの行動以外の間、こいつはずっとここで死体のふりをしていた。

 そして、今、朝食の時間から、そろそろお前たち三人が死んだ頃だろうと動き出した。

 こいつの唯一の誤算は二階堂が部屋に閉じこもっちまったこと。

 これからこいつはお前たち三人の死亡を確認したあと、二階堂を殺しに行く気だろう」


 小山内が全てを語り終えたあと、斉藤が「このやろう‼」と藤堂に殴りかかるが、実体のない斉藤の拳は藤堂の体をすり抜けた。

 小山内たちの姿や声は藤堂には知覚できていないため、まさか彼らの霊がこの場にいるなどとは夢にも思っていないであろう。


「動機は? 動機はなんなの⁉ なんで、私たちは殺されなきゃならなかったの⁉」


「動機はたぶんこれだろう」


 桜井の問いに、小山内はぽんぽんと自分の顔を指で叩いた。

 三人はしばらくなんのことかわからなかったが、藤堂が被っているオカメの面を見て、皆一様に「あっ‼」と、あることを思い出した。


「オカメ……岡部芽衣おかべ めい……」


 それは、一年前に自殺したこのサークルのメンバーの名前だった。

 彼女は、丸顔で、鼻が低く丸く、頬がふっくらとしていた。

 そのオカメの面に似た顔立ちと、岡部芽衣という名前を縮めて、サークル内で『オカメ』というあだ名がついた。

 彼女は顔のことがコンプレックスでオカメというあだ名を嫌がっていたが、サークルの面々は呼び名を改めなかった。

 そして、彼女はそのことで心を深く傷め、とうとう自殺してしまったのだ。


 その数か月後、藤堂竜也がサークルに入ってきた。

 サークルの者は誰も知らないが、岡部芽衣と藤堂竜也は実は姉弟だった。

 二人が中学の頃に両親が離婚し、芽衣は母親に、竜也は父親に引き取られ、別々の名字になった。

 二人はとても仲の良い姉弟で、家庭が分かれてからも頻繁に連絡を取り合っていた。

 だが、芽衣が大学に入って程なく自殺した。

 竜也は自殺の原因を探るため、芽衣がいた大学に入学し、このサークルに入った。

 そして、自殺の原因がオカメという呼び名だったことを知り、今回の殺人計画を立てた。

 竜也は、人数分のオカメの面を用意し隠し持っていた。

 このあと、毒殺した三人と、これから殺す二階堂早苗にもオカメの面を被せるつもりなのだ。


 姉さん……

 姉さんを苦しめたこいつらに、姉さんが受けた屈辱を存分に味合わせてやるからね……

 だから、もう少しだけ待っててね……

 姉さん……




 そして、オカメしかいなくった。 完



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そして、オカメしかいなくなった。 阿々 亜 @self-actualization

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