第9話 青森地方検察庁本部 第12事案審議
今回の審議も、直江検事と佐竹検察事務官は席を外し。AI4の音声テキスト化に起こされる。そして、俺と目の前のハンサムの二人きりとなる。
そのハンサムの男は、国際連盟平和維持活動総合管理局特任書記官小木曽イアン。青森に国連の事務局はあるが、ゆったりと八戸廃市だろう。何の御用かはさっぱりだ。
小木曽イアンの見た目は日本人。その容姿は、小洒落た芸能事務所のマネージャーで、今時ノンデバイス眼鏡を掛けた四十路の男性。その清廉さ、普通にハンサムでモテるだろうが、じわっと印象が強くなる。
小木曽イアンは、俺の警戒心を知ったか、自らの出自を明かす。結構のお断り言おうも、つい惹かれ傾聴する。
小木曽イアンは、日本人の医師の父と、ウクライナ人の財団総帥の母との嫡子で、ウクライナ国の混血2世に当たる。黒髪に碧眼、よく窺えばああ2世かと思い知る。
ウクライナは現在紛争後復興の国で有り、原状回復に100年掛かると言われる。そのせいで、どの国も復興費の持ちだしが、国費の歳出の枠越えを恐れ、全て日本国が背負う形になった。復興のノウハウあるだろう。それはボランティアと現地人の我慢のみだを、ヨーロッパの連中に片っ端から言い解きたい。
ウクライナの復興支援は多岐の職業に渡る。小木曽イアンの医師の父も復興事業の従事にあたり、男気でウクライナに尽力し、小木曽イアンの母に見そめられた。そして小木曽家に入った。小木曽イアンは祖国ウクライナで育ち、大学は日本国で学び、漸く日本人のメンタリティに馴染んだとか。未だ改善出来ていない中央集権の歪さ。日本の排他的貴族思考は、所詮金持ちの差別意識が諸悪の原因だ。そう思いますよねは、俺は防衛省招集以外東北が長いので、そうですかねと、もう少し引き出したかった。
小木曽イアンはクリーンロジックだ。しかし何処か食えない奴とは、その瞳の奥が燻されているので、ああ官僚寄りかで推移する。ただ、例え困難に陥っても、この余裕は崩さないとは、失敗しないために何もしない官僚にしては、その懐の深さ察するに余りある。
そして、どうしてもターニャの話題へと。そう言えば確かに、ターニャならば、小木曽イアンは気になる人物ではあろうし。
「南小路さん、ターニャを、よくご存じの様ですね。お困り事は無いですか」
「小木曽さんの知っているターニャとは、心を開いた時の笑顔がはち切れる、ターニャ・スワロフスキーでしょうか。私合っていますか」
「ええ勿論、はち切れる笑顔のターニャです。その顔立ちはスラブ系の帰参組系でも有り貴重な系統です。いや、今もこの目に残ります。無邪気な元妻でした。しかし、お互い苦労しますね。私はどうしても、南小路さんとご縁を感じてしまいます」
妻、いや元妻かでも、俺は動揺した。どうやって、ターニャを口説けるんだろうか。まずそこだ。
そう、ペンタゴンのジョアン・キザキの秘話で、ターニャが長命族ならば、ぼんやりと何回か結婚しているかは、何かにつけ思っていた。どうせみんな、振り回されたに違いないと、たかを括っていたが、こう小木曽さんの佇まい3ランク上っぷりを思い知ると、実はターニャ、酷い奴かになる。何処小木曽イアンと別れる要素があるんだ。
小木曽さんと話す程に、低姿勢からの優しさに触れる。そうか、普通にターニャも恋愛するのかと、俺の身体が自然と前のめりになる。ターニャって、どんな酷い娘なのかと。これで打ち解けた。ターニャの自由奔放さを知ってるのは、どうしても当事者達のみだから。
小木曽イアンさんの母親は、新興のウクライナ・プラチナ・バレエの財団の総帥で、何かと海外公演で紛争被害国ウクライナへの理解を唱えて、外交も出来る財団総帥らしい。
そんな小木曽イアンが11歳の時に、スウェーデン巡業の際、ターニャ・ゼレンスカヤが飛び入りで合流したらしい。おいウクライナ・プラチナ・バレエは、仮にも国の名前のついたバレエカンパニーだぞ。自由だなターニャ。
「というべきか。ターニャ、その名前の多さ。自分の全ての名前を覚えているんですか」
「ええ、勿論。三日掛かりになりますが、夫も恋人も友人の名前も言えますよ。ただ戦争の話も多々あるので、私でさえも心も痛むこ事があります。南小路さんがターニャと結婚されても、積極的にお聞きするのは控えた方が良いかもしれません」
「俺が、結婚、ですか」
「ええ、結婚です。ターニャのスープは、奇跡のひとつまみの塩加減で絶品ですよ」
俺とターニャ。想像の果てに幸せな食卓がやや浮かぶが、いやどう考えても、あのターニャは本当に料理得意なのか、いやいやで、程よく頬が垂れる。
ここから、小木曽イアンさんがまたたたみに入る。天真爛漫なターニャの心を掴むのに、軽く12年掛かったと。そうでしょうねと、俺が若干怯む。まあターニャなら、恋人が多かっただろうも。いや友人はウクライナ・プラチナ・バレエの初公演のお披露目パーティーに見繕う位で、私生活は不思議な位ストイックらしい。
小木曽イアンさんさんは、ターニャとの初対面から、まずい、放っておけないが先行し、アルバイトと称しては、バレエ団でターニャの世話を優先していたら、ターニャ専属の付き人に昇格したと。小木曽イアンさん曰く、まさか16歳で栄光を掴んだそうだ。大袈裟な。ここの段階ではまだ付き人でしょう。ターニャと忌憚なく会話出来るのはごく少数ですよ。まあ、そう言えばそうだ。ターニャに衒いも嘘も見当たらない。気に入られる、その尊い気持ちはちょっと分かりつつある。
「まあ孝信さん、聞いて是非下さいよ。イアン、君ね、私の事好きでしょう。私と一生にそばにいられる。ターニャがえらく真面目に言うので、つい、ハイとは言ってしまいましたが、一生付き人か、悪くは無いですよ。でも、あれよと私達はチャペルには立っていました。まさか恋愛表現無しに、これですよ。酷いですよね。いやシャイなのでしょうも、あのターニャですよ。金輪際有りえません。その気になった、ターニャの押しはとても強いものです」
おいは、怯んで言えなかった。ターニャの一本釣りはどうにも素晴らしい。ターニャの機微の鋭さは、ぞっこんの小木曽イアンの気持ちに応える。その幸せの反動が怖すぎる。そして幸せな家庭のお話が、つい俺も微笑んでしまう。
まま度を越した無神経もある。イアン、浮気しないなんて小さい人間だよね。私はターニャと一緒にいれればそれで良かったのです。いや違うな、ターニャとはを本能で察するが。まずい奴ですよ、ターニャはと。小木曽イアンさんは俺を察して大爆笑する。その畏怖感はあって当然でしょう。孝信さん、ますます興味深いですねと砕ける。小木曽イアンさんは笑うべきところを逸しない。成る程ターニャフォロワーとはこうあるべきかと、親近感がただ沸いた。
「ただ、小木曽さん。立ち入って良いですか。ターニャとの、その別れとは何でしょう」
「ええ、どうぞ構いませんよ。ここは有りのまま、私が察して話した方が、お話は逸れないでしょうね。文献はある筈も無く。戸籍も5年間で機密保持に回って黒塗り溶解廃棄になりますからね」
30年前に流行った流行病は変遷し続ける。小木曽さんも、定期ワクチンを打ち続けるも変遷流行病に罹患した。現在は爆発的な流行性は無いが、変遷し続ける事でDNAレベルに迄合体し、子孫にも遺伝し再発する可能性が高くなる。
良いか悪いか分からないが、その流行病への懸念で紛争の数は半分に減る。ただ紛争の濃度は濃くなるので、不幸は打ち消せない。ああ話に集中しないと。
「ここで、こっぴどくターニャに怒られるのですが、何故ピアスを付けなかったのかと激怒されます。そして、これでは船に乗れないと、ターニャが初めて落胆しきった顔を見ました。その素顔は、これが、積み重ねた本当の年齢なんだと察してしまいます。そう、ターニャとしては、私とは、恐らく原則の上の決断で別れたと思います」
「ピアスとは、戦場で見かける、適時投入点滴薬ですか」
「そうとも言えますが、ここでは憚ります。ただ平たい言い方すると、それに近いと言っておきましょう。しかしそれは、地球人にとっては未知のレベルの器具です。失礼ですが南小路孝信さん。直系のご家族で変遷流行病に罹患された方はいますか」
「ああ、そこは、無症状感染もあろうかで、遺伝子検査は定期的に受けていますが、私は勿論、親戚もいないようです。定期ワクチン接種の重要性は心得ているつもりです」
「ふう、一先ず安心しました。ターニャ達は感染すると、かなり厄介のようですからね。安心して、元妻を見送る事が出来ます」
「ターニャ、まさかの、ノンワクチン派ですか」
「それは、ある意味は真であり、或いは重い原則が有ります。ただここは、いつかターニャの口より語られると思いますので、どうか、南小路さんとターニャとの未来に幸あれと、祈らせて貰います。God Bless you」
小木曽イアンさんとの審議は、そこはかとなく終わった。ターニャの酷い気まぐれと飴と鞭。俺を含めて周りでも、今時でそこまで振り回す娘はいないので、一つ一つのエピソードに苦虫を潰す。でも愉快痛快だ。
そして最後に、小木曽イアンさんに一つ聞いて置きたかった。
「私は良く分かっていないのですが、ターニャの老化が極端に遅いとして、私達はどうしても、ターニャを追い越しますよね。夫婦であった、小木曽さんの心持ちを聞かせて貰えますか」
「私の気持ちは如何ですかね。とても懐かしいターニャ。別に、無茶振りされる付き人から、昇格して恋人の延長から、仲の良い夫婦の絆ですよ。そもそも今時の一般人女性でも、現在の美容化粧品で、今時の60代女性は30代女性にメイクアップ出来ます。ターニャの老化が遅いなんて、決して特別な事では有りませんよ。今からご心配なさらず、どうか良縁の程に」
そう2051年、俺達は思った以上に技術が極まった未来に生きている。変遷流行病の世紀末的パンデミックは、医療関連全般を爆発的に進化させ、寿命も、定期検診有りきで、あの三大疾病が消滅した。
80歳のご老輩が立ち姿でカウンターに立つのは、そこ迄税金が家計を圧迫しているもあるが、何にでもトライ出来る真の意味で幸福な時代になっている。
俺も運が良ければ、これからターニャと50年と付き添えるかなと思うが、老齢の俺をターニャは労ってくれるのだろうか。ターニャは自由な娘だと、これを肝に銘じないといけない。
小木曽イアンさんが、俺を察し過ぎて失笑する。そう、ターニャの見た目優しいご尊顔はそのまま優しい性格らしい。
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