第8話 青森地方検察庁本部 第9事案審議
その初老の蝶ネクタイの男性は俺でも知っている。ペンタゴンのオブザーバーで、日系人としては最高位。アメリカの政財界にも、一言を申せる方だ。ジョアン・キザキ、88歳。元アメリカ国防省副長官。各戦線に積極的に参加し、電光石火の初手を撃つ。
俺達のテキストでは偉人だが、目の前にいるジョアンさんは好々爺だ。実際に、仲良く国防省制服の孫メインさんの介添えで、直江検事の取調室にいる。そして歴史的調書になる筈なのに、何故か、直江検事と佐竹検察事務官は席を外し、あくまで審議の一環として、AI4の音声テキスト化はされる。何が際どくなるかさっぱりだ。
そして伝説の司令官ジョアンさんは、何故か俺を知っている。
「南小路君、君のシェイカーとしての技量は、AAAを軽く超え不動のS級とは思います。如何かな、今からでもアメリカに移籍して、第9艦隊で活躍して見ないかね」
「それって、いよいよ第三次世界大戦を始める前提ですか」
「さて、話が壮大は嫌だね。南小路は難しいお話は好きかね」
「もう、グランパ、南小路さん、第三次世界大戦はもう始まっていますよ。このまま傍観者で、日本が亡国になったら、どうされるのですか。ご親友の三船環さんをみすみす殺す事になりますよ」メイン、目を見開き話す。
敢えてご親友とされた三船環とはをメインさんが得々と説明して下さる。ジョアンさんはフムと。
三船環は、鶴丸航空地上アテンダントで、記憶力が尋常では無い事から、レジスタとして地上勤務に配属される。これは止む得ない。悪天候に停電にシステムメンテナンス等々で、環の裁量が無ければ全便欠航になるのがほぼだ。そんな激務だから、俺がいないと環はどうなるか。気が気でないから同棲も始めたのですよね。それは否定はしないが、初対面で切り込んでくるな。そして友達をちょっと超えた悪い人じゃない印象だけで推移している。しっかりした第三者の査定が入ると、そうなのかと聞き入ってしまった。
そう、俺と環の家庭を想像する事がままあるが、そこのリビングには、サッカー日本代表観戦に夢中な環がいる。そして、環の腰の大きさだったら、一男一女が限界とは思う。環の事だから、一回出産すると、三年に一度のペースで出産するかもしれない。仕事はか。環はスパルタだから、新人を育てるのも上手く、どの職務でも現場復帰するだろう。
そんな環が、大きな戦争に巻き込まれて死ぬと言われたら、どうするのか俺。頭の中で、日本国に炸裂音が響きながら、生きて生きようの思いがが逡巡する。
「南小路君。メインが立ち入り過ぎたのは、失礼だったかね」
「いいえ、メインさんのレポートは正確です。環との関係は、傍目から見たら、まだ知り合いの一人かもしれません。憶測が合ってるのは良くある事ですよ」
「南小路君。煮え切ってないね。差し出がましいが、他に好きな娘さんがいるのかね」
「娘さんなんて、俺は30代後半ですよ。身の程があります。そんな事ある筈も無いです」
「さてかね。歳の差婚は、生殖凍結技術でもはや一般的で、照れる事はないでしょう。そして、見た目娘さんで合っているとは思うがね。天真爛漫過ぎて、淑女とはかけ離れているのですが、さて、どうかな。メイン、踏み込みなさい」
「述べます。ペンタゴンのファースト資料として。レッドマーカー、現在の戸籍は、ロシア人のターニャ・スワロフスキー。労働二等ビザで軽く5年は日本国にいられます。これだけ期間があると、ウブな南小路さんでも落とせますよね。腑に落ちないのなら、国務省と外務省同士の要請文書として、ターニャ・スワロフスキーの永住権を強いります。同じ日本人同士なら、嫌な視線も浴びませんよね」メイン、資料を軽やかに閉じる。
「メインのその積極性、君は私の若い頃そのままだね」
「当然です。キザキ・ファミリーの孫筆頭にして、ペンタゴン勤務と、祖父ジョアンを敬愛しています」
「俺は、ターニャなんて。とは言え、彼女も何かの起因になって、イマージュ三沢店駐車場不時着事件になっている様ですけど、実際複雑なマーカーなのでしょうか」
「さて、重要人物ターニャ・スワロフスキー。何時迄も不思議な娘扱いされても困りますな。私が、彼女について知っている事をお話ししましょう。宜しいですな、南小路君」
そのジョアンさんの話から、ターニャの通名は幾つかあるらしい。
彼女が戸籍名ハート・ヘミングウェイ時は、1988年イラン・イラク戦争末期停戦の撤収時に最後に引き上げた一人だった。
分断された地域から徒歩避難するも、彼女はイランの兵隊達に捕縛され、スパイかどうかの嫌疑が掛けられるところで、ジョアンさんが間に入った。この手は全てひっぺがして強姦されるのが通例だ。
ジョアンさんは割って入って、アメリカ国籍のパスポートを持つ以上保護する。イランの兵隊達はいやよこせの同盟国の一触即発だった。
その最中に、強烈な共振音が響くと、イラン兵達が肉ブロックとなり血飛沫も無く飛び散り、レンガ作りの建物が雪崩を起こすように崩れ、そのどさくさに紛れて脱出。そのままイラクのバグダードからワシントンへと便宜的に移送した。
そこからワシントンに、名も無きハートの筈なのに、結構な知己がおり、ジョアンもてなせの催促が幾つも。
ハートの為に、ニューヨークのソーホーを警備付きで借り上げ、セーフハウスにした。彼女は暇があれば、飛び込みのダンスレッスンスタジオに入り、誘われ、日銭は自ら稼いでいた芸術家肌ですよと。
いや、話がさっぱりおかしい事だらけだ。
「いや、待って下さい。ターニャは一体何歳なのですか。ジョアンさんは、娘さん扱いしてますよね。これはターニャの祖母のお話しですよね」
「いいえ、ターニャは、ハートです。何もおかしくありせん。まあ俄然気ままですから、結婚はもう生涯無いとは思ってましたが、こう南小路君を見ると、私もさっぱり年老いたものです。男女との綾とは尊いものですな」
「ジョアンさん。ターニャ、ハート、彼女は何歳だって、お話しです」
「南小路君。旧約聖書は、お好きかどうかは関係なく、長命族はままいます。ペンタゴンのやっと上に行くと、これはのリストが見れて、重んじましょうになります。さて、実年齢上は、竦みますかな。敬おうなんて、ターニャですよ。ごくカジュアルな関係から始まるのが十分かと思います」
ジョアンさんのその後の話は続く。彼女の面倒は折りに触れて、ジョアンさん並びにタスクチームが面倒を見ており、ダンス漬けの日々で、気が向いたらブロードウェイにも客演していたと。
もはや堂に入ったプロも。それはジョアンさんの娘さんが思春期になった時、突然の別れが来たらしい。
彼女はそのしなやかさから、ブロードウェイの人気作で、イエスの復活後を描いたミュージカル「The Sheeps」のロングランに出演し、その後の世界ツアーにも付き添った。
ただ、世界ツアーが終わると、彼女はアメリカに戻らず行方不明になった。関係者の話によると、ウィーンのファイナルのぐでんぐでんの打ち上げで見たのが最後だったと。
その後は、彼女の素性が素性だけに、ペンタゴンしかハンドル出来ないので、今日迄行方不明だったと。
これは嘘だろう。今やAI4の画像検索があれば、クラウドの全写真を検索して履歴を辿れた筈だ。俺はPardonの仕草をすると、ジョアンもメインさんの、堪らず爆笑する。
「南小路君のユーモアは、粋ってものだね。それではターニャも張り付く事でしょう」
「俺は、そんなつもりは無いですよ。ただ、ターニャは、」
「南小路さん。その先は結構です。三沢のシャトル便は明日ですので、グランパと新興街三沢を堪能させて貰います。ターニャのお店には是非行きますので、お先に失礼します」
「そうですね、長く生きると言うことは、死に別れる事が寂しくなると言うものです。ターニャには心労を掛けない程度に、私も目一杯背筋を伸ばし、世間話をしたいと思います」
「ターニャ、逃げませんか」
「そこは、何ら問題が無いでしょう。南小路君とHASU2が好きだから、三沢に当分根を張る事でしょう」
「そういうの、真に受けて良いのでしょうか」
「大いに良いでしょう。私にしてみれば、二人ともまだまだ若いのです。何よりターニャですが、南小路君とHASU2の翔ぶ姿にキュンとして、マーカーとして殴り込みを掛けたのでしょうから」
「そんな理由なのですか」
「現時点でのF71BJの機体状況を厳密に言いましょう。ペンタゴンのタスクチームが、F71BJ:HASU2の総点検に入り、機体状況を確認しましたら、垂直離着陸ユニットの右連結部に、循環油の濁りをようやく見つけました。機体不備は遅いか早いか。それはF71BJの整備自己判定プログラムによる早いに越した事が無いでしょう。その不時着に至るは、現場近くにいたターニャがHASU2の巡航に見惚れ、Lovinコメントが、HASU2のトリガーになり、新たな認識パッチプログラムT1091ががインストールされました。そして、瞬く間にHASU2のシステムリレーションが再構築されました。よりセンシティブになったBOSSシステム内の整備自己判定プログラムは、循環油の濁りを発見し、ターニャを守りつつ無事不時着に至ります。これはペンタゴンの72時間検討会で出尽くした結論です。ターニャに、万が一の戦闘体制時不具合になるという不測の事態を救われましたな。ミューズの髪が長いのは得てしてそういう優しさもある事でしょう」
「俺が、ターニャを意識している」
「その逆もです。ターニャが、南小路君をもです」
「それは、愛に至るというものでしょうか」
俺は照れる事をすっかり忘れている。と言うべきか、ターニャの事で破裂しそうだ。
「左様に。愛は、組織も、距離も、時間も、低いも高いもの障害も超えるものです。何よりハート、いやターニャが悲しんだ事を、私が見た事は有りません。南小路君が悲しませるのは、それはとても悲しい事ですね」
ジョアンさんは一際優しい笑顔を見せる。
ただ循環油の濁りなんて、大きく信頼しているいずも改魁のメンテナンスは完璧です。しかし、それは二人からナンセンスと否定される。
大凡の海軍兵器は、オールシーズン特に寒冷地向けには作られておらず、どうしてもの見落としはある筈と。沖縄に米軍基地が固定化されるのは、運営上至極当然の事らしい。
いや寒冷地の大仮想敵国ロシアはどうしているかも。勢いだけの連中ですからね。改めて、そんな気合いマッチョな国と、紛争一歩手前かとなると、ターニャの事を思いつつ、背筋がピンと伸びた。
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