第4話 青森県警察本部 留置管理所

 俺南小路孝信は、札幌市厚別区生まれに育ち、雪国特有の体力と勘は備わる。

 公立の学校を出て、札幌の教育大学に進む。ごく普通に社会の先生になる筈が、札幌市のゲームセンターのオンライン四次元立体ブロックゲームでハイスコアを常に出し、稼ぎの良いアルバイトとして、メーカーのプレゼンテーションに呼ばれる。

 そしてその適正から、自衛隊職員に紹介される。噂は本当だったのかだ。この紛争時下では、まま中学生から電子士官候補生としてヘッドハンティングされている。国際紛争法にはかろうじて抵触していないがどうしたものか。俺は後学の為と面接を受けると、そのまま接待続きで、自衛隊に入隊する。

 最初の研修先は、迅雷重工にある航空機シュミレーターに乗り、気長にフライトする事だった。その間にも、次々と適応候補生が日々脱落し、俺が最後の一人になる。そんなに難しい講義だったのかと教官に聞くと、長いフライトのストレスでノイズが出ない貴官がどうかしてると、どえらく叱咤された。もっと出来ない人間を思いやれと、これは今も深く肝に命じている。

 そして、3週間後に実機の複座機F71TCに乗り込み、操縦桿を渡されると、そう、俺は一人で飛んで見せた。その初めての飛行訓練の感想として、こんな総重量で不思議な事だが、羽ばたいていることが、ただ心地良かった。

 そこから、俺の評価はAAとして、海上自衛隊の地上待機隊を経て、2隻の空母を渡り歩き、現在のいずも改魁に配属される事になる。

 そしていずも改魁の災害派遣の評価を得て、評価はAAAとなる。AAAは、次世代戦闘機体制では、世界でも38人と希少な方に入る。


 そして現在、俺は青森県警の留置所にいる。調書を完全に取るために。

 そのイマージュ三沢店駐車場不時着事件は、即時全国ニュースになった。ミリオタで動画マニアのミイコSがたまたま居合せ、普段以上の饒舌さから、配信サイトはバズる。そしてあっという間にメディアに情報販売されて、イギリスLEV車買えるよとどうすると、誰のお陰で左団扇やら。そして愛でたくトップニュースになった。それがまずかった。一先ず青森県警で保護しようと、しょっ引かれた。

 いや何よりは、F71BJの正体不明バグの疑いも仄かに書かれるも、機密事項プログラムなので、防衛省の抗議で削除された。一般視聴者は何故かを追い求めない。映像の撮れ高が全てで、F71BJ格好いいで、静かに恋愛芸能ネタにバトンタッチした

 何とかほとぼり冷めたか。

 ここで看過出来なかったのが、防衛省の天敵国土交通省海上保安庁で、青森県警に抗議しては、俺は勾留され事情聴取になった。そう俺は、今ブタ箱とやらに放り込まれている。

 立件としては、第二種特別航路航空危険行為処罰違反。これは指定された警護航路を外れて、何故三沢市上空に不法滞在したか。ここは、普段は海上自衛隊の所轄支援業務で有耶無耶だが、果敢に海上保安庁が異議申し立てした。慣例も、いざ立件されると、返す言葉も無い。

 そして甲種不法アクセス制御改竄法違反。所謂無断にハッキングして、駐車場の車両を操車した事を問われている。仮にAI4のフル権限でも、ここ迄捌ける事が難しいと、AI4の世界共通仕様書でも跳ねられている。つまり、何故防衛省が秘密裏に保持しているプログラムを国民に強いるのか。材料が揃った海上保安庁の弾劾が始まる。

 そう言われても、操縦士の俺がコントロールロスしているのに、さあ吐け、と言われても、至極殺生な話だ。


 海上保安庁の言い分としては、三沢市民の保全を蔑ろにした罪状は重く、操縦士への厳重な刑事罰、即時にF71BJの総点検を強く求めた。ここだ。F71BJの総点検となると、日本の海上を守る、空母艦隊群8つが止まる。これが機能停止となると、暴発の恐れのあるロシアと中国の領海侵犯を看過する事になる。

 踏み込むと、防衛省と海上保安庁の政治的な対立も発生した。極東地域における、対抗派と宥和派の代理戦争だ。防衛省と外務省は当然対抗派、海上保安庁の国交省と財務省は宥和派。

 争点は、正面切っての紛争は一度も至っていないのに、湯水の様に防衛費に歳出投下しては、日本国が破綻するだ。ただ、いざ紛争に至った時、日本国は海峡を突いて両挟みで上陸される。しかも労せずだ。これが軽く20年近く、国会で熱い論戦が広げられ、皮肉な事に斜陽なメディアは、戦時下に至るとはで、日々の戦禍シュミレーションを売り物にして盛り返す。ただ、そう簡単にミサイルを打てる程、能天気な指揮系統でもないのに、所詮は平和な国だと、新聞を読んでしまう隊員皆が実に野暮ったい。


 その海上保安庁と海上自衛隊の間には、酷い遺恨がある。いずも改魁の第1水上部隊は、遊撃隊の側面を持ち、公言はされていないが歴代総理からの即応権を貰っている。最も、それはほぼ災害支援だけに留めているのが、海自の理性と言うものだ。

 F71BJは音速を超え垂直離着陸も出来る為に、何かと海上保安庁を出し抜く事になる。実際俺達はかなりの無茶もしてきた。そのやや荒い対応主導権を常に握られ、海上保安庁も面子も潰されては立つ背が無い。ここでいつも海上保安庁弁務官高碕信太朗とぶつかる。それがいつも手厳しい。海上自衛隊、君達に知性はないのか。互いに、人一人救えるかのメカニズムを知ってる筈なのに、何故飛沫を飛ばすのか、まあ大人ってヤダねとしか言いようがない。特に今回のイマージュ三沢店駐車場不時着事件は、高碕信太朗の絶好調、好機到来だろう。そして、3度目の対面が法廷になるとは、攻略ポイントすらまるで無い。

 ただ、俺が今も受けている聴取では、準戦時下で海上自衛隊に分があるのは一目瞭然だ。ただお怒り心頭派にとっては、そうだろうけどねの論調の堂々巡り。ただ、その相手の足元を掬うことしか出来ない弁論では、訴えた海上保安庁の先々のイニシアチブが危うい。そう、何かの後ろ盾を持っている。

 今後の展開としては思うのは、トカゲの尻尾切りとして、俺の操縦ミスによる過失未遂。そして、連帯責任として第1水上部隊の解体になる。

 実質、護衛艦いずもの初出港から、多目的護衛艦いずも改魁への改装を続けて38年。いつ退役しても潮時かの艦船ではある。ここだろうな落とし所は。

 実質航空母艦の旗艦であるいずも改魁が退役したら、領海を踏ん張って防衛する目的が霧散する。しめやかな紛争緊張の幕引きだ。宥和派に組み込まれた海上保安庁の強い発言権で、防衛省を大きく牽制する。自粛をどうにか引き出す。防衛省が、もうそうな時代では無いですね、シェイクハンド、無いな。ロシアも中国も強かであるのを忘れてはいけない。彼らの長い歴史は奪った領土から、税収が1ペンスでもある以上、強襲を止める事はない。


 海上保安庁を筆頭に財政緊縮の宥和派が幕引きをしたいは分からない事でも無い。現在の東アジアでの強行路線は、大陸国からの尽きぬヨーロッパ戦線への弾薬を遮断したい、ヨーロッパの煽りで始まったものだ。東アジアでも軍事緊張すれば、ヨーロッパ戦線への弾薬供給は減り、日々戦禍に追われる必要もないだろうだ。純粋なロジックは皆の共感を得やすい。

 宥和派の明晰な論理としては、斜陽する日本国が何故巻き込まれる、ナンセンスだ。しかし現実としては、ヨーロッパの思惑通り東アジアは燻り続けている。自ら率先して防衛する以外、日本国を守る術はない。

 その東アジアでの緊迫を打ち続けるのが、ロシアと中国だ。果たして日本国に気概があるか見定める。日本国を切り崩せば、残る国は恭順せざる得なくなる。それが2031年初夏の日本国海峡通過事変から今日迄になる。各国の小さな縄張り争いは、大きな遺憾に至らず、通告だけとまるで腰が引けている。

 紛争当時、ロシアと中国の大陸側の同時演習は、ロシアは津軽海峡通過、中国は大隈海峡通過と、両挟み演習に踏み切る。

 これに対して、日米共にどちらに牽制部隊を配分しても世論が紛糾する為、手出しが出来なかった。そして最悪のタイミングで北朝鮮の衛星発射も通告された。

 日本国は後手に周り続け、これは大陸側の演習と前置きするも、打つ手がまるで無かった為、与野党が国会で紛糾した。国会の威厳を保つ為に、持続型の紛争勃発時の時限立法、国土保護法が大多数で可決、国土再強靭化へと向かった。

 ただ時代は、日本国内の懸念された予測通りの人口減の人手不足となる。防衛省もご多分に漏れず、出来得るべきは、質の向上と、デジタライズに踏み込み、日本国の防衛が急進化する。XX計画の大綱は、数少ない天才達の采配で順調に推移する。


 そして何よりの脅威想定図としては、津軽海峡を完全封鎖で北海道の孤立化。大隈海峡の完全閉鎖で沖縄と東南アジアの孤立化。長い楔を、日本国の海峡にたった2本差し込むだけで略取出来るとは、日本国の弱腰をよく見抜いた多方位作戦だ。

 この対策として、日本国内の交通手段の航空路が増やされる。これは北海道東北地方も中国九州地方も、須くの空港が20カ年計画で建設ラッシュが続く。

 鉄道網と海路がある筈も、実際領内侵犯が行使されると、運行即停止は止む得ない。現に悪夢の一週間でなすべき事が出来ず、簡単に日本国の日常が奪われた。それを大きな反省として、飛行機は回避ルート多めに取り、運行し、国内流通を大きく担い、リバイブされた自衛隊機F15NXJ僚機が護衛に回る。

 この護衛中に別の追加任務が入ると、単独護衛も有る。この頃には日本の航空会社の旅客機に、乱反射装置のチャフとフレアが標準装備される。

 そんな大袈裟も、非公開だが、旅客機によるドッグファイトが9度記録されている。そんな芸当が出来るのも、米国軍事メジャーによる、巨大飛行機統合システムのアシストが標準装備されているからだ。

 そう、これはもう紛争の渦中だ。普通の暮らしをしているが、局所では兵器戦をしている。バイアスなんて驚く程簡単に続くものだ。何が何でも平和を貫くのは、日本国憲法があっても、一旦置いた方が良い。

 そうだ。今この瞬間でも、日本国内外のど偉い政治家が第三次世界大戦と言えば通用する。

 しかし、AI4で世界中の市民が誰でも思想家に格上げされる時代では、第三次世界大戦は有り得ない。呆気なくナンセンスと弾劾される為、戦時宣言は憚られ、世界各地のマイルドでも悲惨な紛争は途切れ無い。

 AI4が奇妙に紛争に介入し混沌を生み出す。俺達は表現し難い悲劇にいるのだが、大凡の市民は、思考を丸ごとアシストし判断するAI4の恩恵に授かり続ける。

 誰が悪いのか。思想家、政治家、興味だけの世界中の市民。そしてAI4のシステム。AI4は、AI auto-matism International Law即ちAIAM国際法として、AIオートメーションの兵器運用は禁止されているが、最前線はAI金属歩行自立兵器インプレッションが幅を効かせる。国連査察団も査察するが、その際はスイッチングでリモート操縦に立ち替わる。そうとは言え、そのリモート操縦も本国からの遠隔操作で、少年兵が操縦しているのがもっぱらの噂だ。青少年は全方位で搾取される。大人は大抵悪人とまだ知らない。

 ただこの腐敗し切ってる世界も、このイマージュ三沢店駐車場不時着事件が公判になれば、世界的な一波を起こせるかもしれない。

 AIに全く依存しない、天才的なバッチプログラムの塊のF71BJの先進性で、日本国の専守防衛の大網である、守るべき者は必ず守るの行動原理の遂行は果たせる。その中心人物が俺とは、ただ責務を果たすしかない。


 ◇


 俺への接見は、本来の勾留で憚りは無い筈だが、機密情報がある為弁護士のみとなる。担当弁護士は第1水上部隊専任の澁澤鳴海になる。アメリカの法科大学院を卒業した女史で、全方位の分野で強い。何かと的にされる第1水上部隊においては、同じ飯を食べる家族的なスタッフとも言える。

 俺は黙秘権の行使を一瞬考えたが、個人が主体の事件ではなく、F71BJの安全性も問われているので、国民への情報開示は都度行うべきだと、澁澤さんに諭される。

 もっとも、黙秘権を行使すると拘留が長くなるので、その間に国民感情が反転するのは、一番回避すべきだにもなる。


「南小路さん。皆心配してるわよ。南小路さん思い詰めていないかって。きちんと食べてる」

「まあ海軍カレーが、食べれればでしょうか」

「それね、手嶋さん謹製のベーコンポテトカレーよね、差し入れも禁止されているのよ」

「俺、長くなりますよね。全水上部隊が点検作業に入ったのが、非常に面目無いです」

「それは深く考えない事よ。航空自衛隊が補って余りあるから、航空警備は問題無しだから」

「それで、争点は、やはり、テディボックスですか」

「ここも微妙な問題よね。アメリカのF7シリーズのライセンス供与で、国内生産のF71BJが運用中。そのブラックボックスたる、テディボックスを引き継がざる得ないのが、アメリカが何処まで開示するかよね。全く、テクニカルオフィサーのテディ・ブロンソンが早死にしなければ、証人に立たせられるのだけど」

「それ、ティディが生きていても無駄とは思います。F7シリーズは、AI抜きで、操縦士の想像で、サードパートナーズの作成したパッチプログラムをテディボックスから随時インストールして、最適化されます。もしテディが生きていても、操縦士は千差万別、どう立証出来るかです。テディの事だから、Pardonの連発で、あれどこ消えたですよ」

「そうそうテディ、そういう感じよね。だから今でも死んだ気がせず、西海岸でサーフィンしてるんじゃ無いかってね。そうじゃ無いでしょう、こら。南小路さんは諦めが早いのね。どうにか、軍事メジャー連合から証人連れて来ないと。まあ、こういう時の手札は持ってるわ。南小路さんに全責任押し付ける訳には行かないから。ここ自覚してね、HASUクラブが休部だと、日本国危ういのよ」

「でも現実は、こんな状況です。仕様問題から閉鎖法廷になるでしょうから、ライセンス元のメジャーを呼べる筈もないですよね」

「閉鎖法廷は想定済み。今の日本国って、輪にかけてどうしようもないものね。閉鎖法廷一日その日で終わらせようなんて、決定的な証拠がないと、そう際どいわね。あの海上保安庁。こんなの霞ヶ関で怒鳴りあって、ああ、スッキリしたーにならないものかしらね」

「無理ですよ。海上保安庁を黙らせようと、防衛省に編入特例法出したあたりから拗れてますから」

「橿渕清光防衛大臣。元総理経験者を内閣にずっと置くから、したい放題よね。フィクサー気取ってれば、矢面に立たないものの」


 そしてイマージュ三沢店駐車場不時着事件の裁判方針は、大凡こうなる。

 海上保安庁は、刑事裁判として刑事罰を負わせ、海上保安庁が防衛省に謝罪させる事で、鬱積は晴らせる。その一点のみで今後の行政のイニシアチブを握れる。

 迎え打つ防衛省としては、理路整然にF71BJの安全性を解き、コントロールロスしても無事不時着した俺のシェイカーの整合性も唱える。この安全神話を貫く事によって、準戦時下の歪曲を糺し払拭する。揺るぎない専守防衛への来るべき回帰と、防衛省も強かに手ぐすねを引く。

 そして勝つ見込みは。澁澤鳴海さんがゆっくり、こうと。HASUクラブにはたくさんのファンがいるわ、成り行きね、逆に気が楽でしょうがないわ。

 あまりに楽観的だが、この明るさこそ、澁澤鳴海さんが多くの手札を持っているに他ならない。だったら、俺にも教えてくれよは、ここは接見室か。改めて、俺は己の居場所を知る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る