第3話 イマージュ三沢店

 今となっては他愛の無い日であるべき、2051年7月25日の筈だったが、人生にはままついていないことがある。それが俺にも当てはまるとは、慢心とは恐るべきものだ。


 ◇


 現在の海上自衛隊の水上部隊は遊撃隊運営される。俺が待機する、多目的護衛艦いずも改魁は、とっく退役艦の筈だが、随時改修され、広範囲海上展開しては、運用の延長に次ぐ延長で、今も北東北の重責を担っている。


 そして、艦内スピーカーと共にウォッチフォンも振動し、スクランブルの命令が入る。これは至って日常の職務だ。

 俺は、艦内廊下を突き進み、格納庫へと向かう。オイと丹羽重成もいつの間にか背後に詰め寄り走り向ける。

 ヴァーンヴァーン。もう俺のF71BJ2号機のダブル効率タービンは回っている。バディの重成のF71BJ1号機も同様だ。俺は、スマートヘルメットを受け取っては搭乗、そしてスマートヘルメットを被ると、立体スクリーンが浮かび、細かなイジケーターのオールグリーンが浮かぶ。

 そして、丹羽の1号機を乗せたエレベーターが上がり、俺はその間指令のテキストを読み込む。ロシアのスパイドローンが下北沖を巡航中、追撃の命が下る。それは当然だ、ドローンと言え、現在では破壊力があまりある爆縮型のミサイル2機をぶら下げているのはままある。

 そして俺もエレベーターを上がり、双発垂直離陸エンジンは出力MAX、カタパルトを疾走しては、垂直離着陸機F71BJの特性を生かした短距離離陸で海上を急上昇。そして、重成と合流し、接岸する前に迎撃するぞの確認に入る。


 F71BJの音速並走飛行、数分で下北沖に到着し、スマートヘルメットの直視座標そのままに、ロシアのスパイドローンを発見する。

 スパイドローンは音速に達しない巡航速度の為、まず俺が空対空ミサイルをロックオンする。旧来ならば機関砲のワンボタンのみだが、機関砲ユニットは大きい為F71BJには不向きだ。一撃必殺するなら、腹部のミサイル格納室の充実が選択肢だ。

 そして、俺は発射ボタンを押す。発射された空対空ミサイルは回避蛇行しながら飛び、ロシアのスパイドローンを一発で爆散させる。丹羽の追撃もなく、領空侵犯の適時処理は任務終了。いずも改魁のCICからも、他の機影が無いメッセージとテキストを貰う。

 さて、いずも改魁に帰投になるが、三沢管理空港の三沢航空自衛隊のF15NXJも、あまつさえアメリカ空軍のF18modXが全機出撃している為、三沢管理空港のバックアップに入れの指令が下る。今日は火曜日か輸送量が多いのかそれかだ、ここからは重成と共にセミオート操縦に入り、三沢管理空港へと向かう。


 航行はいつもの市街外遊しながら寄港針路の筈が、スマートヘルメットの項目が一斉に赤に変わる。稀にある通信エラーだが、回避手段はある。正面据え置きのマルチモニターで、セミオートからマニュアルにし、再起動を掛ける。ただそれがフリーズし、セミオートを解除出来ない。やれ、あと3回か。

 そして、緊急着地表示が浮かぶ。まさかだ!。

 F71BJのBOSSシステムが示す場所は、イマージュ三沢店。冗談だろう、何故地元スーパーの最右翼の駐車場なのか、BOSSシステムに、学校、公園、体育施設の強い音声指示を訴えるも次々否決される。ここでいずも改魁のCICが介入サポートされる筈も、BOSSシステムのスタンドアローンモードから逃れられない。ここ迄の意固地さ、俺のHASU2には決してあり得ない。

 それならば、どうにか三沢管理空港に滑り込ませるようも、操縦桿は一様に固い。

 F71BJ2号機は横滑りしながら、イマージュ三沢店上空でダブルホバーリングする。勝手に飛行するなの声はどうしても反映されない。いつもなら、周辺施設の利用状況もモニタリングアシストされる筈だが、情報が一切上がってこない。推定でも人流出ないのかよ。

 いや何よりは、イマージュ三沢店の駐車場には選りに選って、3/4の車両が埋まっている。しまった、今週のイマージュ三沢店の土曜日は、駅弁フェアで集客されている。ロシア南進のお陰で列車が盛岡止まりがここでかよ。

 そしてF71BJのプログラムをサポートする、ラバーズ班女性アドバイザー鮭延麦秋から打電が入る。


「HASU2、まずいね、何をいじって、ティディボックスからインストールしたの?」

「麦秋、してない。エイリアスリストの記録も確認してくれよ。普通の帰投プロシージャだ」

「困るわね。こちらラバーズから、インストールが中断出来ないのよ。止む得ないわ。抜かしてBOSSシステム初期化するから、持たせて」

「だから、操縦不能だ、」

「気合い入れて。初期化明けの完全マニュアルへの切り替えタイミング、バッチリの2.5秒キープが肝心だから」

「そんな神業、一発勝負かよ、」

「直上のアシスト衛星は大気圏掠めてるから、それね。できるでしょうHASU2。且つ、10基のフライバイが直列で稼働しているから、三分の七分の確率よ。あと20基投入しろは、この辺回ってるのは今はオーストラリア。アメリカだったらTHX出来るけど、残念、全部出払ってる」

「またキャリアに叱られるな」

「国産は防衛省の制服組が始末書書けば良いだけ。後の事はいいから。前面モニター下に直結のジョイスティックがあるから、姿勢を調整して。と言うべきか、そっちの方が感度良い筈なのだけどね」

「ゲームかよ、と言うか、勝手にカスタマイズするな」


 せめて市民の退避行動も、F71BJの外部スピーカーがオンにならない。緊急音声通信以外何もかもロストしてる。F71BJは災害派遣対応機にも関わらず、スピーカーがオミットされる理由がさっぱりだ。何をどうバッチインストールしての、この状況だ。

 ただバディの丹羽のF71BJ1号機がスピーカー最大で、眼下の退避を訴えっている。ここで漸くイマージュ三沢店のお客が自家用車を投げ捨て、悲鳴を上げながら一目散に逃げる。F71BJの双発垂直離陸エンジンはとっくにフロートモードで、着陸しかあり得ない限界ぶりだ。もうこうなれば、ターゲット地点そのままブレずに着陸させる以外方法がない。ああ、急にコントロール戻っても、俺なら、南小路孝信なら可能な筈だ。


「ダメ、何なの、追い越されたわ。HASU2、ねえ、何がインストールされたの」

「分からん、360度視界が4層にレイヤーになって、未知のマーカーが付いてる」


 そう、いつの間にか、レイヤーが倍になって視認情報がマルチオンになった。

 そして、視認アシストが復活し、この辺一帯の市民のピンマッピングが事細かに表示される。眼下の着陸地点に生命体はいない、助かる。子供を置いてのショッピングも、もはやこの時代の同伴安全啓蒙が行き届いている。

 ただ、不意に左45度下先に個人名が表示される。


(Tanya Swarovski.)

(null)

(Special Comments:Lovin)


 ターニャ、あのターニャ・スワロフスキーか、何故。

 一体どういう状況かと、エアタッチでターニャのピンマッピング押そうとしたら、その前に自動展開された。視線誘導が常軌を逸してセンシティブだ。

 ここら一帯のカメラがモニター収集してか、あの三沢管理空港で、運命的、いや出会ったキャバ嬢ターニャの映像が、スマートヘルメットのレイヤー4層目の透過左半分埋め尽くす。


 太陽光に溶け込む、薄らなブロンドのポニーテール。ショッキングピンクのタンクトップ。白のレザーホットパンツ。Reason PACKINGの3Dスポーツシューズ。この辺の住人なのか。


 全く、無様だ。こんな時にとびっきりの美人なんて。もっと格好良い3回転半木の葉落とし見せられるのに、何てことだ。

 いや、何故ターニャは微笑んでいる。

 左モニター2/3のデザリングが強まる。

 ターニャの衣服は、重要犯罪バッチプログラムで弾き飛ばされ、推定裸体で表示される。待てよ、どこに拳銃にナイフを隠し持ってるっていうんだよ。と言うか、身体のセンシティブな部分は、透き通る肌色かよ、神々しくて目を背けたくなるが、今はスマートヘルメットを被って逃れられない。

 ターニャの美体が、96倍、185倍、278倍、996倍に接写される。

 そして、ターニャがウインクすると、確かに両耳のイヤリングが鈍く光った。スマートヘルメットの表示はピンクノイズが乗り、”energy flow over”、そりゃあここ迄美しいと、HASU2の計器も飛ぶだろう。


「HASU2、フラグラメントクリア、今よ!」


 麦秋のガラ声が響く。

 俺は瞬時に、冗談だろうのジョイスティックに感触がみなぎさせる。任せろって。

 そして降下接近アラートが上空30mを知らせる。不具合にも関わらず、ランディング・ギアはもう展開している。どうかしても流石は愛すべきHASU2だ。いや、このまま降下し続けると車両潰すか、ままよ。

 その時、初めての「地上交通整備移動」の画面が表示される。これは何だ。

 スマートヘルメットの下方向には、イマージュ三沢店の無人の筈の車両が一糸乱れず、ターゲット地点から余白10mを含み、見る見る整理して行く。どんなバッチプログラムが起動してるんだよ。


 そしてジョイスティックで姿勢制御しながらも、HASU2はBOSSシステム下でホバーリングが唸り、静かに、いや俺の日常のサイレントモードを学習してかそのまま、ダンボール箱を置くように、トンと、F71BJがごくごく静かに、イマージュ三沢店のぽっかり空いた駐車場に奇跡的に着陸する。嘘だろう、いや何よりしなくていけないこと。

 堪らず、俺はシートベルトを外し、スマートヘルメットを脱ぎ、キャノピーを手動で上げて、どうしても叫ぶ。


「海上自衛隊、南小路孝信一等海尉です。緊急着陸申し訳有りません。お怪我された方いらっしゃいますか」

「おお、おお、凄い凄い、孝信カッコイイよ!」

 この愉快そうな声は、ターニャ、確かにさっきスマートスクリーンが示した、左45度から駆け寄って来た。

 ターニャの大はしゃぎで、こんな強行着陸にも関わらず、俺は皆から拍手を浴びる事になる。

 仮にも準戦時下で、民間人を脅かしてはならない。俺はただうなだれ首を振る。


「孝信、素敵、」


 ターニャが俺の名を大きく叫ぶ。俺は振り返ると、ターニャは投げキスを何度も送る。いや、そうじゃないだろう。でも、さっきの(Special Comments:Lovin)って、何だそれ。


 そして上空で、未だホバーリングしている、丹羽のF71BJ1号機からも。余計なお世話が来る。


「ヒューヒュー」丹羽、災害スピーカー使って、何をほざきやがる。

「ヒューヒュー」今度はターニャが全身で、カモンの艶かしいボディランゲージをする。だから。

「ヒューヒュー」これは、ターニャに刺激された買物客の三沢市民達だ。


 一同に介した皆が、その針の目を通す強行着陸の見事さに、拳を掲げる。いやそうじゃなくて。

 そして遠くから、警察、消防、救急車のサイレンが近づいてくる。これは、俺の営倉行きは確実の様だ。

 もうどうにでもなれ。

 俺はターニャを一体何者だと見つめる。


 Name: Tanya Swarovski.

 Gender: Female

 Height: 163cm

 Weight: 41kg

 Foot size: 25 1/2 cm

 Bust: 82cm

 Waist: 56cm

 Hips: 80cm


 さっきのターニャのスマートヘルメットの情報だとこれだ。画像解析はそのまま正確なのか。俺の男の本能がどうして奮い立たせられる訳だ。

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