第11話:身代わりの女達

 

 超高温に変換された魔力の塊。

 森の木と同じくらいの大きさまで膨れ上がった火球は太陽みたいな輝きを放ちながら水面スレスレを飛び、清流の水を蒸発させる。


「おおっ! マリエルの奴、最初から本気だな!」


「Sクラスの賞金首を丸焦げにした魔法だ! いいぞーやっちまえ!」


 遠くからサラフィナ達が野次を入れてくる。

 分からないな。あいつらのどこにそんな慕うポイントがあるんだ。

 年端もいかない少女をたった一人で戦わせる奴らなのに。


 俺は魔力で防御を高めて、迫りくる火球の中へと正面から突っ込んだ。


「なっ……!?」


「じ、自分から飛び込んで……!」


「何考えてんだアイツ!?」

 

 盗賊達がざわつく。

 サラフィナが言った通り、マリエルは確かに強力な魔法使いのようだ。

 でも! このくらいの使い手なら過去に何人も相手してきた。

 魔法に特化していないはずのブラック・スミスはな――時戻りの前のブラック・スミスはな! そのくらいの火球なら同時に十発撃ってきたぜ!


「うおおおおぉぉ!!」

 

 灼熱の火球を突破し、マリエルの正面に飛び出す。

 炎の中から出て来た俺を見て彼女は目を見開いた。

 

「そんな……っ!」


 彼女が足場にしている小さな岩場に着地。

 すぐに彼女の髪の毛へと手を伸ばし、かき上げて首筋を露出させる。

 確認するのは耳と鎖骨の間。

 

「やっぱりあったか」


 青黒い光を放つ紋章のような印。

 隷属の証だ。マリエルの首筋にくっきりと浮かんでいる。


「は、離してください!」


 俺は暴れるマリエルの腕を掴み、デバフ魔法を解除する基本の魔法『ディスペル』を発動。


「ディスペルですか!? そんな汎用魔法じゃ隷属の紋章は消えませんよ!」


「と思うじゃん?」


 ところが、だよ。

 発動したディスペルを指先に集めて魔力の濃度を上げる。すると本来は太刀打ちできないような高位魔法にも干渉できるようになるんだ。

 ただ魔力を放出するだけじゃこうはいかない。

 これが魔法を“織物”と例えたやり方特有の、使い勝手の良さ。

 まぁ干渉できると言っても、直接触れなくちゃいけないんだけどさ。

 首筋に触れるとマリエルはピクンと震え、声を漏らした。

 

「あ……っ」


 なんかゴメン……。カズオ、こういう時こそなんか言えよ。


(…………)


 言わないのかよ! もういいよ!

 俺はヤケクソ気味に皮膚へと指を食い込ませ、紋章を文字通り『摘まんだ』。


「ぺりぺりっと……はい取れた」


「――えっ?」


 物理的に剥がした紋章を見せてやると、マリエルは首筋に手を当てて俺と紋章を交互に見た。


「と、取れ……? えっ?」


「これで君は自由の身だ。おめでとう。自由になった上で、サラフィナについて行きたいならもう好きにすればいい」


 盗賊は捕まったら縛り首だが、もしそうなったとしても自分の意思で盗賊団の一員である事を選んだのならそれも彼女の人生だ。後悔はあるまい。


「も、紋章って取れるんですか……?」


「ん? ああ、ご覧の通りだよ」


 普通は取れないけどな。

 ディスペルの手のまま紋章を握り潰すと、青黒い光は粒となって消えた。

 

「そんなはず……。これは魔法をかけた本人にしか解除できないはずなのに」


 呆気に取られているマリエルに俺は背を向けた。

 これにて一件落着。逃亡開始。

 しかし。


 ――あ。


「――っ!! マリエル! 下がれ!!」


 俺より先にサラフィナが叫んだ。

 彼女も俺と同じものを感じ取ったらしい。


「魔物だ!!」


 サラフィナの声と同時に上空が暗くなった。

 見上げると、巨大な竜の体躯が月明かりを遮っている。

 こいつは――エルダードラゴンだ!

 あの時と同じ!?

 エルダードラゴンはのっそりとした動きで宙に浮かびながら、威圧感のある声を出す。


「アノ……仲間ガ一匹モ見当タラナイノダガ……何カ知ッテイルカ?」


 お困りでしたか!

 

 仲間――仲間か。

 それ、さっき俺と王都警備隊が全部倒しちゃったやつですかね。

 

「トップスピードデ飛ンデ来タノニ、誰モイナイ……」

 

 そっか。エルダードラゴンさん、後から飛んできて合流だったんすね……。

 どうりであの百鬼夜行の中にいないと思いました。

 

「マァイイ……。サテ、オ前ガ魔女カ……?」


 気を取り直したらしいエルダードラゴンはマリエルにそう言った。

 あの時と同じセリフ。それを今回はマリエルに。


「あ……あ……」


 マリエルは威圧されているのか動く事も声を発する事もできずに、ただ震えている。

 盗賊団の奴らも同様で、あの時のアイゼンみたいに遠くで石みたいに固まっていた。

 何も言わない俺達をエルダードラゴンは気にした様子もなく、高度を下げ、その短くも強固な前足をマリエルに向かって伸ばしてくる。


 倒すか。


 今の俺ならエルダードラゴンくらい普通に倒せる。

 そう思って魔剣を取り出すべくマジックバッグに手を伸ばして――ふと、ひらめいた。


 このままさらわせてしまおう。

 

 魔女と間違われてさらわれた女性達は、魔王城に連れ去られはするもののそれなりに丁重に扱われていた様子だった。

 牢に閉じ込められてはいたが、ちゃんと食事は出ていたみたいだし痛めつけられてもいなかったのだ。

 だったら――今、あえて見逃すってのはアリだ。


 なぜなら、本来は人間を通さないようになっている魔王城の結界。

 あそこをマリエルとエルダードラゴンが通ろうとするなら、結界を一時的に解除する必要があるはずだ。

 だとしたら、そのタイミングで俺も侵入してしまえばいい。

 その方が結界の柱となっている四天王を探して世界を駆け回る必要がなくなるし、早く魔王を倒したぶん他の女性達がさらわれる機会もなくなる。

 

 いいじゃないか。

 そうしよう。


 マリエルはちっと気の毒だが、この子は強い。危害は加えられないし大丈夫だろう。

 と思って俺はエルダードラゴンに胴体を掴まれ、宙に持ち上げられていくマリエルを黙って見送った。


「あ……あ……、いや……」


 泣いてる。

 ごめんー!! すぐに助けるから許して!!


「マリエルー!!!」


 サラフィナが飛び出してきた。


「サラフィナさまああぁぁ!!」


 マリエルも力の限り叫ぶ。

 その悲痛な声を受け、サラフィナは上空へと飛び去って行くエルダードラゴンを見上げキッと睨んだ。

 そして、震えながら魔力を練り上げ、体から魔力光を放つ。

 

(はて、何をする気でしょう?)


 あ、カズオ。

 生きてたんかワレ。


「マリエルを返せええええ!!!!」


 サラフィナの体が一層光った。

 連動するように上空にいるマリエルの体も光る。


「そんなっ! サラフィナ様!」

 

 盗賊達は何が起きるのかを察したらしく、悲痛な声を上げる。

 魔力光は眩く光り、やがて消えて――。


「きゃっ!」


 サラフィナのいたところでマリエルの声がした。

 マリエルは尻もちをつき「いたたた……」と腰をさする。

 

 サラフィナがいない!

 どこに行った!?


「サ、サラフィナ様ー!」


「大丈夫だ! 心配するなー!」

 

 あ、いた。

 

 盗賊の頭はマリエルのいた場所――上空を飛ぶエルダードラゴンの前足の中に、入れ替わるようにして掴まれていた。


(ほぉー! 変わり身の術ですか! くノ一っぽいですなぁ)


(くノ一?)


 カズオの言ってる事はいまいち分からんが、変わり身の術というところは分かったし実際その通りだった。

 聞いた事が無い魔法だったが、魔法は広く知られているものだけではなく、突然変異みたいに使い手の望む形で現れる事がある。

 これもその一つなのだろう。

 あの頭、マリエルの代わりにさらわれる事を望んだのか。


「そんな……! サラフィナ様、また私の代わりになんてなろうとして……!」


 マリエルは立ち上がりながら言った。

 どうやら変わり身の魔法を使われるのは今回が初めてではないらしい。


 あ、もしかして奴隷商から奪われる時に……?

 

 俺はこの時、彼女が盗賊の頭を慕う理由がちょっと分かった気がした。

 エルダードラゴンは獲物が入れ替わった事に気付かず、悠々と空を飛び続けている。

 意外とアホだな、あのドラゴン。

 まぁいい。捕まったのが誰であろうと、後を追うのは変わらない。

 そろそろ俺も行くか。


 見失わないうちに出発しようと脚に力を込める。

 その時、マリエルが両の手のひらを空にかざした。


「そう何度も助けられてたまるもんですか! 見ててください、サラフィナ様! あの時よりも成長した私を!」

 

 マリエルが魔力光に包まれる。

 同時にサラフィナの体も光った。


 ――まさか。


「うわっ!」


 マリエルのいたところでサラフィナの声がした。

 さっきのマリエルと同じように、尻で着地を決める。

 

「イテテ……」

 

(なんと! 変わり身返し! ……って、あれ?)


 サラフィナの魔法をコピーしたマリエルの力は大したものだ。

 でも、まだ完全とはいかなかったようで。


「はっ、マリエルー!!」


 上空に向かって叫ぶサラフィナはまだ気付いていないが、入れ替わったのは体だけで衣服は入れ替われなかったらしい。

 細身の少女が着ていた清楚な感じのブラウスとスカートを、肉付きの良い20代半ばの女が身に着けていた。

 

「くそっ! 皆、マリエルを追うぞ! 急げ!」


「ハイ!!」

 

 お前、パッツンパッツンじゃないか……。

 誰か教えてやれよ。

 

(いや、拙者はあのままが良いです。しかし気付いた時に恥ずかしがるところも見たい)


 こんな時でもカズオはいつも通りだった。

 

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