第10話:自由なんていらない

(盗賊の美人頭、眼帯でショートパンツ……。しかもシャツが濡れ透けじゃあありませんか! エリアル殿、属性モリモリすぎて拙者はもうダメです……。爆発しそうなので彼女を見る事が出来ません。せめて少し離れてもろて)


 カズオは無視して目の前のずぶ濡れの女を凝視する。


(ちょっとエリアル殿ぉぉ!?)

 

 足の置き方、腕の角度、視線。何気ないように見える佇まいの全てに隙が無い。

 なるほど戦い慣れてはいそうな感じだ。少なくとも、後ろでコケている手下達よりは。

 見た感じ、年の頃は20代前半ってところか。若いのにどうして女盗賊団の頭なんかやってるんだろう。

 

「なにジロジロ見てんだよ。聞こえなかったのか? 荷物を全部置けって言ったの」


「え? ああ、ハイハイ。どぞ」


 手に持っていた食べかけの乾パンと干し肉を地面に置いた。

 女の顔にピキッと怒色が浮かぶ。

 

「……貴様、私らを犬か何かだと思っているのか?」


「違うんですか?」


「違うわ! 誰がお前の食いかけなど欲しがるか! しかも地面に直置き! そうじゃなくて、その腰についてる革のバッグを置けと言っているんだ、バカ!」

 

 流れでなんとなく煽ったら案の定ブチ切れられた。

 しかし渡せる訳がなかった。

 

「こんな小さいバッグが欲しいんです? 俺が言うのもなんですけど、何も入ってなさそうな物に全員で襲い掛かるとかコスパ悪すぎじゃありません?」


 俺の偏見だが、こういう男に頼らず生きている女の人というのは小さいバッグを使う人間に対して少々当たりがキツイ事がある。その負の感情がどこから来るのか知らないけれども。

 はっ、まさか『そんな小さいバッグじゃなくて、ほら。こっちのデカいのを使え』という親切の可能性が――?

 

「それ、マジックバッグだろう。たとえ中身が空っぽでも高値がつく。全員で襲い掛かる価値はじゅーぶんにある」


 親切ではなかった。

 見抜いてたんだ。

 さすが盗賊の頭。ものを見る目はあるな。


 現在この世に存在する魔法具には二種類あって、それは魔女が作ったと言われている元祖の一点ものと、その製法を解析して職人が作った量産品の二種類だ。

 マジックバッグは後者に当たる。量産品と言っても広く普及している訳ではなく、高値で取引される金持ち専用アイテムなのだが。一見普通の小さいバッグなので、これを狙う盗賊はそれなりに上級者という事になる。

 

「さっさとマジックバッグを置きな。そうすれば命だけは助けてやる」

 

 段々イラついてきたようで、腕組みをしながらつま先で岩をトントンしだした。

 短気だな。

 

「悪いけど、ハイそうですかとはいきませんね。そちらこそ痛い目を見る前に撤退した方が身のためです。見たでしょ? 俺がそれなりに戦えるところ」


「ふん。あのくらい私にだって出来る。魔法は苦手だが、矢を叩き落とすくらいなら朝飯前だ」


 ふんぞり返って自信満々に言い放つ頭の後ろで、手下の女達が「え、そうなの……?」「初耳」「こないだ行商人の護衛に矢で反撃されて泣いてたよね……?」とヒソヒソしている。

 チラッと頭を見ると彼女にも聞こえていたようで、顔を赤くしてプルプルと震えていた。


「……皆さんああ言ってますけど?」


「あれは相手が悪かったのだ! まさかSクラスの手配首が行商の護衛をしているなんて思わないじゃないか! ……まあ、それだけ貴重な商品を積んでいたのだが」


「貴重な商品?」


「ああ。もしもお前がマジックバッグを渡したくないと言うのなら、ソイツがお前の相手をする事になる。――来い、マリエル」


 頭が片手を挙げると、岩の陰から一人の少女が姿を現した。

 小さい。まだ10代半ばに見える。


(うひょ、美少女)


 カズオが言う通り、マリエルと呼ばれた少女はずいぶん可愛い子だった。

 淡い水色の髪は肩のあたりで切り揃えられていて、体は細身。

 ちゃんと食べてるのか心配になる。


「もしかして、貴重な商品ってその子の事?」


「そうだ。奴隷商から奪った。強いぞ。私の次くらいに」

 

 そうか、奴隷か。

 

 人身売買はほとんどの国で禁止されているが、制度の抜け穴をついて未だに広く横行している。

 この女盗賊団、奴隷商から略奪したのか。それならSクラスの賞金首なんて奴が護衛にいたのも頷ける話だ。

 蛇の道を行くなら蛇、犯罪者と手を組むのは犯罪者ってね。

 しかし、そんな奴が護衛をしていたのに略奪成功したのか。

 この盗賊団、弱そうに見えたけど実は結構強いんです……?

 

「いいか、マリエル。あいつを倒せ、できるか?」


「……はい」


 頭に命じられて、略奪品・マリエルは頷く。

 その仕草を合図に、頭を含む賊達はサッと岩場から離れて俺達から距離を取った。

 おそらくマリエルは魔法使いなのだろう。

 彼女の使う魔法に巻き込まれないために距離を取った――とするなら、確かにマリエルはかなりの使い手と言える。

 予想通り、マリエルは無言でスッと両の手のひらをこちらに向けて突き出し、構えた。


(どうします? エリアル殿)


(うーん……。逃げてもいいんだけど、この子を放っておけないよなぁ)


(美少女ですからな)


(そうじゃなくて! 奴隷だからだよ! たぶん隷属の魔法で行動を縛られてるんだろ。隙を見て解放してやろう。そしたら逃げる)


(がってんです)

 

 魔法使いの最大の隙は魔法を撃った直後にある。

 その隙をついて間合いを詰め、無効化の魔法をかけてやる。

 さあ、撃ってこい。

 来たる魔法に備え、俺も身構える。

 しかし、マリエルはなかなか魔法を撃とうとしない。


「……どうした?」

 

 よく見ると彼女の手はカタカタと震えている。

 表情も、ひどく怯えたような感じだ。

 どうしたんだろう。

 

「いいよ、撃っても」


 そう伝えるとマリエルは目を見開き、震える唇を開いた。


「……怖いの」


「ん? あの女が? だったら」


「ううん。あなたが。あなたが怖いの」


 え。

 俺?


「なんで?」


「だってあなた……すごく強い。分かるの。手を向けると、特に」


 あー。


 手は時に目よりも多くの情報を得る。

 物の感触や温度なんかはその最たる例だが、魔法が得意な者にとっては相手の強さなんかも文字通り『手に取るように』分かるものらしい。俺もそうだから分かる。


「……だったら、戦うのはやめよう。あの女なら俺が倒してやる。隷属の魔法も、解いてやれる。君はここで自由になるんだ」


 するとマリエルはかっと目を見開いた。


「だめ!」


「え?」


「サラフィナ様を倒すなんて絶対にだめ! あのお方は、私が命に代えても守るの! そう決めたの!」


 サラフィナって、あの頭の女の事?


 ……なんてこった。

 この子、頭を慕っているのか。

 あれかな、奴隷商から自分を助けてくれた恩人だとでも思っているのかな。


「覚悟が決まりました! 私、あなたを倒します!」


「ええー……」


 マリエルの目に闘志が宿った。

 手のひらが眩く光り、高純度の魔力光が生成され巨大な火球へと姿を変える。

 

「燃えなさい!」

 

 火球が放たれ、夜の川面に反射光がきらめいた。

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