共に未来を

「少し散歩をしてから帰らないか?」


 ウェルテリア公爵と決着を付け、母の最期に関する疑問とも決着を付けたリリアンナ。悲しみは消えないが、一方で心の中にいる誇り高い母は偽物ではなかった。そのことは少しばかり彼女の心に救いをもたらした。


 翌日、また近い内に来る、と約束しアルフォンスと共に乗り合い馬車へ乗り込んだリリアンナ。そんな彼女にアルフォンスはラベンダー通りに着くずっと前にそんな声をかけた。


「え……? い、いいけど……」


 突然のお誘いに戸惑いつつ、了承するリリアンナ。彼女が頷いたのを見て、アルフォンスは軽く彼女に微笑んだ。


 二人が馬車を降りたのはアッシェルトン駅から少しだけ離れた並木道だ。もう少しすれば年越しのマーケットが始まり、にぎわいを見せるのだろうが、今は人通りも少ない。道に覆いかぶさるように赤、黄、橙といろいろな色を見せていただろう、並木の葉も今は柔らかいカーペットとなっていた。






「おいおい……裾が汚れても知らないぞ……」

「良いのよ、木綿だし。それに洗うのは自分だわ」


 いつかのソフィアと同じようにリリアンナはあえて道を外れ落ち葉を踏みしめる。カサリとした軽い音に、ギュッと落ち葉を踏む感覚はどこか面白く、ソフィアの気持ちもよく分かった。


「今年も早かったわねぇってっとーー」

「おっと危ない! せめて足元は見ろって」

「ご、ごめんなさい。あとありがとう」


 落ち葉に隠れた木の根っこに足をとられ、転びかけたリリアンナを慌ててアルフォンスは抱きとめる。パチリと視線が交差し、リリアンナが礼を言ってから、つかの間沈黙が流れた。


「あのね……アル。いつもありがとう」

「ん?」

「ほら、アルはいつも私のことを見守ってくれているでしょう? 昨日も私が父に話を聞く時ずっと横にいてくれたし、侯爵と対決した時だって……」

「僕は何もしていない。どれもリリの力だ」

「でも、アルが横にいてくれると力が湧いてくるの。なんというか……何があっても大丈夫な気がするの」


 母を失い、父と喧嘩してーー家を飛び出したリリアンナをたくさんの人が助けてくれた。中でもずっと傍で彼女を見守り続けてくれたのがアルフォンスだ。いや、それは彼女がハートウェル家にいる頃からそう。もういつからかは思い出せないが、物心がついた時には優しくて、ちょっぴり意地悪な幼馴染はいつも傍にいて、見守ってくれて、そして困ったときには助けてくれた。


「僕は……リリを守りたかった。父上にリリを紹介されたその日に決めたんだ。僕はリリを一生守るって」

「じゃあ有言実行ね。……でも私はもう大丈夫よ」

「……」


 突然吹っ切ったような笑みを浮かべ立ち止まるリリアンナにアルフォンスは目を見開いた。


「あのね、昨日の夜考えていたの。いつまでもあなたを縛り付けていちゃいけないって。ほら、この前話してくれたでしょう? 大陸に行く話、あの後のことは聞いてないけど」

「あ、あぁ。そうだな」


 聞いてない、というより二人とも意図的に避けていた、という気がする。それはアルも感じていたらしく、やや気まずげに下を向く。


 リリアンナはアルフォンスを通せんぼするかのように彼の前で立ち止まり、そしてにっこりと笑ってみせた。


「お母様のことは悲しいわ。正直あんな魔法使ってほしくなかった。でもお母様の気持ちも分かるの。……私達魔法使いは、それが禁忌とわかっていても使いたくなる時がある。誰かのためならなおさら……」

「駄目だ! リリ!」

「分かってるわよ。安心して、私はあんな魔法は使わない。魔法屋の誇りは定められた中で最良の魔法を使うことだって分かってる。だから」

「だから?」

「だから、アルは自分のことを考えてほしいの。とんだうぬぼれだけど、大陸のこと……迷ってるのは私のせいでしょ? それに今まで貿易会社の外交員なのにあまり外国へ行かなかったのも」


 アルに告げた通り、酷いうぬぼれだと思うが、事実だともリリアンナは感じている。幼い頃からずっと彼女を支えてくれたアルフォンス。街の魔法屋でありたい自分は彼をこの街に縛り付けている。少なくともリリアンナが家を出るまでのアルフォンスも彼女を見守ってくれていたが、同時に叔父と共にいろんな国へ出かけてもいた。


「いや……まあそれは……叔父が自由すぎて僕がこっちにいないといけなかったってのもあるけど……」


 そう言いつつ、微妙な顔をする辺り、精神的に不安定だったリリアンナの傍を離れられなかったのも事実だろう、と彼女は確信した。


「私、父にきちんと話すつもり。これからもしょうびいろの魔法屋を続けたいって。これからも街の中で経験を積んで立派な魔法使いを目指すって。だからアルも自分の思う道を進んでほしいの。もちろん! 私にできることがあれば……力になりたいわ。そう、叔父様の会社を継ぐなら結婚の話もでてくるでしょう?」


 クレアのように生涯独身を貫く人も多いが、まだブリーズベルでは家庭を持って一人前、という考えは根強い。会社や家を継いだ人は次に家族を持つよう迫られるのはごく一般的なことだった。


 いつまでもアルフォンスを縛り付けている訳にはいかない。


 そう考えて口にした言葉にアルフォンスは淡い微笑みを返す。いつもと同じ、彼女を守ってくれる笑みを浮かべて、そして彼は口を開いた。


「そうかーーじゃあ、一つ頼みをしても良いか? もちろん強制じゃない。頼み……というか望みだ」

「望み? 私に出来ることなら良いけど……」

「リリにしかできないことだ」


 そう言うと、アルフォンスは突然カサリ、と音を立てて落ち葉に膝をつき、驚くリリアンナの右手をそっと握った。


「春になれば僕は大陸へ行こうと思う。叔父の後を継ぐには必要な道だ。ただ、1年……1年で必ず戻ってくる。そしたら……僕と結婚してくれないか?」

「け、結婚!?」


 アルフォンスを自由にするつもりだったのに、その真逆の言葉にリリアンナは硬直した。それを拒絶と捉えたのか、アルフォンスは苦笑いしてすっと手を離す。


「ごめん……そうだよな」

「違うわ!」


 自嘲気味のアルフォンスの手を今度はリリアンナが握りしめる。そしてアルフォンスと視線を合わせた。


「確かにびっくりしたけど……でも嬉しかったわ」

「本当に!?」

「ええ、本当に。だけど……1年待つって話しは要相談ね」

「あ……あぁ、そうだよな。さすがに話が良すぎ」

「いいえ」

「ん?」

「1年なんて言わないで。ずっと待ってるから。思う存分……あなたの気の済むまで大陸を見てきて。必ず戻ってきてくれるんでしょう? 今までずっと見守ってきてもらったんだもの。次は私があなたの背中を押す番だわ」

「リリ……ありがとう。じゃあ……」

「求婚を受け入れるわ。一緒に幸せになりましょう」


 その言葉にアルフォンスは破顔する。


「ああ、そうだな。リリ。愛している!」

「私もよ! アル。愛しているわ」


 そう言うと、リリアンナはアルフォンスの胸に飛び込む。彼の腕が彼女の背中に回り、ギュッと彼女を包みこんだ。

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