かちいろの真相

本当のことを教えて

「おや、ハートウェル嬢。もう起きてきて大丈夫なのかい?」

「えぇ、お陰様で。ご心配をおかけしました。一日休んだらすっかり回復しましたわ」


 心配そうな表情をするゴーディンを安心させるようにリリアンナはそう言ってにっこりと笑みを浮かべた。


 ウェルテリア公爵に誘拐され、人の心を曲げる魔法に抗いつつ、魔法に惑わされた演技をする、という荒業をしたリリアンナ。極度の疲れと無事に役目を終えた安堵感から意識を失ってしまったリリアンナは、アルフォンスに抱えられてハートウェル邸へ戻ってきた。


 父やアルフォンスにも随分と心配をかけてしまったが、幸い、医者の見立ても精神的な疲労によるもの、ということだ。1日ゆっくりと休んで随分元気になった彼女はゴーディンが訪ねてきた、という知らせを聞いて、ゆったりとした部屋着から上品なアフタヌーンドレスに着替えて、応接室へやってきたのだった 


「それなら良いが……無理はしてはいけないよ。それはさておき、ウェルテリア侯爵の持っていた小瓶はしっかり毒薬だった。いろいろと画策してはいるようだが、これで決まりだ。彼は爵位を剥奪され、罪人として裁かれることになるだろう」

「それは……一安心ですわね」

「あぁ、これでやっとセオドア殿下も安心して過ごせる。陛下もハートウェル嬢に最大の感謝を、と。いずれ、公式に報奨が与えられることに鳴るだろう」

「報奨だなんて……結構ですわ、私……」

「王家も功労者を労らない訳にはいかないんだ。聞き分けなさい」


 リリアンナは魔法屋としてのプライドで動いたにすぎない。名誉なんていらない、と言おうとした彼女をリリアンナの父が少し険しい顔で諌めた。


「まあ、ハートウェル嬢の気持ちも分かるがね。あなたが貴族令嬢でなく、街の魔法屋として生きたがっていることは陛下にも伝えてあるから、あまり派手なことにはならないはずだよ」

「お心遣いいただき感謝致します」


 ゴーディンはリリアンナの懸念をきちんと把握していたらしい。彼の言葉に頭を下げたリリアンナは、姿勢を戻すと、


「ところで、ロットリール卿。本日は一つお願いを聞いていただきたく思います」


 と、姿勢を今一度正してゴーディンに向き合った。


「おや? どうかしたかい? ハートウェル嬢。可愛い姪の願いなら、なるべく叶えたいが……」


 急に硬い表情となったリリアンナにゴーディンは驚いた様子を見せる。


「ありがとうございます、ロットリール卿。それではお言葉に甘えて……私は……母の最期について真実を知りたいと願っております」


 その言葉に今度は彼女の父が息を呑む。何か言おうとした彼を目で制し、ゴーディンはまっすぐにリリアンナの瞳を射止めた。


「オリヴィアの死についてか。ハートウェル嬢はある程度事情を知っているだろう? どうしてまたそんなことを?」

「ウェルテリア卿は我が家の醜聞をもみ消すのと引き換えに母が禁忌を犯したと言っておりました。……それは嘘だ、と信じておりますが、しかし、それにしても魔法屋として働く中で得体のしれない疑問を抱くようになったのです。私は本当に真実を知っているのだろうか? と」

「ほう」

「今も私は未熟者ですが、当時の私は社交界にも出れない年齢。まだ見えていなかったこともあろうかと思います。当時なら受け止められなかったことも今ならば受け入れられます」

「なるほど……つまりハートウェル嬢は母君の死について何か隠されている、と考えている訳だ」

「その通りにございます。王家に昔からお仕えの叔父様でしたら真相をご存知かと」


 視線を逸らさずにそう言い切るリリアンナに、ゴーディンは少し困ったような表情をし……それからゆっくりと視線をリリアンナの父へ向けた。


「だ、そうだよ。子どもの成長は早いね。私は良い頃合いだと思う。ジェイクはどうだい」

「……。師匠がそうおっしゃるのなら。リリアンナも随分と大人になりました」

「なるほど。では……ハートウェル嬢? あの時私がこの目でみた光景を見てみるかい? 話を聞くより何よりも信じられるだろう? かちいろの魔法だ」

「かちいろの魔法……ですか」


 それは人の記憶をその場に映し出す魔法。記憶に関する魔法を得意とするゴーディンが魔法屋として冠している魔法だ。


「ああ、あの日起こったことを見せることが出来るよ」


 その言葉に、リリアンナはしばし逡巡する。しかしやがて覚悟を決めたように頷いた。


「お願いします。魔法を……私にあの日起こったことを教えてください」

「わかった。かちいろの魔法を!」


 ゴーディンがそう唱えると灰色がかった暗い紫色の光が天井へ向かって伸び、跳ね返るようにして部屋全体を満たす。その光が消えたか、と思うと、リリアンナの前には透明な壁のようなものが広がり、やがてそこに映像が映し出された。






「何を考えているんだ、オリヴィア! 考え直せ! 死んでも知らないぞ!」

「分かってるわ、ジェイク。でもこれしか方法はないのよ」

「方法って……お前は魔法屋だろう。禁忌に触れずもっとも良い魔法を探すのが魔法屋の仕事だ」

「それも分かっているわよ!」


 豪奢な調度品が置かれた一室。そこで言い合いをしているのは一組の夫婦。数年前のリリアンナの両親だ。窓の外からかすかに見える景色から、そこが王城だろう、とリリアンナは検討づけた。


「分かっているわよ……でも他に方法がないからこう言っているの。もくらんいろの魔法ならジュリアを救える。お医者様もみんなお手上げなのよ。もうこれしかないわ」

「医者もお手上げなら、諦めるしかないのが人生なんだ。魔法でどうにかして良いものじゃない。だいたい禁忌を犯して、妃殿下を治療してどうする? 残された私は、リリアンナは? だいたい妃殿下だってそれを喜ぶと思うか?」


 リリアンナの父の言葉に、母はキッと目を剥く。


「悲しむかもしれないわ……。でも、どうしても諦められないの! 無二の親友だもの。それもやっと幸せを掴んだばっかりなのよ。私達が結婚する時、ケイトがどれだけ助けてくれたか覚えているでしょう?」


 母の実家はハートウェル家と比べると随分と家格が低い。それで何度となく苦労した、という話をリリアンナは思い出した。


「ああ、妃殿下のおかげで結婚できたようなものだ。だからといって……死ぬことが分かっている魔法を使うのか?!」

「大丈夫よ……きっと大丈夫。ほら、禁忌の魔法の罰は、魔法の中身によって決まる。確かに私がジュリアの代わりに倒れるかもしれないけど、死にはしないわ」

「そんなこと……保証できないだろう!?」

「じゃあ、ジュリアが死ぬのを黙って見てろっていうの? もうすぐ赤ちゃんも生まれるのに……分かっているわ、これは私の我儘よ。魔法屋としては間違っている、それも。でもどうしても……どうしてもケイトを助けたいの」

「自分の命と引換えにか?」

「だって私は充分幸せだったわ。リリアンナには申し訳無さしかないけど……でも彼女にはあなたがいる。親戚や友達だってたくさん……。あの子は良い子だもの。きっと幸せを手にできるはずよ」


 全く決意の揺らがないオリヴィア。その頑な様子に、ついに折れたのは父の方だった。


「勝手にしろ……」

「えっ……」

「リリアンナのことは私が責任をもつ。オリヴィアが初めて言った我儘だ。そうまでいうなら使うと良い。確かにオリヴィアの言う通り死にはしないかもしれないしな」

「ありがとう……ジェイク。きっと大丈夫よ。ええ、わたしもくらんいろの魔法屋だもの。この魔法のことは誰よりも知ってるわ」






 と、そこでゴーディンが退室したのか、それとも魔法の限界か。ぶつんと映像が途切れた。


 しかしこの後のことはリリアンナも覚えている。持てる最大限の力でもくらんいろの魔法を使ったリリアンの母は、王妃の病を全て被ってしまう。王妃が目を覚ますと同時に、倒れた彼女はそのまま意識を取り戻すことなく帰らぬ人となった。


「これは真実よね? お父様?」

「かちいろの魔法だからな……偽りようがない」


 そう言って、リリアンナの父は苦い顔のままうつむく。沈黙が部屋を支配するが、やがてポツリ、と口を開いたのはリリアンナの父だった。


「王妃殿下とオリヴィアは幼い頃から親友同士だった。妃殿下の結婚式で魔法をかけたのもオリヴィアだ。二人は互いを一番の親友だ、と言っていた。……だから止められなかったんだ。魔法屋として、貴族としての誇りを大切にしていたオリヴィアの我儘を」

「そんな……でもじゃあどうして、王家に命令されたなんてことになっているの?」

「結果として妃殿下を救ったのは事実だ。公にはされずとも我が家は社交界で一躍有名になる。名誉と引き換えに命を差し出した、などという噂がたつのも当然だ。……まあ敢えて否定しなかったのも事実だが」


 その言葉に今度はリリアンナが表情を曇らせた。


「だからどうして教えてくれなかったの? そうすれば……」

「客観的に見ればオリヴィアは娘より友人を選んだようなものだ。真実を知ればリリアンナは傷つく。それにあの頃のリリアンナは沈んで……というより絶望していた。だから怒りの感情でも、生きる力になるものが必要だと思ったんだ」

「それで……真実を教えなかった……と」

「あぁ、あと当時の我が家は内にも外にも心無い噂をするものばかりでな。ハートウェルは貴族ばかりに魔法をかける。リリアンナもよく聞いただろう?」

「ええ、もしかしてそれも?」

「いや、嘘とは言えない。だが、治療の魔法は難しくてな。金貨一枚は大金だ。普通の庶民が魔法屋を頼る頃には魔法でどうにか出来る時点はとっくに過ぎていることが多かった」

「そんな……!?」


 その言葉に今度こそリリアンナは俯いてしまう。そんな彼女の頭に父はポンっと手を置いた。


「誤解するように立ち回ったのは私だ。今思えば間違いだったのかもしれないが……」

「いいえ! お父様。確かにショックだったけど、でもあの頃真実を知っていたら……確かに受け入れられていたかは分からないわ」


 当時に比べるとリリアンナも随分と色んな経験をした。街にでて、一人前かはわからないが魔法屋として独り立ちして……だからこそわかることもあるだろう。


 ただ、リリアンナにとってずっと、受け入れられなかったことが嘘だった。それが分かった、という嬉しさは徐々にリリアンナの心に広がっていた。その思いを胸にリリアンナは無理矢理に笑顔を作り、父に向き合った。


「ただ、もう一度聞きたいんだけど……お母様は……名誉のために禁忌を犯した訳ではないのね」

「ああ……彼女が禁忌の魔法を使った理由は親友を救いたい。その一心だった。なんとも彼女らしい」

「えぇ、お母様いつも言っていたもの。『魔法は他人のために使いなさい』って」

「そうだな」


 リリアンナの言葉に父もまた、小さく微笑む。


「あのね……お父様。ありがとう、今まで守ってくれて……それに真実を教えてくれて」

「あぁ」

「叔父様もありがとうございます!」

「いや、私は何もしてないよ」


 重苦しい空気だった部屋には徐々にだが、朗らかな声が響き始める。そんな彼らをここまで一言も発していなかったアルフォンスはただただ見守っているのだった。



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