賑やかな場所
魔法屋から歩いて10分程。ラベンダー通りがある一帯の中心にあるベルニア広場は、既に賑やかな雰囲気に包まれていた。
広場をぐるりと取り囲む建物同士を結んで、色とりどりのガーラントが飾られ、その建物の窓辺には、各通りの人たちが丹精込めて育てた花々が所狭しと飾られている。いたるところに屋台が立っていて、そのどこか雑然とした賑わいにソフィアは目を輝かせた。
「まあ、リリアンナさん。屋台がいっぱいあるわ! パイにあれは揚げ芋かしら? あっ、あれは回転木馬よね」
「ええ、そうよ。お祭りの定番ね。ソフィアさんも乗ってくる?」
「えっと……それは……流石にもう子供じゃないし……」
「そのわりにははしゃいでいるようだけどな」
「もう! 兄様は一言多いわ!」
そう言いつつも、はしゃいでいる自覚はあるのだろう。ソフィアは少し顔を赤らめつつ、照れ隠しのように、いくつもの屋台に視線を走らせる。とその中の一つを見てまた声を上げた。
「見て! ロイドさんだわ。彼も屋台を出していたのね」
「ロイドさんのラベンダータルトは夏至のお祭りの名物よ。買ってきましょうか」
「ええ! そうしましょう」
ラベンダーの花をあしらった可愛らしい屋台。そこでクッキーを売っているのはリリアンナのご近所さんで、菓子屋を営むロイド。
がっしりとした体格故か、屋台でやや窮屈そうにしているロイドの他に、屋台の側には彼の妻や、娘の姿も見え、一家総出でお仕事をしているようだった。
「こんにちは! ロイドさん、売れ行きはいかが?」
「おや、リリアンナさんじゃないか! それにソフィア様も来てくださったのですね。お陰様で絶好調。売り切れの心配をしないといけないくらいだ」
「まあ大変! じゃあ早めに買っておかないと行けないわ。そうね……あれとこれと、あとそれもお願いしようかしら」
ロイドの言葉にリリアンナは少しおどけつつ、可愛らしい色のクリームが詰まった小さなタルトをいくつか指差す.
それらを手早く紙袋に詰めたロイドは、銀貨と交換に紙袋を渡し、微笑んだ。
「毎度あり! リリアンナさん。リリアンナさんの仕事は日暮れからだろう? 今年も楽しみにしているからね、どうぞ今宵をお楽しみあれ」
「ええ、とびきりの魔法をお見せするわ。ロビンさんも、今宵をお楽しみあれ」
互いに夏至の祭りの決まり文句を言い合い、リリアンナは屋台を離れる。そんな彼女にソフィアは少し不思議そうな顔をしながら、「ねえ?」と彼女の袖を引いた。
「あら、どうしたのソフィアさん」
「さっき、仕事は日暮れからって言ってたわよね? なにか魔法をかけるの?」
「あ、その話は知らなかったのね。街の魔法屋はね、夏至のお祭りのメインイベントを担当するのがお決まりなの。ソフィアさんも楽しみにしてて頂戴。さ、さっそくタルトを食べましょう」
そう言いながら、リリアンナは広場に溢れる人たちを器用に避けながらソフィアの手を引き、広場の外れへ向かう。するとちょうど飲み物を買いに行ったアルフォンスも戻ってきたらしく、
「アル! こっちよ」
と紙袋を掲げて叫んだ。
「無事買えたようだね。相変わらずロイドさんの屋台は大盛況だ」
「ええ、また列になってきてるわ。アルもありがとう。夏至のお祭りと言えばピムスだものね」
「ピムス? っていうの? その苺の飲み物」
リリアンナへグラスを渡しつつ、ソフィアのエスコート役を引き継いだアルフォンスにソフィアは首をかしげる。とそこで既に酔いが回ってきているらしい、二人組がソフィアにぶつかる勢いでこっちへ来た。
「おっと危ない! 兄さん気を付けて」
「おや、これは済まない。祭りになるとどうも呑みすぎるねえ」
「あんた達! 何やっているの、こっちへ来なさい!」
まだ陽も高い、というのに足取りもかなり危なそうな二人組。そんな彼らにソフィアが顔を引き攣らせていると、さらに向こうから、迫力のある声がする。どちらかの妻だろう人に怒られつつ、酔っぱらいは回収されていった。
「ほらソフィア、祭りは酔っ払いも多いからな、気をつけるんだぞ」
「ありがとう兄様、気をつけるわ」
「わかれば良し。で、ピムスだな。簡単に言えば苺と砂糖を潰してソーダを入れたものだ。単純な飲み物だけど店によって味が違って奥が深い」
「これはピーターさんの屋台のよね。スパイスとハーブが絶妙なの! ソーダの代わりに白ワインを入れたのも美味しいんだけど……今はお預けね」
「おいおいリリ、まだ夕方ですらないんだぞ」
ソフィアと行動していることを考えるとまだ酔っ払う訳にはいかない。とは言え、少し物欲しげな顔をするリリアンナにアルフォンスが苦笑いで突っ込んだ。
「ねぇリリアンナさん、兄様? 次はあのお店に行きたいんだけど良い?」
「えぇ、もちろん良いけど……リボン?」
3人でピムスに舌鼓を売った後、何かを見つけたらしいソフィアの声にリリアンナはにっこり答える。ソフィアの視線の先には色とりどりのリボンを売る屋台があった。
「そのぉ……セオドア殿下ともともとはエドワードの新しいリボンをお祭りで買おうって約束してて、でも殿下は行けないから……代わりに選んで来てほしいって……」
そう、やや顔を赤くしつつ、ポツポツと話すソフィアにリリアンナは「そういうこと」と更に笑みを深める。
「じゃあ、責任重大ね。とびっきりのを選ばないと。行きましょう! アル」
「そうだな、リリ」
それぞれに片方ずつ手を引かれ、ソフィアは屋台の方へ向けて歩きだした。
「おや、随分真剣に悩んでいるね」
「まぁ! ごめんなさい、お商売の邪魔かしら?」
「まさか! 悩んでもらうためにこれだけ揃えているんだ。目一杯悩んで構わない。……にしてもそれだけ悩む、というと彼氏さんへのプレゼントかい?」
近づいてみると遠くから見る以上に様々なリボンを扱っている屋台。そのどれもこれもが素晴らしく思わず長考していたソフィアは店主の「彼氏」と言う声にボンっと顔を真赤にした。
「いえ違い……彼氏の愛犬へのプレゼントです」
おや、ついに彼氏になったのか。思わぬ爆弾発言にソフィアを見守るリリアンナとアルフォンスは顔を見合わせる。
もっともソフィアは保護者役の二人が目を丸くしていることには気付かない程、プレゼントに悩んでいた。
「まあ! 素敵な色ね。きっとエドワード様にお似合いだわ」
「あぁ、殿下も喜んでくださるだろう」
店主に通りすがりのお客さんまで巻き込んで、悩みに悩んだソフィアだが、ようやく一つのリボンに心を決めたようで店主にお金を渡す。
せっかくだしここは彼女一人で買い物をしてもらおう、と見守りに徹していた二人は、彼女が選んだリボンをそっと覗き込んで微笑み合った。
ソフィアの選んだリボンは赤色に金糸でいくつか刺繍がなされたもの。シンプルかつ定番のデザインだが、どこか高貴な雰囲気もあり、確かにエドワードに似合いそうだ。ビーズなどの装飾がないのも、エドワードのプレゼントとしてはちょうど良いだろう。
「ごめんなさい! おまたせしたわ」
「いいえ、大丈夫よ。素敵なプレゼントは買えたかしら?」
「ええ! きっとエドワードも殿下も喜んでくださるわ」
「それは良かったな。さ、じゃあ次はどこへ行こうか?」
満面の笑みのソフィアの手をそれぞれに取り、またリリアンナとアルフォンスは広場を巡り始めた。
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