しょうびいろの祝いごと
看板に書かれた魔法
「しょうびいろの魔法を!」
6月のある晴れた昼下がり。祝いの日を迎えた二人を祝福するかのようなきれいな青空に凛とした声が響いた。
するとその声の主である少女が持つ重そうな本から突然鮮やかな赤色の光が溢れ出しみるみると空へと上っていく。その色は美しく、愛らしく、そして高貴さも感じさせる薔薇の色。花びらにまとう朝露に、人々を引き付ける甘い香りさえ思わせるその光は空まで届くと、今度は地面に向かって降り注いだ。
その光が降るのは通りに集まった結婚式を上げたばかりらしき一団。彼らに届く頃には光も柔らかくなり、まるで新たに夫婦になった二人と彼らを祝う人々を祝福するかのように包みこんだ。
古城の街、アッシェルトンにあるラベンダー通り。その名に合わせて道端に植えられたラベンダーもそろそろ咲き始めている。
赤茶色の煉瓦の色に愛らしい薄紫の花が映える美しい路地を散歩しようとやって来た観光客達は、さっきまさに結婚式を挙げたばかりらしき一団と、なんてことない木綿のワンピースの少女が起こす奇跡に釘付けになる。
もっとも少女は注目されることなど慣れっこらしく、気にする様子もない。
そしてその光が段々と弱くなりやがて消えると、光に包まれていた人々は口々に彼女へ感謝を述べ始めた。
「ありがとう! リリ。こうしてあなたに魔法をかけてもらうのが憧れだったの」
「ありがとうな。リリ。これできっと二人で仲良くやっていけるよ」
「何を調子を良いことを。結局は二人次第なんだからね。リリアンナさんありがとうございます。こんな素敵な魔法を見れて一生の思い出だよ」
この通りに店を構えるしょうびいろの魔法屋。その前に集まったのは鮮やかなライム色のドレスを来た若い女性に彼女の腰をしっかりと手を回す、精悍な体つきのテイルコートを着た男性。そして、二人の家族、親戚、友人たち。皆一応に女性たちは色鮮やかなドレスで着飾り、男性陣は盛装であるフロックコートを来ている。小さな通りは人々の笑顔で埋め尽くされ、大賑わいだった。
「こちらこそ、私の魔法を選んで頂きありがとうございます。さて、急かしてしまって悪いんですが何分お店の前はせまくって、皆さん移動をお願いできますか」
「あぁ、そうだね。いつまでもここにいたら通行の邪魔だ。よしみんな! 家に帰るぞ。祝宴が待っているからな」
「おっしゃ、飲むぞ」
「バイオリンちゃんと持ってきたよな」
「はいはい、とにかくさっさと動く」
ワイワイと言いながら一団は大通りの方へと移動していく。
そんな彼らに向かって
「ヴァイオレット! 私も後でお邪魔するわねぇ」
とリリアンナは少し大きめの声を出して見送った。
一団が去ったあとの通りは先程までの賑わいが嘘のような日常が戻る。普段通り通りには観光客が行きかい、喧騒が包んでいるのだが、先程までの騒ぎはまた違った騒がしさがある。彼らが見えなくなったところでリリアンナは「ほおっ」と一つため息を吐いた。
「おやおや、リリアンナさんお疲れかい?」
「まあ、ロイドさん! いえ……疲れたわけではないのですが、やっぱりあれだけたくさんの人がいると気が張りますしね。ロイドさんもごめんなさい。騒がしかったですよね?」
「何を言っているんだいリリアンナさん。お祝いごとじゃないか。それに結婚式帰りの人たちは気前よく菓子を買ってくれる。こんな嬉しいことはないさ」
リリアンナに声をかけたのは数件隣の菓子店の店主ロイド。これ幸い、と集まった人々に菓子を売って回っていたらしい彼は、ほとんど空になったかごを見せて笑った。
「ほら、なんだかんだで疲れただろう? こういう時は甘いものさ。もちろんお代は結構」
そう言うとかごに残っていたアイシングクッキーを差し出した。
「まあ! 良いのですか? 嬉しいわ」
「もちろん。この時期は魔法屋さんのお客さんがいっぱいきてくれるおかげで大繁盛だからね。その代わり……」
「その代わり?」
「うちの菓子を宣伝してくれよ」
「もうっ、ロイドさんったら」
そう言っておどけるロイドに、リリアンナも思わず笑みをこぼした。
「それにしても相変わらず6月は凄いな。今日で何件目だい?」
「えぇっと、10件目かしら? 去年よりもペースが早い気がするわ」
この国には「6月の花嫁は幸せになる」という言い伝えがある。そのため6月といえば結婚シーズンだ。
教会で結婚式で挙げたあと、魔法屋で守護の魔法をかけてもらうのもまたこの国の定番。新婚夫婦にピッタリの魔法を店名に掲げるリリアンナの店にとって6月は一番のかき入れ時なのだった。
「でもどうして6月なのかしらね? 不思議な話だわ」
「なんでだろうな? けど俺が子供の頃から6月の花嫁って言ってたよ。さて、とじゃあ俺はそろそろ仕事に戻るわ」
「わかったわ。クッキーありがとう。とっても美味しかったわ。ロビンさんもお仕事頑張って」
リリアンナの声に「おうよ!」と手をあげて答えるとロビンは菓子店へと戻っていった。
「さて、じゃあ私もお店に戻って着替えないと」
今日、しょうびいろの魔法をかけたヴァイオレットはリリアンナの友人。先程彼女が言った通り祝宴にも招待されている。準備をしなければ、と店に戻ろうとしたところで
「リリアンナ!」
と叫ぶ声がして彼女は後ろを振り返った。
「師匠! おかえりなさい」
大きな荷物を引きずるようにして彼女の元へやってきたのは白いブラウスに青いスカート、大きな緑色の帽子が目立つ初老の女性。リリアンナが師匠といったとおり、彼女はこの魔法屋の先代の店主クレアだ。
「リリアンナ、久しぶり。元気そうでなによりだ。それに魔法も見させてもらったよ。また腕を上げたんじゃないかい?」
「師匠こそ、元気で安心したわ。にしても……あの魔法見てらっしゃったのね」
自分が一番得意な魔法とはいえ、師匠に予期せず魔法を見られるのは抜き打ちテストを受けているようで少し恥ずかしいものだった。
「そりゃあ、あれだけの規模ならよく見えるさ。でも本当にきれいな色だったよ。それにお客様達ともすれ違ったけどみんな良い笑顔だった。上手くやっているようだね」
「お陰様で。師匠の教えのおかげだわ」
そう言うと、どちらともなく笑い出す。リリアンナは師匠の持つカバンをいくつか強引に手に取ると、彼女を店の中へと導いた。
「それにしても師匠、お早いお戻りでしたのね。お手紙だと。もう数日後になるのかな? と思っていたのですけど……」
「いやぁ……手紙に書いた通り天候が今ひとつでね、本当ならもう数日船は出ない筈だったんだけど、お客さんの中にどうしても急いで帰らないといけないっていう人がいたのさ。話を聞いたら可哀想になってしまって、それで見つけたての魔法で波を穏やかにしてきた、という訳さ」
そう言いながらクレアは自慢げにスカートの隠しにしまって
あった手帳を開いてみせる。
しかしクレアの言葉を聞いたリリアンナは少し引っかかる部分があり眉を潜めた。
「波を穏やかに? そんな魔法使って平気なのですか?」
「相変わらずリリは心配性だねぇ。安心しなさい。このはなだいろの魔法は強引に海の状況を変えるんじゃなくて、海からの加護をいただけるようにする魔法だ。あっちの島では昔から使ってきたらしいし、問題ないはずだよ」
「なら……良いですけど」
「そんな顔しないんだよ。さ、それよりお土産があるんだ、ほら見てご覧、綺麗だろう?」
クレアの説明を聞いてもなお浮かない顔のリリアンナにクレアはカバンを探り、何やら広げてみせた。
「ま、まあ、素敵だわ。それにとっても不思議な色」
「そうだろう? むこうでは良く使われる生地らしいけど、この国ではほとんど出回っていない。これで新しいワンピースでも作ってもらいなさい」
「ありがとう師匠。とっても嬉しいわ」
クレアが取り出したのは、深い海のような青を中心に様々な色が混ざった華やかな織物。ブリーズベル王国ではまず見ない派手な色使いだが、不思議と品がある。手織りならではのふんわりとした生地にリリアンナの表情にもようやく笑顔が戻った。
クレアが今回出掛けたのはブリーズベルの西の海、それもずっと沖に浮かぶ小さな島がいくつも集まった国。そこではこの国ではまだ知られていないいろの魔法が使われている、という。
新しい魔法を見つけることをライフワークとするクレアはリリアンナに店を任せられるようになってからはよくこうして一般的には「未開の地」と呼ばれるような場所を旅していた
「さて、じゃあ私はみんなにもお土産を配ってくるよ。あぁ一人で大丈夫だよ。ヴァイオレットの祝宴ならリリアンナも呼ばれているんだろう?」
せっかくの友人の祝い事なんだ。楽しんでらっしゃいな。と微笑むクレアに
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて。師匠ももう歳なんですから無理しないで。明日なら一緒に回れますからね」
とリリアンナは心配そうに言う。もっともクレアは
「年寄り扱いされるにはまだ早いよリリ。じゃあ行ってくるね。荷解きはまたゆっくりするからその辺にでも置いといてくれ」
と言うと、自身が持っていた荷物も土産の入った鞄だけ残して店の角置く。
魔法以外の部分については少し雑な部分があるのがリリアンナの師匠なのだった。
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