わかくさいろの裏技

魔法屋さんにも苦手はある

「ピートおじさま! おはようございます、あとお誕生日めでとうございます」

「ああ、リリちゃんかい。ありがとう。まあ60にもなったら誕生日もあまりうれしくはないのだが……でもこうしてみんなに祝ってもらえるのは嬉しいことだね。もう何度あるかわからないし……」

「もう! 何を仰っているのおじさま。まだピンピンなさっているじゃありませんか」


 まだまだ風の止まないアッシェルトン。今日は箒で店の前を掃除していたリリアンナはむこうに見知った顔を見かけ、駆け寄る。ラベンダー通りの入口で長年質屋を営むピートおじさんだ。


 流石に家業は息子夫婦にゆずったものの、まだまだ元気な彼の日課は通りの散歩。ちょうど昨日60を迎えた彼を祝いつつ、リリアンナは「そうだわ!」と手を叩いた。


「おじさま、今年もみんなからお祝いのお願いをされてますわ。いまからでも良いかしら?」

「お祝い? あぁ、あれか。70にもなって気を使わんでも良いと言っているのに……まあせっかく出しお願いするかの」

「みんなおじさまには長生きしてほしいのよ。じゃあ眩しいから気を付けて下さいね。なのはないろの魔法を!」


 ワンピースの隠しから手帳を取り出したリリアンナは何ページかめくって、呪文を唱える。手帳からあふれる光はみずみずしい黄色。その光はピートをめがけて降り注ぎ彼を包みこんだ。


「相変わらず不思議なものだな、魔法というのは。しかしなんだか力が湧き出てきたよ。なんなら今から走り出したい気分だ」

「いつも言ってますが、あくまでもお気持ち程度ですからね。過信せず、無理なさらずに。御歳を良く考えてくださいね」

「あんたまで、せがれのようなことをいうんだな……。まぁ、せっかくかけてもらったしの、健康には気を使うようにするよ」

「そうしてくださいな。また何かあればお待ちしてますわよ」


 そう言ってリリアンナは散歩を再開するピートを見送った。


 彼女がかけたのは健康や長寿のための守護の魔法。とはいえその効果は彼女が言う通りお気持ち程度。それでも大事な人への贈り物として希望する人の多い魔法の一つでもあった。






「さて、私も掃除を終わらせない……」

「リリアンナさん! お願いです、私を助けて下さい!」


 と箒を持ち直したリリアンナに今度は切羽詰まったような声が掛けられる。何事かしら? と思いつつ声の主を見上げるとそれは隣の通りにある花屋の店主、ポールだった。


「あら、ポールさん。どうしたのそんなに急いで、とにかく落ちついて」

「ああ、済まない。だけど本当に大変なんだ。うちの店の信用がかかっている。魔法で何とか出来ないだろうか」

「それはものによるけど……何があったんですか」

「実は明日大口の注文があるのだけど、どう頑張っても花が用意できそうにないんだ!」

「ポールさんが? それは珍しいわね」


 ポールの店はこのあたりでは名の知れた花屋で、駅近くの高級なホテルなどにも出入りしているほど。そんな彼がここまで困るのもあまり見たことがない、とリリアンナは首をかしげる。


「ああ……普段はこんなことないんだけど……」


 そう言ってポールは肩を落とす。彼の話はこうだった。


 ポールの花屋の常連にブロード氏、という中上流の紳士がいる。若くして家業を継いだが、才覚に溢れ、成功しているという。そんな彼は必ずこの4月の中頃にアザレアをいくつも注文するのが常だった。


「アザレア? でも見頃には少し早くないかしら?」


 アザレアの見頃は4月下旬から5月。咲かなくはないだろうが、まだ時期とは言い難い。リリアンナの言葉にポールは頷いた。


「確かにそうなんだけど、2週間くらいなら早く花を咲かせることも出来る。今年も結構前からお願いされてたからきちんと準備してたんだ。なのに……まだ一輪も咲いてないんだ」

「まぁ! でも……今年は寒いものね」


 今年のアッシェルトンは例年よりかなり寒い。冷たい風もまだ強く吹いている。そんな気候のせいか、アザレアの開花時期の調整が上手く行かなったのだという。


「ねぇ、お願いだよ。リリアンナさん。花屋としてブロードさんの依頼に答えたいんだ」

「気持ちは分かるわ」

「じゃ、じゃあ!」

「でも……私には難しいかも知れないわ」


 少し視線を落として言うリリアンナにポールは絶望の表情を浮かべた。


「な、なんでだい、リリアンナさん! いつもあんなにいろんな魔法を使っているじゃないか? 花を咲かせる魔法も一つくらい……」

「あんた! まだ諦めてなかったのかい、魔法屋さんを困らせるんじゃないよ!」


 ポールがリリアンナに詰め寄ろうとしたところで、新たな人物が現れる。その声はラベンダー通り中に聞こえるのでは?というほど良く通った。


「セリナ! けど、ブロードさんは上客だよ。これは今後の商売に関わってくるかもしれないことなんだ」

「だからって魔法に頼るって……あんたには花屋のプライドってもんはないのかい」


 ポールと同じくらいの背丈の中年の女性はそう言って腕を組みポールを睨む。痛いところをつかれたらしい、ポールは「うっ」とうなった。


「そりゃぁ、そうだけど……」

「それにブロードさんはそんな無茶言う人じゃないだろう? もともと季節外れの花なんだし事情を言えば許してくれるんじゃないのかい?」

「まあ……多分……許してくれるけど……、それはそれとしてもこの依頼にはお答えしたいんだ」


 段々と熱くなる言い合いにどうすればよいか、とあたふたしていたリリアンナだが、ポールのその言葉に違和感を感じ、ついに二人の間に割って入った。


「まあまあ、二人共落ち着いて下さい。……ところでポールさん。ブロードさんの依頼には何か訳があるのですか? そもそも毎年少し早めの時期にアザレアを頼むっていうのも不思議な話ですが」

「ああ、彼の奥さんの名前がアザレアさんなんだ。で、出会って始めての誕生日に少し時期外れだけどアザレアを用意したら奥さんがいたく感激したそうで、以降毎年恒例になっているんだって」

「まあ、それは素敵なお話しですね。確かに叶えて上げたいわ」

「でしょう! なのでリリアンナさん」


 ポールの話に「素敵だわ!」と目を輝かせるリリアンナにポールは再度にじり寄るが、リリアンナはそれにはすっと目をそらした。


「正直なところ、何とかしたい気持ちはあるのですが……私そういった、植物に関わる魔法は苦手なんです。特に本来の時期を無視して花を咲かせるような魔法は程度を間違うと大変なことになりますし……」

「それは以前、話していた『3つの約束』のことかい?」

「はい、植物が咲くのは自然の摂理ですから、それに逆らう魔法は難しいのです」

「ちなみにだけど、もし失敗するとどんな罰が与えられるんだい?」


 リリアンナの言葉にポールは恐る恐る、と言う調子で聞いた。


「罰は大抵その魔法に関わる形で与えられます。花を咲かせる魔法だと、その魔法使いの家の花が枯れてしまったり、程度によっては依頼者の家の花も……、最悪街中の花が枯れるかも知れません」

「それはぞっとするね……」


 予想以上に思い罰にポールは顔を歪める。その後ろではセリナも顔を歪めていた。


「なので私ではこのご依頼は受けられないのです」


 再度頭を下げながらポールに言うリリアンナに彼は仕方ない、と言う気持ち反面、それでも諦めきれないと言う気持ち反面といったような顔をする。


「確かに私達のせいで街中の花が枯れるなんて、ことはあってはならないけど。でも程度を間違えなければ大丈夫なんだろう? 何とかできたら良いんだけど……ブロードさんも奥さんも本当にいつも私のアザレアを喜んでくれるんだ」

「確かにそうよねぇ」


 この言葉にはセリナも同意し、大きく息を吐く。二人を揃って肩を落とした様子の夫婦に「じゃあ……」とおずおずと口を開いた。


「依頼を受けてもらえる、とは限りませんが別の魔法屋の力を借りましょうか」

「別の? つまりリリアンナさん以外のかい?」

「はい、街外れにあるので少し遠いのですが、一人こういった魔法に強い魔法屋を知っています。もし良ければ彼女の店に行って魔法を掛けてもらえないか聞いてみるのはいかがでしょう。もちろん私も同行しますわ」


 その言葉を聞いて、落ち込んでいた二人の表情は急激に明るくなった。


「ぜひ、お願いしたいよ。そんな人がいたなんて」

「ええ! その方にお願いすれば魔法をかけてもらえるのよね」

「あ、あくまでも判断するのは向こうの方ですからね」

「もちろん! わかっているよ」


 リリアンナの提案に飛びつく二人の勢いに彼女は若干後退りしつつ、そう忠告するのだった。

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