重すぎるお見合い相手
「結論から言うと、確かに魔法を使った占い、というのはありますし、相性を占うことも出来ますわ。ですが、魔法の代金はそれなりですからよろしければご事情をお伺いしてもよろしいかしら」
結婚関係、と言っていたからおそらく相性を占って欲しい相手は、将来の旦那様の候補だろう、そう考えつつ、リリアンナはそうローズに問いかけた。
「えーと、そうですね。それでは先に我が家の事情を少しだけ話したいのですが……我が家は自分で言うのもなんですがそれなりに大きな銀行を経営していて、この街ではまあまあ有名かとおもいます」
その言葉にリリアンナとソフィアは共に頷く。
「しかし、私は一人娘なので誰か優秀な人物を婿としてとり、バートラン家を継いで貰う必要があるのです。そして両親は家を継ぐにふさわしい、と考える人物を見つけてきて、先日お見合いをしてきました」
まあ、よくある話ね、とリリアンナは考える。ブリーズベル王国では中流階級以上に属する女性が外で働くことはあまりよし、とされていない。
侍女などの例外は除き、中流以上の女性を雇う場所は少ないし、経営に関わることなどほとんどない。バートラン家のような事情がある場合、養子を取るか、ローズのように婿を取る事がほとんどだった。
「いわゆる政略結婚、というものですね。でも私、それ自体は特に嫌だとは考えていないのです。昔から親の決めた相手と結婚するのだ、と思っていましたし、もともと人付き合いが得意な方でもないので、自分で結婚相手を見つけてこれるとも考えていません。むしろ社交界に出てすぐに両親が相手を見つけてくれてホッとしているぐらいなのです」
「まあ……そのお気持ちも分かりますわ」
ローズの言葉にソフィアが大きく頷く。彼女もまた由緒正しき家の令嬢。政略結婚というのは身近なものなのだろう。
一方リリアンナはそんなローズの言葉に少し違和感を覚えていた。
「あの……でしたら、どうして相性占いを? 今のお話しを聴く限りではローズさんはご両親の持っていらっしゃった縁談に納得されている風に感じます。差し支えなければお相手がどんな方が伺っても?」
あまり直球に言うのも憚られリリアンナは言葉を濁した。
「はい、お見合いの相手はジョン・メルヴェルという方で、男爵家の次男なのですが……お二人はご存知でしょうか?」
「お名前は一応……お会いしたことはありませんが……」
そう返しつつ、リリアンナは頭の中で昔覚えた貴族名鑑をめくる。
メルヴェル男爵はこれもまたアッシェルトンでは名の知れた貴族だが、先代が投資に失敗し、経済的には困窮している。だから銀行家として名のしれたバートラン家との縁談を望むのか、とリリアンナは頭の中を整理した。
「私は一度だけ我が家のパーティーでお会いしたことがあります。苦労なされている、とはお聞きしてましたが穏やかそうなお方でしたわ」
まだデビュー前とはいえ、やはりアッシェルトンを代表する貴族であるガードナー家の令嬢ともなると顔は広い。ソフィアの言葉にローズは少し安堵したような顔を見せた。
「ソフィア様もそう感じられたのですね。それを聞いて少し安心しました。私も先日始めてお会いして、穏やかそうですし、頭も良さそうで良い方だ、と思ったのですが……」
「なにか問題があった、ということですね」
だからこそ相性占いを欲するのだろう。リリアンナは核心に迫るように問いかけた。
「ええ……そうです。実は……婚約期間を短くして欲しいと言われたのです、具体的には半年ほどで結婚してほしいと」
「そ、それはまた……短いですね」
ローズの言葉に二人は顔を見合わせる。
規模が大きい中上流階級以上の結婚式は準備が大変で、1年以上の婚約期間が儲けられることが多い。特にローズの場合のように、お互いの関係性がないところから始まる政略結婚の場合、二人の関係づくりの意味も込めてある程度長めの婚約期間を設けることが普通だった。
「我が家としては特に結婚を早める理由はありません。父は健在ですしね。ただそれだけなら、先方の事情を考えれば理解は出来ます」
それでなくても男爵家は経済的に困窮している。結婚をは早めたい、と思うのはリリアンナにも想像できた。
「それだけなら、ということはそれ以外にも気になる点が?」
リリアンナの言葉に、ローズは不安そうに瞳を揺らしつつ続ける。
「はい、そのジョン様なのですが……初対面からなんと言いますか……重いのです」
「重い? ですか」
「はい、初顔合わせのときから。花のよう、妖精のよう、こんな美しい方にあったことはない、と美辞麗句で褒めそやされ、まるで私がフォークより重いものを持ったことがない令嬢であるかのように、気を使ってくださいます。その上、一抱えもある真っ赤な薔薇の花束も下さって、なんだか王子様のようではありませんか?」
そしてそんな振る舞いは二度目に会った際にも続いたのだ、という。
王子様のよう、という言葉と裏腹にローズの顔は冴えない。
「一目惚れ、と言う可能性はないのかしら」
そう言葉にしたのはソフィアだが、ローズは力なく首を振った。
「自分でいうのもなんですが私は平凡な見た目です。会って一目で恋に落ちるような殿方はいないかと……」
「そ、それはわからないと思うわよ」
少々自己評価の低めなローズの言葉にソフィアは少し顔をひきつらせつつ、フォローする。
一方ローズは「ありがとうございます」と笑みを作りつつ、少し遠い目をした。
「それはそれとして、ジョン様の様子は一目惚れ、というのとは違う気がしたのです。なんだかなにかに追われているような……必死さを感じるかのような……それで後で付添人をしてくれた叔母にその話をしたら、ジョン様は家のためになんとかして私と結婚したい、と思っているのでは、と言われたのです」
「そ、それはまた……」
「それだけなら、良いのです。ただ付添人が言うには、そういう男は結婚した途端冷たくなる傾向があるから気をつけるように、と」
ローズの言葉に二人は顔を見合わせた
「……お金目的ならそれはそれで仕方ない、と思っているのですが……、さすがにあそこまで大げさに振る舞われて、いざ結婚してから掌を返されれば私も落ち込みます」
「それはそうよねぇ」
明日は我が身、と考えているらしきソフィアは深く息を付きつつ、同意する。
一方リリアンナは「あら?」となにかに気がついたように声を上げた。
「つまり、ローズさんが知りたいのはジョンさんの行動の真意、もしくは彼と結婚して幸せになれるか、ということでよろしいですか」
「そのとおりです。しかし未来のことなど誰にもわかりません。なら、せめて相性だけでも占っていただければ……相性が良ければ、きっとお金の関係から始まってもある程度良い関係を築けるのではないか……と」
重い表情でポツポツと語るローズ。それに対し、何やら考え込むような仕草をしたリリアンナは顔を上げると、ローズと視線をあわせ、はっきりとこう口にした。
「未来でしたら見れますわよ」
その言葉にローズだけでなく、リリアンナの隣のソフィアまでもが目をパチクリとさせる。驚きを隠せない様子の二人に苦笑しつつ、リリアンナは先程とはまた別の本を書棚から取り出した。
「あくまでもあり得る未来の一部を覗き見する、という魔法です。見れる時間は短いですし、必ずその未来が訪れるとも限りませんが、なかなか精度は高い、と思います。なんといっても、父仕込の魔法ですから……」
リリアンナは先程のローズを遥かに超える重い声でそう告げた。
優秀な魔法使いであるリリアンナの父が得意としていたのは時間を操る魔法。これもまた、使い方によってはなかなか危険な魔法だ。
それはさておいて、途中でその関係が崩れてしまいはしたが、それまでのリリアンナと父の関係は親子であると同時に師弟でもあり、リリアンナは魔法の基礎を両親に教わっている。そのため時間を操る魔法については一通り使いこなすことができた。
「な、なにかご事情があるのでしょうか? とても暗い表情をされていますが」
「い! いえ、何でもありませんわ、失礼しました。とにかく……その魔法を使えば、あなたが将来幸せな夫婦生活を送ることが出来ているか覗き見することが出来ます。いかがですか?」
ローズの言葉にリリアンナは慌てたように表情を作り、努めて冷静に声を出す。なにかあるのだな、ということには気付いたローズだが、そこにはあえて触れないことにした。
「でしたら……是非その魔法をお願いしたいです! 私、不安なんです。いくら政略結婚の覚悟はしていても、やっぱり結婚は一大事ですもの」
「とっても良く分かりますわ。では決まりですね。ではーーその窓に未来を移しましょう。短い時間ですからよーく見て下さい。べにふじ色の魔法を!」
通りに向いた窓を向きながら呪文を唱えるリリアンナ。すると淡い灰色みのある紫色の光が部屋を満たし、そして窓ガラスがその光と同じ色に染まる。そしてその色はやがて薄くなり、それまで外の賑わいを移していた窓には、こことは別の部屋が写っていた。
「どこかのお家ねーーどこかしら……あっ! 私だわ」
「おそらく数十年後を移しているようですね……映る映像には何か意味があるはずなのですが……」
リリアンナの能力ではローズが幸せになるか否かを見せて欲しい、という条件をつけるのが精一杯、そのためどんな映像が映るのかはリリアンナにも分からない。
3人は映像から何かを得よう、と目を凝らして窓の向こうに見入った。
窓の向こうに写っているのは数十年後のローズの私室らしい。落ち着いた調度品がいくつか並んだ部屋で揺り椅子に腰掛けながら刺繍をしている。そんな映像が数分続いたところで突然ブツン、と映像が消え、そこはただの窓に戻った。
「こ、これはどういう意味だったのかしら」
「そうね……とりあえず生活には困っていなかったようだけど……」
困惑した表情のローズにソフィアが慎重に言葉を選びながら声をかける。
魔法をかけた当の本人も訳が分からない、と首をかしげるのだった。
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