べにふじいろの未来予知

銀行家の娘の不安

 ラベンダー通りの一角に店を構えるしょうびいろの魔法屋。やや古めかしい調度品で統一された空間は魔法の店、と聞いて想像するような怪しさはない。


 そんあ落ち着いた空間には店主の少女に加えて、彼女の同い年くらいの青年、そして5歳ほど若い少女の声が響いている。もっとも彼らは共に魔法屋の客、という訳ではなかった。


「あぁいい香り! はい、お待たせしました二人共。それにしてもこんな素敵なお茶を頂いてよかったのかしら?」

「もちろんよ、リリアンナさん。むしろお土産なのに、早速淹れてもらって申し訳ないぐらい」

「何を言っているの、美味しいお茶はみんなで飲めばもっと美味しいもの。ね、アル?」


 リリアンナと呼ばれた少女は3つのカップに紅茶を注ぎわけつつ、同い年の男に同意を求めた。


 ブリーズベル王国で愛飲されている飲み物、といえば何と言っても紅茶だ。同じく外来の飲み物である珈琲も飲まれてはいるが、どちらかと言えば男性の社交場で出されるもの、と言うイメージが強い。


 それに対して紅茶は老若男女、貧富を問わず好まれている。一杯で庶民の一月の給料になるような高級品から、あれこれと混ぜものが入り、もはや茶と名乗ってよいか難しい粗悪品まで、その階級に応じて飲むお茶の種類は違うが、しかし紅茶は紅茶。日になんどもあるティータイムは広く国民に根付いていた。


 リリアンナが今淹れているお茶は、以前とある依頼で魔法屋を訪れた伯爵令嬢ソフィア・ガードナーのお土産。上流の間では普段から愛飲されているものの、街ぐらしのリリアンナにとってはなかなか手を出せない価格帯のそれは、決して暮らしに困っている訳ではないリリアンナが普段飲んでいる紅茶と比べても、風味も色も段違いの一品だった。


「そう言えばソフィアさん? ウィル君はあれからどう? お仕事頑張ってるかしら」

「ええ! とっても頑張ってくれている……と聞いているわ」


 ウィル君とはソフィアはこの店を最初に訪れた理由。スリを追って下町の治安の悪い地区に入り込んだソフィアを助けてくれた少年だ。ソフィアは彼にお礼をするため、魔法屋の力を借りて、彼を探し出し、そしてガードナー家の従者見習いとして雇い入れた。


 その時の様子から、きっと仕事を頑張っているのだろう、と思っていたリリアンナだが、どうにもソフィアの歯切れが悪い。どうしたのだろう? と一気に心配になるリリアンナだが、ソフィアはそんな彼女の表情をみて、慌てたようにかぶりを振った。


「あっ! そうじゃないわよ、ウィルは間違いなく頑張ってくれているわ。お父様もすごく良く働いてくれてる、と言ってたし、今度お父様の外出に荷物持ちとして同行することになっているって。ただ……彼は雇われたばかりだからまだ、私の前には姿を見せられないのよね」

「ああ、なるほど。確かにそうよねぇ……」


 ソフィアの言葉にリリアンナは苦笑する。貴族の家は多くの使用人を雇っているが、その内、主人一家の前に姿を表すことが出来る者は決まっている。主人一家や客人の前に姿を見せる為にはしっかりとした振る舞いを身につける必要があるし、直接話しかけるには、さらに高度な教養が求められる。


 当然そうした力をもつ使用人は給料も高い。使用人の中でも高級使用人、と言われる執事、従者、侍女といった面々は労動者階級に属するとはいえ、相当な高給が支払われ、教養も貴族に引けをとらない程のものを身につけている。


 ウィルは従僕見習いだが、従者になるまでの道は相当長いのだった。


「でも、だからウィルはすごく頑張ってくれている、ってことよ! 心配しないで」

「だったら良かったわ」

「ああ、安心した」


 笑顔のソフィアにリリアンナとアルフォンスも頬をほころばせ、カップに手を付ける。


 各々が紅茶の甘い香りを楽しむように一口お茶を口にしたところで、パッとリリアンナが立ち上がった。


「そうだわ! 私、お茶菓子を忘れてた……このためにロビンさんのお店でとっておきのクッキーを買ったのに。今持ってくるわね」


 ロビン、とは同じラベンダー通りにある菓子店の主人の名前。乾燥させたラベンダーを使ったケーキが一番の売りだが、それ以外の焼菓子もとても美味しく、リリアンナもよく購入している。


 店の奥にある居住スペースに向かおうと、ドアを開けるリリアンナだが、そこで突然ドアが開いたことを告げるリン、という軽い鈴の音が店に響き、続いて柔らかい女性の声がした。


「あのぉ……しょうびいろの魔法屋さんはこちらですよね?」

「えぇ、そうよ! いらっしゃいませ、今日はなにいろの魔法がお望みかしら?」


 お決まりのセリフを口にしつつ、リリアンナは慌ててドアをしめ、入口へと向かう。


 一方入口のドアから店内をおずおずと覗いた女性は中の様子を見て、少し遠慮がちな声を出した。


「あの、もしかして営業時間外だったでしょうか? もしくはお約束が必要とかーーでしたら改めて伺いますが……」

「いいえ、問題ありませんよ。お約束をしていらっしゃる方もおられますが飛び込みも大歓迎です!」

「えぇ、そう頻繁にお客様がいらっしゃる訳ではないのでこうしてお茶をさせて頂いていた訳ですが……じゃあリリ、私はそろそろ仕事に戻ろう、ほらソフィアも」


 ぐいっとカップのお茶を少し行儀が悪い、とも言える飲み方で空にしたアルフォンスはソフィアにも声をかける。


 一方ソ、フィアはアルフォンスのようにお茶を一気飲みしようか、とカップを手に取ったがやはりはしたないか、と思い直す。だからといってほとんど口を付けていないカップを残していくのも、と視線をさまよわせた。


 と、そんな少女に助け舟を出すのは入口の女性だ。


「あの、失礼ですが、ガードナー伯爵のお嬢様でいらっしゃいますよね。もしよろしければ……ご一緒にお話しを聞いていただけると嬉しいですわ」


 顔を見ただけでソフィアをガードナー伯爵令嬢だ、と分かる辺り、彼女はそこそこの身分の女性らしい。改めてリリアンナが彼女を見ると、その服装は控えめではあるが、品良く、そしてどれもよく手入れされていた。


「よろしい……のですか?」


 その言葉にソフィアはおずおずと答え、同時にリリアンナにもお伺いを立てるような視線を向けた。


「ええ、もちろん。そうしていただけるとありがたいです。もちろん魔法屋さんがよろしければですが」

「えっと……お客様がそれでよろしければ……でもソフィアさん、お聞きしたことは他言無用よ」

「ええ、分かったわ」


 結局ソフィアも依頼に立ち会うことで話しは決まり、早速リリアンナは彼女をテーブルへと案内した。






「改めまして、しょうびいろの魔法屋の店主、リリアンナと申します」

「ガードナー伯爵令嬢が娘、ソフィアにございます」


 リリアンナとソフィアはまずは自己紹介し、それぞれの形で礼をする。それに対して、依頼にきた女性も名前を名乗り、大きく膝を曲げるお辞儀をした。


「お初にお目にかかります。バートラン家の長女、ローズと申します。どうぞお見知りおき下さいませ」


 リリアンナに対して、であればここまで丁寧な必要もないのだが、その隣に立つのは伯爵令嬢だ、ということで彼女は目上の人に対する挨拶をした。


「バートラン家のお嬢様でいらしたのですね」


 バートラン家はアッシェルトンで長年続く銀行を営む家だ。過去には市長も排出しており、貴族ではないものの財界の名家と言って良い。それは身分の高い女性らしい雰囲気を持っているはずだ、とリリアンナは納得する。


 彼女に椅子を勧め、ローズとソフィアが椅子に落ち着いたところで、リリアンナは一旦奥へ入り、ローズの分のお茶を用意する。彼女の前にカップを置いてから、リリアンナも椅子に座り、「さて」と話し始めた。


「それで、ローズ様は今日はどのようなご依頼でいらっしゃったのでしょうか? ソフィア嬢も一緒に、ということでしたから恋愛関係……とかでしょうか?」

「はい、大体あっています。正確には結婚関係……ですが。リリアンナさんは相性占いとかそういった魔法は使えますでしょうか?」

「占いですか? 出来ますが……通りの占い師のするようなものではなく、ということですよね」


 リリアンナはそう言って入口の方へ目をやる。ちょうど外からは「占いはいかがかね?」というラベンダー通りにいつもいる占い師のおじいさんの声が聞こえて来ていた。


「はい……あれはあれで良いのですが、魔法屋ならばもっと正確な占いがあるのでは? と思いまして」


 ある意味正直な答えにリリアンナとソフィアは顔を見合わせる。外のおじいさんのような占い師はアッシェルトンには大勢いて、いろいろと占ってくれるが彼らは魔法使いではない。


 銅貨数枚から占ってくれるそれは、気軽だがその分結果は正確ではない。あくまでも当たれば良いな、程度のものだ。


 そんな占い師ではなく、結構な対価をとる魔法屋に占いを頼むあたりよほど深刻な理由があるのか、リリアンナは後ろの書棚に軽く目をやってから、ローズの方へ視線を戻した。

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