伯爵の提案
ソフィアはまっすぐに二人を見る。そしてゆっくりと口を開いた。
「世間知らずの我儘だと言われても構わないわ。確かにウィルを助けるのは他の子を見捨てることかも知れない。でも、私は助けてくれた恩は返したいわ!」
そう言い切るソフィアに伯爵夫妻はなにか言いたげにお互い目を合わせる。またしても沈黙が部屋を満たし、かと思うと、伯爵がおもむろに一枚の便箋を取り出して何かを書き出した。
「ソフィアはそれがウィル君以外を見捨てることになってもウィルを助けたい、と言うんだな」
「ええ、そうよ。でもそれだけじゃないわ。私もっと一杯勉強して、いつかもっとたくさんの子を助けられる様になる。でも今は、まず彼を助けたいの」
「よし、分かった。では一つ方法を教えてやろう。ただし、それがウィル君の助けになるかは分からないがな」
そう言うと伯爵はペンを止めて、ソフィアを手招きすると、便線を渡した。
「これは……紹介状?」
「ああ、そうだ。つい先週従者見習いが田舎に帰らないと行けなくなってな、結構見込みのある子だったんだが……事情があれば仕方ない。それで新しい子を一人雇おうと思っていた」
「もしかして……ウィルを雇ってくれるの?」
「そういうことだ。従者見習いなどと言っているが、最初は雑用ばかりで力仕事も多い、従僕になれるかは本人次第だ。そして彼を保証するのはソフィア、お前だ。もし彼がこの仕事に向いていなかったり、職務に背けば、お前に彼を解雇してもらう。その時こそ彼は本当に露頭に迷うだろう? それでもやるか?」
「ええ! やるわ。見ず知らずの私を助けてくれたんだもの。きっとウィルはきちんと働いてくれるわ」
「そうか……じゃあ、この便箋の一番下にサインをこれで彼の保証主はソフィアだ」
貴族の屋敷で働くには何よりも身元が重視される。それを証明する紹介状はブリーズベル王国で仕事を得るうえで何よりも重要なものだ。
「よし、ではリリアンナさん、アルフォンス君。君たちにはもう少しソフィアに付き合ってもらいたい。良いかね?」
「ええ、もちろんですわ!」
「私も同じく」
「そうか、ではよろしく頼む。護衛は我が家から腕の良いものを出す……が、場所が場所だ。君たちもくれぐれも油断をしないように」
その言葉に返事をし、それぞれに礼をして返す。満足気に頷いた伯爵夫妻は護衛と馬車の手配を始め、タウンハウスは急に忙しなく動き始めるのだった。
タウンハウスを出た馬車は先程とは反対に城から離れるように大通りを走る。この街を熟知した御者はいくつも枝分かれする道をものともせずに東へと進み、そして大きな交差点を過ぎたあたりで馬車を止めた。
「このあたりが東端地区の入口です。警察の詰め所も近いですし、まだ安全でしょう」
「ありがとう! ジェフ、無理言ってごめんなさい」
「ですが……あまり長居するのはおすすめいたしませんよ。一応紋章は隠して来ましたが、充分お金持ちには見えますからねぇ」
「わかったわ。じゃあリリアンナさん、早速お願い出来るかしら」
「えぇ、任せて」
そう言うとリリアンナは手に下げていたカバンから小さな手帳を取り出した。
「それは……さっき使っていた魔法の本と一緒?」
「えぇ、そうよ。あんな大きいのは持ち歩くのも大変だから、よく使う魔法はこうして手帳にも書き写しているの。じゃあ皆さん、光が強いから少し目を閉じて……こはくいろの魔法を!」
狭い馬車の中だからだろう、先程よりも強烈な光が車内を埋め尽くす。その光が薄くなったかと思うと、先程同様に地図の上にはいくつもの光が浮かび上がる。ただ、さっきと違うのは、その中にとりわけ強く光る部分があることだった。
「えーっと……この強く光っている部分が直近でいる場所なんだよな……けっこう奥のほうだが……」
「そうね……ジェフさん、この辺りへ向かうことは出来るかしら?」
地区の奥へ行けば行くほど治安は悪くなる。言いづらそうなリリアンナにジェフは笑い手綱の先にいる栗毛の馬を見やった。
「えぇ、もちろん。私と彼に行けない場所なんてありませんよ。旦那様が腕ききの護衛も付けてくれましたしね。」
その言葉に御者席の隣でずっと周囲を警戒し続けていた屈強そうな男が胸に手を当てて軽く微笑む。
「……ただ、そこにウィル君がいるとしたら少々困ったことに巻き込まれているかも知れませんな」
「困ったこと?」
しかし、その後のジェフの言葉にリリアンナは首をかしげた。
「私は昔、このあたりで色々としてましてな、旦那様に拾われる前のことですから、随分と前の話ですが、その頃と変わっていなければ、その辺りはスリ集団やなんやらの元締めの根城が集まっている辺りですな」
「えっーーそうなの」
ジェフの言葉にソフィアは心配そうに顔を歪めた。
「スリ集団に身を置くのはこのあたりの子供達にはよくあることですが、元締めに金を渡すのは少年達の中のリーダーの役割。ウィル、と言う子がリーダーでなければ……」
「ウィルはそんな子じゃないわ!」
「お嬢様にお聞きした年齢を聞く限りもそうではないでしょうな……となると彼が少々心配です」
「えぇ、そうね……急ぎましょう!」
ソフィアの言葉にジェフも頷き手綱を引く。馬車はガクンと揺れて動き出した
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