お転婆令嬢

 リリアンナに手を引かれ、ソフィアは魔法屋に入る。話は聞いたことはあるものの実際に入るのは初めてな魔法屋にソフィアは歓声を上げた。


「まぁ! 素敵だわ。なんだかわくわくする雰囲気ね」

「あら、そう? わりとよくあるお店だと思うけど……」


 はしゃぐソフィアにリリアンナに苦笑しつつ、貴族令嬢ならばそもそも街のお店、というものを見ることが貴重なのかもしれない、と思い直す。リリアンナとてここに来るまでは、買い物といえば屋敷にやってくる得意の店に頼むものだったのだ。


 しょうびいろの魔法屋に入るとまず目に着くのは大きな書棚。魔法を使うのに必要な本を始めたくさんの本が何らかの意味があろう並びで整然と並んでいる。


 一方で店の真ん中に鎮座する年代物であろうテーブルは現当主の性格か少々荒れている。


 テーブルには読みかけであろう本がいくつか積まれ、その隣には魔法を使うのに使ったでらしき地図が広げらたままだ。テーブルの端の一輪挿しには薔薇が挿してあって華やぎを添えているが、全体的には雑多な印象だった。


 テーブルの上のあれやこれやをえいやっと脇に避けたリリアンナは、後ろの書棚に向かいつつ、二人に椅子をすすめる。先程から店内のあちらこちらへ視線をさまよわせていたソフィアはリリアンナの声に慌ててテーブルの方へ向かい椅子へ着いた。


「さて……と、人探しの魔法ならこの辺ね。なんだけど、その前に魔法屋の約束について話さないとね。ソフィアさんは3つの約束についてはご存知?」


 ドンッと本をテーブルに置きながらのリリアンナは問いかけた。


「えーと……名前は聞いたことあるわ。魔法使いのみなさんが昔から守っている約束よね」


 その言葉に「よくできました」とばかりに一つ頷くと、リリアンナはまるで大学の教授が授業でもするように店内を歩き始めた。


「ひとつ、世の理を変えぬこと

 ひとつ、人の心を曲げぬこと

 ひとつ、国の秩序を乱さぬこと」


 リリアンナは歩きながら、歌うように口を動かす。そして3つの約束を唱えたところで二人の方を向いて止まった。


「これが3つの約束ね。破ったものには程度は変われど何らかの罰が与えられる。それは時に依頼者にも降りかかるし、場合によっては国全体を不幸に巻き込みかねない。だから善良な魔法使いはこの3つに当てはまる依頼は受けないわ。それは覚えておいてね」

「ええ、分かったわ」






 魔法の力は強大で、それは魔法を使わない人々にとっては利益にも脅威にもなり得る。それをよく理解していた魔法使い達はこの国が建国される時、国王と契約を結んだ、と言われる。無用な誹りが自分たちに、そして子孫たちにふりかからないように、だ。


 国王と相談の上、3つの約束を決めた魔法使い達はその持てる力の限りを使って強大な魔法をかけた。それはこの約束を破った魔法使いに程度に応じて罰を与える、というものだ。


 こうして自分たちの力の大きさを見せつつ、同時に国への忠誠も表した魔法使い達は以降、約束を破らないよう注意しつつ、人々に魔法をかけて生活している。






 神妙な顔をして頷くソフィアにリリアンナは「分かれば良し」とばかりに頷きかえし、それから表情を和らげた。


「まあ、人探し、それも同じ街の中の話なら先ず問題ないから安心して大丈夫よ」

「そうなのね。だったら安心したわ。なんだかぼんやりとした中身だし、うっかり破ってしまったら怖いもの」


 そう言うソフィアの言葉は実際に当たっている。3つの約束は明確にこれが駄目、と決めている訳ではない。何が良くて、何が駄目なのか。それを探りながら魔法を使うのもまた魔法使いたちの大事な力だった。


「さて、じゃあ本題に戻って人探しーーなら地図が必要ね。ウィルがいるのはだいたいどの辺りか分かるかしら。絞り込めれば絞り込めるほど、魔法の結果も出やすいわ」

「えーと……私が会ったのはウェルダー・スクエアよ。多分その辺りに住んでいると思うんだけど」

「え! ウェエルダー・スクエア? それは聞いてないぞ」

「東端地区……ね。なんでまたそんなところに?」


 ソフィアが何気なく出した言葉にアルフォンスとリリアンナはあからさまに顔をしかめ、ソフィアはその様子に罰の悪そうな顔をする。唯一表情を動かさないのは先程から扉の辺りで微動だにしない侍女だけだ。


 城から離れるほど庶民の暮らす地区になるアッシェルトン。中でも東の端は顕著に治安がよろしくないことで知られている。観光客を目当てにしたスリ、詐欺師、誘拐犯といった者たちの根城も多く、労働者階級の者でも用がなければあまり近寄りたがらない、と言われている地域だった。


 二人の責めるような視線に「ウッ」と唸りつつもソフィアは


「わざと行ったわけではないわ」


 と弁明した。彼女の話はこうだ。






 その日ガードナー家が支援している教会のバザーを手伝いに行ったソフィア。教会が運営する孤児院の子どもたちが作ったハンカチなどを売り切ったソフィアは予想以上の売れ行きに満面の笑みをこぼす子どもたちに自身もまた嬉しくなった。


 早速お菓子を買いに行きたい、という子供達と共に教会のすぐ近くにある小さな菓子屋へ向かったソフィアと子供たちだが、その途中で一番小さな男の子に突然15、6くらいの少年が勢いよくぶつかってきた。


 何とか男の子は抱きとめて、彼は転ばずに済んだものの、よく見ると彼が大事に握りしめていたはずの布袋が消えている。


「あの子、スリだったのね! 待ちなさい」


「ねえ、待って、まさかあなた……」

「自分で追いかけたのか」

「うぅ、ごめんなさい……。お父様にもお母様にもこっぴどく叱られたわ」

「あったりまえでしょう? なんて危ないことを」


 なんという行動力のお嬢様だろうか。想像以上の内容にソフィアは嘆息した。


「それで、その少年が向かったのが東端地区だったのね」


 もともと教会自体、比較的東にある場所で、東端地区までは10分少々、わりとお転婆なソフィアには十分追いかけることの出来る距離だった。


 もっとも少年は最初から逃げ切るつもりなどなかったらしい。地区に入ったところで突然少年が振り返ったか、と思うと、どこからともなく少年たちが現れて、ソフィアを囲む。そこで彼らの標的が自分に変わっていたことにソフィアは気付いた。


「どうする? このお嬢さん。あんまり金目のものは身につけてないけどよ……」

「誘拐は流石にまずいだろ……まあ、とりあえず金になりそうなものは奪っとくか」


 眼の前の金髪に瞳を揺らしつつ、間髪入れずにリーダー格らしき少年がソフィアの肩に手を伸ばす。


 と、その少年がいきなり吹っ飛んだ


「なんてとこに来てんだよ。馬鹿なのかお前は」


 そう言いながら新たに現れた少年が彼女の手を引く。


「おい! やったなウィル。裏切りかよ」


 そんな声を浴びつつ、ソフィアは必死に脚を動かす。もっともその時間はそんなに長くなく、ほとんど追いついていた護衛が


「お嬢様! こちらです」


 と声を上げ、それに気付いた少年によりソフィアはガードナー家の使用人達に託されたのだった。






「……という訳なの」

「全く、このお転婆娘は……。その少年がいなかったら何をされていたか。それに侍女や護衛を撒くってことは彼らにだって迷惑がかかるってことなんだぞ」


 出先で令嬢を見失ったなど、ということになれば最悪その使用人は解雇されかねない。アルフォンスは厳しい目をソフィアに向けた。


「ええ、それもお父様にきつく言われたわ。幸い今回のことは私が悪い、とお父様は仰って護衛達にはそこまでの罰は与えられなかったのだけど……」

「まあ、ソフィアさんには浅慮を反省頂くとして、つまりそのウィルって子にお礼がしたい訳ね」

「はい……、それにあの子『裏切った』って言われてたわ。もしかしたら私を助けたせいで今頃困ったことになっているかも……」


 そういってソフィアは下を向く。彼女の予想はおそらく当たっているだろう、とリリアンナは考えた。

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