しょうびいろの魔法屋さん

五条葵

こはくいろの人探し

朝の街

 いろの数だけ魔法がある


 そんな言葉で知られているブリーズベル王国。魔法使い達はそれぞれが最も得意としている魔法のいろを掲げ魔法屋を営んでいる。


 古都アッシェルトン。その街の小さな通りに店を構えるしょうびいろの魔法屋もまたその一つ。店主はまだ若い少女、リリアンナ。しかしその魔法の腕は街の人々のお墨付きだ。






 白亜の壁に深緑の屋根、高くそびえる尖塔が美しいアッシェルトン城。古い町並みが売りの観光地として知られるこの街の象徴から続く広い馬車道がいくつもの小さな通りに別れていく辺り、街の中心部から少しだけ外れたところにラベンダー通りはある。

 馬車一台がぎりぎり通れそうな石畳の両脇には似たようなレンガ造りの店がズラリと並ぶ。様々な看板が釣られているが目立つのは観光客を相手にする土産物屋や雑貨屋など。今日も朝から通りはとても賑やかだ。


「名物のジンジャーパンが焼き立てだよ! 1つ銅貨1枚、15個なら銀貨1枚」


「ちょっと……、そこの旅のお方……占いはいかがかね? 銅貨5枚でピタリと当てる……」

「へえ……、本当に当たるのかい?」


「あの……少しお尋ねしたいのですが……あの『魔法屋』というのはなんの店なのですか?」

「おや、おじさんこの国の人じゃあないね。魔法屋は魔法の店さ。魔法で俺たちの困りごととかを解決してくれる……残念ながらまだ開いてねえけどな」


 朝の列車で街を発とう、という旅行者と彼らを相手に一商売しよう、という街の人々。それぞれの声が飛び交う中で中年の旅人が指差す先の店だけは確かにまだ静かなままだ。若者の言葉に残念そうに、しかしせめて中の様子がわからないか、と「しょうびいろの魔法屋」と鮮やかな濃い赤色で書かれた古い看板が吊るされたドアに近寄る。


 と、突然そのドアが大きく開いた。


「大変! また開店時間に遅れちゃう! あら……誰かいらしたのね、ごめんなさい」


 間一髪で扉を避けた旅人に謝るのは栗色の髪を赤いリボンでひとまとめにし、黄色の格子柄のワンピースにシンプルな紺色のエプロン、手にはほうきとちりとりを持った少女。彼女こそがこの魔法屋の店主、リリアンナだ。


 旅人を立ち上がらせ、もう一度謝ってから見送った彼女は店の前に視線を移し、ため息をついた。


 アッシェルトンの春は強い風が吹くことで有名だ。魔法屋の前には土埃や落ちた花びら、さらにはどこからか飛んできた紙くずまでもが散乱していた。


「もう! どうしてこんな日に限ってこうなのよ……よしっ、決めたわ!」


 手にしていたほうきとちりとりを置いた彼女は一度店の中に入る。かと思うとまたすぐに革表紙の立派な本を抱えて出てきた。


 これから掃除をする、というのになぜ本なのか? 通りを歩く旅人達は怪訝そうな顔をし、一方街の人々はまたか、とでも言いたげな呆れ顔。

 もっとも彼女はそんなことは気にも止めず、慣れた様子でページをめくる。目的のページを開いた彼女はぶつぶつと何やら唱えながら、そこに書かれた文字をなぞり始めた。


 するとだんだんと文字が光り始め、そしてその光は次第に強く、そして晴れた日の空のような明るい青色に変わる。やがてその色がはっきりすると、今度ははっきりとした声で呪文を唱えた。


「あまいろの魔法を!」


 その声に応えるかのように光はより強くなり、天高く伸びる。かと思うと、今度はまるで空に反射したかのように地面に向かって放射線状に降り注いだ。


 そしてその光が地面に到達するとだんだんとその色は薄くなり、やがて見えなくなる。


 神秘的な光景に旅人達が呆然としていると、突然通りを突風が吹く。旅人達が慌てて帽子や荷物を押さえる中、風は渦を巻き、そしてまるで意思を持っているかのように埃を巻き上げながら通りを進んでいく。店の前どころか通り全体を器用に綺麗にし終えたつむじ風は魔法屋の前まで戻り、最後に「褒めて!」とでもいうようにリリアンナの周りを一周すると、スッとかき消えた。


「よしっ! お掃除終わりっと」

「リリ! なぁにがお掃除終わりだ。またこんなことに魔法を使って」


 と、満足げに集めれた埃をちりとりで集めていた彼女の頭上に呆れたような声が降ってくる。その聞き馴染みのある声に彼女はキッと顔を上げた。


「うるさいわねアル! 仕方がないじゃない、家事全般苦手なんだから」

「だから、意地張ってないで実家を頼れ、と言っているだろう! 頼んだら侍女の一人ぐらいよこしてくれるだろう?」

「嫌よ、あの家の力は絶対に借りないって決めているのーーってあら、後ろの女の子はどなた?」


 アル、ことアルフォンスは街では知られた貴族の次男であり、リリアンナの幼馴染だ。スラリとした体躯を貴族らしい仕立てのよいコートに包んだ男を見上げていたリリアンナはその後ろに薄い桃色のふんわりとしたドレスに身を包んだ可愛らしい女の子がいることに気付いた。


「ああ……、叔父の知り合いでな、俺がここに来た理由。ソフィア、ご挨拶を」

「はい、兄様。はじめまして、ガードナー伯爵が娘ソフィアと申します。以後お見知りおきを」

「しょうびいろの魔法屋の店主、リリアンナよ、どうぞよろしく」


 指先から足先まで意識された、美しいカーテシーは上流の証。さらにその半歩後ろではここまで微動だにしなかった侍女らしき女性もお辞儀をする。リリアンナも釣られてワンピースの裾を摘み、普段はしない上流の挨拶をした。


「ところでガードナー嬢はどうしてここに? ここはあまり貴族のお方がいらっしゃるような場所ではないのだけど」

「どうしても魔法屋に頼みたいことがあるんだってさ。それで魔法屋を紹介して欲しいって言うから」

「もちろんお代も用意しているわ。金貨一枚よね」


 そう言ってソフィアはドレスの隠しからきらりと光る金貨を一枚取り出した。


「そう……つまり小さなレディはお客様、という訳ね。良いわよ、とりあえずどんな依頼か聞きましょうか。さて、今日はなにいろの魔法がお望みかしら?」


 リリアンナは魔法屋お決まりのセリフを口にした。






「ウィルって男の子がいてね、この前助けてくれたの。でもお礼を言えなかったから魔法で探してほしいの! ただしお父様とお母様には内緒で」


 微笑みながらソフィアの話を聞き始めたリリアンナだが、その内容に段々と笑みが強張りだす。


「えぇっと……人探しは良いけど、ご両親に内緒というのはちょっと……。後で問題になっても困るし」

「だってお母様もお父様もあの子を探してってお願いしても絶対駄目! って言うんだもの」


 そう言ってソフィアは地団駄を踏むが、リリアンナとて貴族相手にトラブルなどなりたくない。思わず彼女から視線を反らすと、ソフィアは目に涙を浮かべてさらに言い募った。


「どうしてみんなウィルを探してくれないの? 助けてくれた人にはお礼をするのが当然じゃないの?」


 少し涙も浮かべつつそう言い募るソフィアの言葉にリリアンナは「あら?」と顔を上げた。


「名前はわかっているの? じゃあ魔法屋に頼むまでもないんじゃないかしら? それにどうして恩人なのに探しては駄目っていわれるの?」

「名前は教えてくれたんだけど、住んでる場所は教えてくれなかったの……というか住所がないんだって……」


 最後はすこし声が小さくなるソフィアの言葉にリリアンナはハッとし、アルフォンスは苦笑いを浮かべる。


「そう……ウィルという子は彼女が街でスリにあいそうになったのを助けてくれたらしいが……下町のかなり貧しい暮らしをしている子らしい」

「二人共『そんな子に関わってはいけません!』って言うの」

「ソフィアの両親ぐらいの年齢だとまだまだ階級至上主義の人間も多いだろうな」


 苦いものを食べたような顔のアルフォンスにリリアンナもまた表情を歪め、自分が家を飛び出した理由を思い出した。






 はっきりした階級社会であるブリーズベル王国。最近でこそ少しずつその差がなくなりつつあるが、それでもなお、その属する階級によって仕事や暮らしぶりから使う言葉までも違うのが現状だ。そしてそんな階級をことさらに重視する人は中流以上の人を中心に一定数いる。


 何を隠そう彼女の両親もそんな階級至上主義の人間。二人は有力な貴族であると同時に優秀な魔法使いなのだが、上流階級からの依頼ばかりを受け、特に自分達よりも高位の人間の依頼であれば、禁忌とされている魔法を使うことすら厭わなかった。


 いろの数だけ魔法がある、と言われる程魔法の数は無数にあるが、禁忌とされる魔法も多いーー例えば死者を蘇らせる魔法などがそれだ。


 しかしリリアンナの母は彼女が15歳のときに国王の依頼に応じて病で死の床にいた王妃を救いーーこれもまた禁忌とされているーーそのせいで命を失った。


 禁忌を使用させた王家と、それ以上にその依頼を王家の頼みだから、と断らなかった両親を恨んだリリアンナはその時以来、父親と疎遠になった。そしてその溝が埋まらないまま2年後に家を飛び出した彼女は、この下町で魔法屋を営む変わり者の遠い親戚の家に転がり込んで今に至っている。






「リリアンナさん……、リリアンナさん!」

「あっ! ごめんなさい」

「大丈夫……ですか? なんだかとっても怖い顔をしていたわ」

「ううん、なんでもないわ。少し考え事をしていただけよ」


 そういってリリアンナは慌てて笑顔を作る。貴族であれば誰でも恨んでいる訳ではないリリアンナはこの幼い少女を怯えさせるのは本意ではなかった。


「それで……その恩人の子を探せば良いのね。わかったわ、その依頼お受けしましょう」

「え! 本当に? 良いの?」

「ええ、あなたの話に興味が湧いてきたわ。……でも魔法使いだからってどんな魔法でも使えるわけではないわよ」

「ええ! わかったわ」


「じゃあ、お店で詳しく話をしましょうか?」


 そう言ってリリアンナはソフィアの手を引き、店のドアを開けるのだった。

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