第45話 呪いにいざなわれしは

 真っ黒な爆風、のち、地面に倒れこむレインの姿。

 俺はきしむ体をようやく起き上がらせ、倒れたレインのもとに這っていく。死ぬな、死ぬな、死ぬな!


「レイン、レイン!?」


 俺の呼びかけに、レインはゆっくりと目を開けた。赤色、と、紫。

 レインの右目だけが、赤く色を変えていた。ファルセダ――いや、マルディシオンの呪いが成功したということなのだろうか。

 レインを覗き込む俺のもとに、カスアリダーが走り寄る。


「レイン、無事ですの!?」


 カスアリダーはしゃがみこんでレインを見てほっと息をついた後、ゆらりと立ち上がり、マルディシオンの方をにらみ見る。


「お兄さま、レインに何をしましたの?」

「ああ、リダ。誤算だったな。ヨミを殺すつもりだったのに」


 マルディシオンは顔をゆがめ、俺の方を見下ろしながらいう。カスアリダーは、そんなマルディシオンに右手をかざすと、宙に文字を書き始める。シャーマンの術だ。

 カスアリダーが宙に描いた文字はやがて緑色にひかり、霊獣へと姿を変える。霊獣はカスアリダーの合図とともに、マルディシオンの元へと飛んでいく。だが、マルディシオンはそれを右手の一振りで消し去った。


「お転婆はよくないね、リダ」


 そう言ってマルディシオンは右手をカスアリダーにかざす。カスアリダーの体が何かに縛られたかのように動かなくなり、その場に倒れた。


「んん、んんん!」


 口までふさぎ込まれたようで、カスアリダーはもう何も手出しができない状況だ。そして俺はと言えば、先のマルディシオンの謎の術によって体を締め上げられたため、痛みで体がまともに動かない状況だ。

 何か打開策はないだろうか。自分だけならまだしも、レインを巻き込むわけにはいかない。いや、すでに巻き込んでいる状態だが、なんにしてもマルディシオンの標的は、俺なのだから。

 俺はレインとマルディシオンの間に立ち、左手をマルディシオンに向かってかざす。マルディシオンは眉一つ動かさない。


「そうそう、ヨミ。その娘は、本当に恐ろしい娘だね。さっきその娘は、僕の呪いを一部ではあるが『中和』したよ。……ああ、よく考えたら不思議ではないか。『君たちの』呪い絶ちの太刀は、アベだけでなくエニシの魂も食らっていたんだった。その太刀を取り込んだ僕の呪いだ、エニシの生まれ変わりに効くわけがない。命拾いをしたな、ヨミ」


 くっく、とさもおかしそうに笑うマルディシオンに殺意さえさわく。俺は左手に霊力を集め、その力をマルディシオンに向けて放つ。だがマルディシオンはそれをやはり右手の一振りでかき消してしまう。化け物かよ。

 俺は今度は連続で霊力を放つ。バンバンバンと音がして、マルディシオンは煙に包まれる。さすがに少しは効いたか……? だがそう簡単にはいかなかった。

 煙が晴れた先にいたマルディシオンは、まるで無傷だ。


「ああ、なんだ君って、その程度だったのか。そうかそうか……」


 マルディシオンは舌なめずりをして、笑っている。ぞっと背筋が凍り付く。殺される、そう思わされたのだ。

 足がすくんで身動きすら取れない俺の目の前に、マルディシオンの姿が現れる。相変わらず速えなおい。

 俺は死を覚悟して目を閉じた。だがマルディシオンは俺に何もしてこない。ゆっくり目を開ければ、そこにあった灰色の目と目が合う。


「……ここで殺すのも手だが、ヨミ、気が変わったよ。こんなに弱い君だ、殺すほどの価値もない。そう、それからね。レインは即死は免れたけれども、その呪いは徐々に体を蝕んで、やがて死ぬ日が来るだろう」


 マルディシオンはそういうと、右手をパチンと鳴らす。途端にマルディシオンの姿は消えていく。まるで手品だ。呪いを取り込んだマルディシオンの力は、計り知れない。

 マルディシオンが消えれば、カスアリダーは体の自由を取り戻す。体を起き上がらせ、地面に座り込んだまま唇をかみしめている。無理もない、あのファルセダ――マルディシオンか、が、自分を裏切ったのだから。

 俺は後ろを振り返る。レインはいまだ、動ける状況ではないようだった。

 しゃがんで、レインを膝に抱く。


「レイン、レイン。動けるか?」

「う、ん……ヨミ、あのね――」


 レインは目を開けると、俺に向かって笑いかける。なんでこんな状況で笑ってんだよ。俺はレインの頬に手を当てる。


「何笑ってんだ、馬鹿」

「馬鹿ってひどいなあ……あのね、ヨミ、リダも聞いて」


 レインの声は小さく弱弱しい。いつものはつらつとした元気さはない。それでもレインは、かすれた声で続けた。


「あのね、ファルは、今はただ、呪いに飲まれているだけなんだよ……本当はね、ファルはこんなことしたくてしてるわけじゃなくて。だから、リダ、気を落とさないで? みんなで、ファルを救う方法、探そう?」


 レインはそれだけ言うと、力尽きたかのように気を失った。念のため手を口元に当て、呼吸を確認した。ちゃんと息はしているようで、安堵からため息が漏れた。

 レイン、お前は本当に馬鹿な奴だ。呪われてなお、そんなことを言うなんて。だがあいつを殺さずに、どうやって俺におまえの呪いを解けというのだろうか。

 そういえば、そうだ。カスアリダーの呪いのように、呪詛返しをすればいいのではないか?


「カスアリダー、レインの呪いだが、お前の呪詛返しで、どうにかならねえのか?」


 一縷の望みだ。だが世の中そう簡単にはいくはずもない。カスアリダーは表情を曇らせ、首を横に振った。


「私もそうできたならどんなに良かったか……お兄さまだけの呪いならまだしも、『ある魔女』の呪いと、『アベ』の呪いが混ざっていては、複雑すぎて私には手に負えませんわ」


 カスアリダーは肩を落とす。悪いとは思ったが、今の俺には慰める余裕などなかった。

 そうなると、やはり『呪い絶ちの太刀』に頼らざるを得ないということか。マルディシオンの体の一部で作った、新たな俺たちの呪い絶ちの太刀で――。

 俺は膝の上に眠るレインの頬を撫でる。雪のように冷たい。

 レイン、レイン。やっぱりお前は馬鹿なやつだ。お前が死んだら、俺はこの先どう生きていけばいい?

 もう、独りは嫌だ。俺はお前のためなら、人殺しにだってなれる。


「悪いがファルセダは俺が殺す」

「そうはいきません。お兄さまは私が、この手で殺します」


 俺とカスアリダーの声が、更地に妙に響いたような気がした。

 曇天の空から雪が舞い落ちる。まだ初冬だというのに雪は勢いを増していき、俺の、カスアリダーの、レインの体を冷たく凍てつかせていった。



――――――――

第二部完結です!

ここまでお読みいただきありがとうございました!


補足

ファルセダ……スペイン語で「偽り」

マルディシオン……スペイン語で「呪い」

カスアリダー……スペイン語で「(奇妙な)縁」

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