第46話 オーヴェとの再会

 ファルの呪いを受けてから、私は二日ほど寝込んでいたらしい。

 目を開けたら、憔悴しきったヨミの顔があった。


「レイン、馬鹿……」


 ヨミは私の手を握りしめ、震える声で言った。なんだ、大袈裟だなあ。


「ヨミ、私は大丈夫。生きてるよ」


 笑って言ったものの、ヨミの眉間にシワが寄るのがわかる。

 私たちの声に気づいたのか、部屋にリダが入ってくる。

 リダの顔は薄暗く、いつもの元気な感じはない。


「レイン、目が覚めましたの?」

「リダ、心配かけてごめんね」


 リダは私を見て微かに笑う。その笑顔はやっぱりいつものものとは違う、どこか暗いものだった。

 私はそういえば呪いを受けたけれど、何の呪いだったのだろうか。

 今こうして生きているということは、死に関する呪いではなかったのだろうか。


「ヨミ、リダ。私、呪われたの?」

「……」


 ヨミは私から顔をそらし、リダはその場に立ち止まりうつむいた。

 『違うよ』、言わないってことは、私はやっぱり呪いをかけられたのだろう。

 ベッドを降りる。足にうまく力が入らず、よろけた。

 転びそうになった私を、ヨミが支える。

 私はヨミに支えられながら、そばにある荷物まで歩き、鏡を取り出す。

 赤い目と、紫の目が写る。私の右目が、赤色になっていた。呪いの証だ。

 私を支えるヨミの顔が、鏡越しに見える。


「徐々に呪いに侵食されて……最後には死ぬらしい」


 鏡越しに、ヨミが平淡に言った。徐々に、死に向かうのか。そうか、今はまだ、死なないのか。

 私の顔は、笑っていた。どのくらいかは分からないけれど、私はまだ、生きられるのだから。


「レイン?」


 ヨミは私の顔を見て、驚きの声をあげる。

 鏡の中のヨミは、鏡に写る私の目をじっと見ている。


「だって私、まだ生きられる。それって、幸せなことだよね」


 言ってて涙が溢れた。それでも確実に、呪いは私を蝕むって、この赤い瞳が物語っていたからだ。

 生きていることは、うれしいけれど、死までの期限が見えてしまうのは、とても怖い。


「ああ、泣くな馬鹿……」


 泣き出した私を、ヨミが抱き締めてくれた。あったかい。生きていることを実感する。

 私はヨミの胸に顔を埋めて本格的に泣き出した。

 リダは、私たちを気遣うように、そっと部屋から出ていった。

 窓の外は、雪が降っていて、地面を白く染めていた。



 あらかた泣き終えた頃、寝室の外からリダの慌てた声が聞こえた。

 ベッドに座る私も、隣の椅子に座るヨミも、リダの声にドアの方を向く。


「あなた、誰ですの」

「いいからヨミに会わせたまえ」


 そうして寝室のドアが勢いよく開け放たれた。

 見慣れた顔、懐かしい顔。

 開け放たれたドアから入ってきたのは、オーヴェさんだった。

 オーヴェさんは私を見て安心したような、悲しそうな、複雑な顔をした。

 カツカツカツカツ、オーヴェさんはなにも言わずにヨミのもとへ歩くと、おもむろにヨミの胸ぐらをつかんだ。


「オーヴェさん!?」


 胸ぐらをつかんだオーヴェさんは、次にはヨミの頬を拳で殴る。

 ガツ、鈍い音とともに、ヨミが床に飛ばされる。

 床に倒れたヨミは、なにも言わずに起き上がり、切れた唇の血を、親指でぬぐう。


「ヨミ、お前がついていながら、なぜレインがこんな目に遭っている? お前は何をしていたんだ!?」


 オーヴェさんは声を荒らげていた。こんなオーヴェさんは、初めて見た。オーヴェさんはいつも冷静で、明るい人だ。

 ヨミはゆらりと立ち上がると、オーヴェさんの胸ぐらを弱々しくつかんだ。


「わかっ、てるよ」


 か細い、ヨミらしくない声だ。


「なにを分かっているというんだ?」

「俺が! 俺のせいでレインが呪われたこともっ! 俺の弱さが敗北を招いたこともっ! 俺の甘さが呪い絶ちの太刀を奪われることになったのもっ! そうだ、俺が全部悪い……!」


 ヨミの怒号が部屋に響いた。『俺のせい』、ヨミはそう、自分を責め立てている。だけど違うんだ、違うんだよ、ヨミ。

 私はベッドを降りて、オーヴェさんの胸ぐらをつかむヨミの手をそっと握る。


「ヨミのせいじゃないよ。私のわがままだから」

「レイン?」


 オーヴェさんが私を見て口を開く。

 ヨミはオーヴェさんの胸ぐらをつかんでいた手を離す。

 私は二人の間にたっている。私は二人を交互に見た後、大きく息を吐いて、続けた。


「だって、私はヨミに死なれたくなかったの。だから飛び込んじゃっただけで。死ななかったんだし、結果オーライでしょ?」


 つとめて明るく言ったのに、ヨミの顔は相変わらず暗いままで、オーヴェさんはといえば、ため息をついて私の頭に手を置いた。

 その目は、私のすべてを見透かすような目だ。オーヴェさんは予言者だ。私のことなんてお見通しなのかもしれない。


「レイン、それは結果論だ。マルディシオンは、『死の呪い』をかけようとしていたが、レイン、君の呪詛返しの力が、呪いを弱めた。だけど君の余命は、持って一年だ」


 オーヴェさんの言葉が胸に刺さる。頑張って笑っていたけれどその笑顔を保てなくなる。

 一年か。思ったより長いんだな。いや、短いのかな。

 よくわからなくなって、私はその場にうつむいた。今私は、どんな顔をしているだろう。見られたくないな。


「レイン、それでも僕は、希望を捨ててはいないからね」

「オーヴェさん?」


 私はうつむいていた顔をあげる。オーヴェさんは、笑っていた。

 それがなんだかあったかくて安心して、私の目に涙が溢れる。さっきあれだけ泣いたというのに、涙は止めどなく溢れる。


「怖かったね、レイン。よく頑張った」


 オーヴェさんは、私の両頬を手で包み、親指で私の涙をぬぐう。

 頑張った、そうだ、私は怖かった。死にたくなかった、死なせたくなかった。

 今思えば、なんて無謀なことをしたのだろうか。今生きていることが奇跡に近い。


「レイン。ヨミもまた、怖かったんだよ?」


 オーヴェさんは、私の両頬から手を離し、言う。

 ハッとした。私は自分のことしか考えていなかった。私が怖かったのと同じように、ヨミもまた、怖かったに違いない。

 人の命は、そんなに軽いものではない。

 万が一、私が呪いで死んでいたら、ヨミには一生消えない傷を負わせてしまうところだった。

 私はヨミの方を見る。相変わらず暗い目をしたヨミは、私の目をまっすぐに見ている。

 その目には、恐怖が写っていた。


「ごめんね、ヨミ。心配させて……私、自分勝手だね」

「生きていてくれただけで、それだけでいい」


 ヨミは力なく笑った。弱々しい笑顔は、私の胸を締め付ける。いつもの強気なヨミの面影はない。


「それで、ヨミ、レイン。僕は君たちを救うためにここに来た」

「オーヴェさん?」


 私とヨミは、オーヴェさんの方を見る。そういえばそもそも、オーヴェさんがなぜここに現れたのかという疑問を抱くことを忘れていた。


「レイン。君の呪いを絶つ太刀の可能性について、だ」


 オーヴェさんは真剣な眼差しで私を見ている。灰色の瞳はどこまでも清んだきれいな光を放っていた。

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