第43話 呪いの行方

 話を終えたリダは相変わらずボロボロと涙をこぼしている。

 リダはファルが実の兄ではないことを知っていたと言っていた。リダは時々、ファルとの思出話をするとき、何かに気づいたようにハッとすることがあった。そしてファルもまた、リダとの昔の話をするとき、話題をそらすことがあったから、私はなんとなく納得してしまっていた。点と点がつながった感じだ。

 それでもファルは、本当に悪い人なのだろうか。私はファルが時おり憂いを帯びた表情をしていたことを知っている。


「お兄さま、私はお兄さまを信じたいっ!」


 リダの悲痛な叫びに、私の後ろにいるファルは声をあげて笑った。


「はっ、あははっ。信じる? 僕を? なあリダ、僕はお前を利用しただけなんだよ。呪い絶ちの太刀を手にいれるために、お前の記憶を呪いで弄ってね」


 ファルの声は、可笑しくて笑いをこらえるように、震えていた。

 ファルの言葉にリダは目を瞑り地面に膝をついてうつむいた。裏切られた絶望と、現実を信じたくない、きっとそんな感情に押しつぶされてしまったのだろう。うつむくリダは、声を殺して泣いていた。肩が震えている。

 ファルはひとつ息を吐くと私を捕らえる腕に力を込め直した。


「それでヨミ、早くその呪い絶ちの太刀を渡したまえ」

「ファルセダ、お前は何を企んでいる? 呪い絶ちの太刀を手にいれたところで、なんになる?」


 ヨミは時間を稼ごうとしている。何か良い手はないかと探しているのだろう。右手は相変わらず背中に担いでいる呪い絶ちの太刀を握りしめている。だけどその顔にいつもの余裕はみじんもない。額からは汗が流れ落ちている。

 そんなヨミを見て、ファルはまたひとつ息を吐いて、口を開いた。


「言っただろう。僕には呪い絶ちの太刀の本当の力がわかる、と。呪い絶ちの太刀を我が身に宿らせて、アベの力と、『ある魔女』の力を手にいれるのさ」


 ファルの言葉は、冷たく平淡なものだった。それだけに、私の耳に刺すように入ってくる。アベと『ある魔女』の力を手にいれるって、つまりはどういうことなのだろうか。

 私には想像すらできないことなのに、ヨミは理解したように口を開く。


「呪い絶ちの太刀を、自身に突き立てるってことか……?」

「ご名答」


 ファルは、くっく、とまるで悪役のように笑いを漏らした。いや、もうファルが悪なのは紛れもない事実なのだけれど。まだ私は受け入れられていない。

 後ろにいるファルの表情を横目で見る。やっぱり、いつものファルと変わらないように見えた。灰色の瞳には憂いが浮かび、無表情を装っているがそれは作ったものにしか見えなかった。


「ああ、そうだレイン、君は呪い絶ちの太刀がどこにあるか『見えた』んだったね。それがなぜだかわかるかい? 僕に仕える『霊』の情報を、君に見せたのさ。君たちの呪い絶ちの太刀だ、君に見せたほうが場所がはっきりすると思ってね」


 クスクス、笑うファルは、私の動揺をさらに大きくした。つまりは私もまた、ファルに利用されていたということなのだろうか。私のせいで、呪い絶ちの太刀の場所を、ファルに知られてしまったのか。ファルは相変わらず私の後ろで冷淡に笑っている。

 ヨミはいまだ笑うファルに叫ぶように言った。


「呪い絶ちの太刀の力を手に入れるなんて、出来るはずねえ……破滅するだけだ!」

「出来るさ! 僕は呪い絶ちの太刀の呪いになんか支配されないからね。知っているだろう、僕は呪詛返しは得意なんだ。さあ、呪い絶ちの太刀を渡せ。この娘が死ぬ前に」


 止まっていたファルの足が動き出す。一歩ずつヨミのもとへと歩き出した。私も一緒に、ファルに押されるように足を動かす。

 やがてファルと私とヨミの距離は、一メートルまで縮む。目の前にいるヨミは、苦い表情をして、呪い絶ちの太刀を握る右手を動かし、呪い絶ちの太刀を背中から前に持ち直した。


「ヨミ、渡しちゃダメっ!」

「レイン……俺は……」


 弱々しい声だ。ヨミは私を見たあと、目を伏せて呪い絶ちの太刀を地面に投げ捨てた。ガラン、音がして、赤く光っている。

 ファルは私を捕らえたままに、ヨミが投げた呪い絶ちの太刀を拾うと、私を突き飛ばすように解放した。私は、足手まといだ。

 二本目の呪い絶ちの太刀を手にしたファルは、私たちから距離をとり、高らかに笑った。


「ははは、あはは! 手にいれた、呪い絶ちの太刀を二本とも。さあ、始めよう」


 右手に私たちの呪い絶ちの太刀、左手にエンダーさんの呪い絶ちの太刀を持ったファルは、その切っ先を自身に向けて、何かを唱えている。

 キリキリキリキリ、呪い絶ちの太刀が鳴いている。耳をつんざくような音に、思わず耳を塞いだ。その間も、ファルは何かを唱え続けている。

 やがて二本の呪い絶ちの太刀が赤く光り出す。


「呪い絶ちの太刀に宿りし魂(呪い)よ、我が身に宿りて、我が血となり肉となれ」


 ファルの言葉が終わると、呪い絶ちの太刀が吸い込まれるようにファルの胸、心臓の辺りに飲み込まれていく。

 体を貫くのではない、呪い絶ちの太刀を呑み込んでいるのだ。

 風が吹き荒び、やがてファルの体に稲光が貫いた。


「がっ……」


 呻き声をあげたファルは、その場によろめく。失敗したのだろうか……? だけど次には私たちの方を見て、笑っていた。

 私はファルのその顔に、ゾッとした。ファルはファルではなくなった、そう感じさせるくらい、別人のような表情をしていたのだ。灰色の瞳は冷たく光り、口元は弧を描いているが、それは冷たいものだった。


「ファル……?」

「ふふ、あははっ。素晴らしい、素晴らしい力だ!」


 ファルは左手を横にかざし、ぼう、と黒い玉を草のはえた地面に飛ばす。ごおお、と音がして、一面は抉れる。すさまじい力だ。アベと『ある魔女』の両方の力を得たのだ、それくらいはできて当たり前なのかもしれないけれど。

 そして私はあの黒い玉には見覚えがある。そう、アベと同じ力だ。

 ファルは私とヨミの方を見て、顔をしかめた。


「どうだいヨミ、素晴らしい力だろう! 僕は呪いには飲まれなかった。それにしても……」


 ファルはいまだうつむくリダを見た。ふ、とファルの顔が緩んだ気がしたけれど、それも一瞬で、ファルはヨミと私を見て続けた。


「ヨミ、お前のせいで計画が台無しだ。リダの呪いを解いたら、リダは故郷に返すつもりだった。だがリダは、お前に好意を寄せている」


 ファルは空をあおいだかと思えば、ヨミの目の前に現れる。速い。

 そしてファルは、ヨミの腹を思い切り蹴り飛ばした。ヨミは数メートル先に飛ばされる。


「ヨミっ!」

「動くな」


 ヨミに駆け寄ろうにも、ファルの言葉に阻まれた。冷たい目が私を写している。ファルはファルではなくなったのだと実感させられる。ファルはこんな冷たい目、しない。

ごほ、と腹を抱えるヨミを見る。良かった、死んでいない。この先どうすればいいのか、私はない頭を総動員させる。だけど頭に浮かぶのは、どうにか説得はできないだろうか、などという、甘い考えばかりだった。


「ヨミ、お前がリダの気持ちに応えることはないと、知っていた。だから僕は、レイン。お前の心を変えようとしたんだがね。お前もまた、心を変えることはなかった」

「ファルセダ……?」


 リダの話をするファルは、微かにだけれどまだ優しいままのファルを感じた。ファルにとってリダは本当に大切な存在なのだろう。現に、リダを見るときだけは、ファルは少しだけ正気に戻っている気がする。

 ファルは今、呪いに飲まれているけれど、もしかしたら、ファルを元に戻せるかもしれない、そう思わせるには十分だった。


「ファル、呪いに飲まれちゃダメ!」


 私の言葉に、ファルは頭を押さえる。


「くっ、うるさい。うるさいうるさいうるさい!」


 ファルは数メートル先にいるヨミに右手をかざす。ヨミの体が締め付けられたようにぎしぎしと軋んだ。

 まるで歯が立たない。と言うよりも、ヨミは動揺から動けないのかもしれない。私もまた、動揺して動けないのだ。ファルがこんなことをするだなんて、信じられない。呪いを取り込んだなんて、信じられない。これはファルの本心からの行動なのか、あるいはとりこんだ呪いが暴走しているのか。


「ヨミ、お前さえいなくなれば、師匠との約束が守れたというのに!」


 やがてファルは、ヨミをいたぶるのをやめ、左手をヨミにかざす。先程より大きい黒い玉が、左手の前に膨らんでいく。あれはきっと、呪いだ。

 ヨミは、避ける様子を見せない。先程の締め付けで、体がうまく動かないようだ。呻き声をあげながらも、目はしっかりファルを捉えている。


「ヨミ、消えてくれ」


 ごおお、と音を立て、黒い玉がゆっくりとファルの右手を離れていく。

 ダメだ、させるか。震える足を無理矢理動かす。転びながら、地面を這いながら、私はヨミの元へと急いだ。時間にして五秒、だけど私にはもっと長く感じられた。

 ヨミを失ってたまるか。まだ死にたくないってさっき思ったばかりだけれど、それでももっと怖いのは、大好きな人を失うことだ。

 私は左手に力を集める。他の誰でもない、ファルから習った呪詛返しの力だ。

 そして私は、呪いの玉の前に立ちはだかり、左手をかざす。

 ジジジジ、私の呪詛返しに黒い玉は音を立てたけれど、無くなることも跳ね返されることもなかった。失敗か。ああ、呪詛返し、もっと真剣に練習しておけばよかったな。そんなことを思う余裕があることに、自分でも驚いた。

 やがて呪いの玉は、私の体を飲み込む。真っ黒に包まれた瞬間、私の頭の中に映像が流れた。

 それは、ファルの記憶だった。

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