第40話 イッタリの地で起きる

 こんな形で故郷を訪れる日が来るとは思いもしなかった。

 イッタリに入って数日、私は落ち着かない毎日だ。着々と私の家の跡地に近づきつつあるけれど、私は未だ腑に落ちなかった。呪い絶ちの太刀は、何で私を呼んだのだろうか。


「レイン、お前大丈夫か?」

「え、ヨミ?」


 ヨミは私の額に手を宛てている。どき、と心臓が跳ねた。


「大丈夫かって、私は元気だよ?」

「ならいいが。顔色、悪いぜ?」

「え? ああ、季節的なものじゃない? もう冬に入ったからね」


 誤魔化すように笑って言えば、ヨミは眉間にシワを寄せた。

 そんな風に見ないでよ。私は大きく息を吐き、口を開いた。


「なんで呪い絶ちの太刀が、私を呼んだのかなぁって」


 正直に言えば、ヨミの顔まで暗いものになる。ヨミだけじゃない。ファルもリダも暗い顔になっていた。


「レイン、それは呼ばれたというより、『見えた』のではないでしょうか」

「『見えた』?」


 私が聞き返せば、リダは続ける。ファルはどこか遠くを見ている。


「ええ。予知とかそういう類いなのかと」

「予知?」


 私は首をかしげた。予知だとしても、私にそんな力はない。予知というと、エニシは確か、未来視が得意だったとヨミから聞いた。

 私はレインなのだろうか。エニシなのだろうか。


「お前はえにしじゃない、レイン。だからそれは未来視じゃなくて、他のなにかだ」


 ヨミが断言するように言った。リダをひとにらみして、私の方を見ながら。

 ヨミはエニシのことになると、少しだけ取り乱す。やっぱり今も、大好きなんだろうな。

 私は作り笑いを貼り付ける。


「そうだよ、リダ。私に予知なんかできるわけないじゃない」

「……そう、ですわね」


 どこか納得いかないという顔だ。だけどリダはそれ以上はなにも言わなかった。ファルはといえば、私たちを見て憂いの表情を浮かべている。なんだか、みんながみんな、少しへんだと思った。



 しばらく歩いて、私たちは私の家の跡地にたどり着く。更地のそこは、まだだれも買い取っていないようで、草がはえていた。


「で、来たのはいいが、どこにあるんだ」


 ヨミは焦っているように見える。それもそうだ、こんな場所に呪い絶ちの太刀が転がっていたら、誰かが拾って持っていってもおかしくない。

 私は記憶をたどる。そう言えば、呪い絶ちの太刀は私の目の前に『現れた』のだ。そう、どこからともなく。


「レイン、もしかしたら、君が望まなければ、呪い絶ちの太刀は現れないんじゃないか?」

「ファル……?」


 ファルはまるで知っているかのような、私の心を見透かしたかのような物言いだ。ファルはまた、霊を使って私の心を見たのだろうか。いや、今はそんなこと、どうでもいい。

 私は目をつぶり、左手を胸の高さにあげる。

 ――呪い絶ちの太刀よ、私のもとに来なさい

 心の中で呪い絶ちの太刀に呼び掛け、目を開いた。

 かざした左手の前に、赤い霧が集まっていき、それは太刀の形を作っていく。

 やがて形を現したそれは、間違いなく私たちの呪い絶ちの太刀だった。

 私は宙に浮かぶ太刀を手に取ろうと一歩足を踏み出した。だけど次の瞬間、私の体が後ろに引っ張られ私はバランスを崩す。

 バランスを崩した私の背中を支える体と、私の首にあたるひんやりとした感触。驚き目を見開くリダとヨミの顔。


「ファルセダ?」

「お兄さま?」


 私は後ろから捕らえられ、首に呪い絶ちの太刀を突き付けられていたのだ。ファルに。

 何が起きたのか理解するのに少しの時間を要した。ファルがなぜ、私に呪い絶ちの太刀を突き付けているのだろうか。ファルは、……敵だったのだろうか。


「ファル……どういう……」

「どうもこうもないよ。ヨミ、この娘の命が惜しければ、背中に担いでいる呪い絶ちの太刀をわたしたまえ」


 ファルの声は、悪役のそれと同じくらい低く、まるでファルの声ではないように聞こえた。

 ファルはヨミに、エンダーさんの呪い絶ちの太刀を渡せと迫っている。なんで、なんで。やっぱりファルは、敵だったのだろうか。そんなはずない、そんなはずないと心が否定しているけれど、それでもこの状況からすれば、ファルが私たちの味方ではないことは明らかだ。


「ファルセダ、お前いったいなにもんだ?」


 ヨミの問いにファルは狂ったように笑い出す。ファルの笑い声が私の耳に響いた。初冬の風が、私たちに冷たく吹き付ける。まだ初冬なのに、空には雪雲が立ち込めている。やっぱり今年は、いつもと違う、そんなどうでもいいことばかりが私の頭の中をめぐる。いまだ現実を受け入れられないのだ。


「なにもの? ああ、だって僕は、リダの兄なんかじゃあないよ。まことの名をマルディシオン。僕は、そう。呪い絶ちの太刀の呪いをこの身に欲するもの、さ」


 ファルの言葉に、リダは地面に膝をつけてうつむいた。涙をこらえているのだろう、その体は震えていた。いや、裏切られた怒りに震えているのか、あるいは両方かもしれないけれど、私には確かめるすべがない。

 ヨミはファルをにらむように見ていたけれど、私という人質のせいで、身動きがとれずにいた。じりじりとファルはヨミとの距離を詰めていく。ヨミは後ろに引くに引けず、ファルをじっと見続けている。


「リダ、ショックだったかい?」


 距離を詰めながら、ファルはリダを追い詰めるような言葉を言う。リダは地面についた手をぎゅっと握りしめる。地面の土に、リダの爪痕が残る。

 ファルは相変わらず私を盾にして、ヨミとの距離を縮めている。


「私、は――」


 リダは力を振り絞り、立ち上がると、真っ直ぐにファルの方を見た。目には涙がたまっていて、私まで泣きたくなる。

 リダは大きく息を吸い、笑った。


「私、お兄さまが私のお兄さまではないこと、知っていましたわ」

「え、リダ?」


 それはきっと強がりではない。リダの顔を見ればわかる。それでもなお、ファルを信じている、そんな顔だ。ファルとリダは、どういう関係だったのだろう、兄弟じゃないのに、なんで『お兄さま』と呼んでいるのだろう。

 だけどリダが、ファルが実の兄ではないと知っていたということは、ファルの目的も知っていたのだろうか。


「私は、お兄さまがこんなことを考えていたなんて、知りませんでした。ですが、お兄さまの好きにさせるわけにはいきません」


 リダは右手をあげ、宙に文字を書き出すが、それはファルの声によって阻まれた。


「動くな! 動いたらこの娘に呪い絶ちの太刀を突き立てる。そうなればこの娘は、呪い絶ちの太刀の呪いで死ぬだろうな」


 ぐぐ、っとファルの手に力が入った。私の首に突き付けられた呪い絶ちの太刀は、今にも私ののどを突き刺さんばかりだ。

 それでも私は、いまだ恐怖を感じていない。なんでなんだろう。まだどこかで、ファルを信じたいと思っているからなのだろうか。


「さあ、ヨミ。背中の呪い絶ちの太刀を渡せ」

「くっ……」


 ヨミはそっと右手を動かし、その手で背中に担いだエンダーさんの呪い絶ちの太刀を握った。ヨミの額に汗が浮かんでいるのが見える。ヨミは呪い絶ちの太刀を握った手に、確かめる様に力を籠めたあと、大きく深呼吸する。


「レインは、解放するんだろうな……」

「ああ、呪い絶ちの太刀さえ手に入れば、この娘は用無しだからな」


 ファルとヨミのやり取りに、緊迫した空気が張り詰める。だけどその空気を壊したのは、リダの声だった。


「お兄さまっ!」


 リダの目からはとうとう涙が溢れ出していた。ヨミはリダの方を見て目を見開く。私の後ろにいるファルも、きっとリダを見ているに違いない。私を捕まえる手が緩んだからだ。


「お兄さまは私のお兄さまではないですけれど、私のことを大切にしてくれたじゃないですか!」


 リダはボロボロと泣きながら、昔の話を始めた。ファルはなぜだかリダの言葉を遮ることはなかった。


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