第39話 呪い絶ちの太刀を探して

 エンダーさんから呪い絶ちの太刀を受け取り、私たちはイッタリに向けて歩き出した。


「ヨミ、あんたに幸あらんことを」

「ああ、世話になったな、エンダー」


 エンダーさんから別れの言葉と、チャイーの食材をもらった。

 私とファルは、チャイーの食材が入った袋を背中に担ぎ、ヨミはエンダーさんの呪い絶ちの太刀を背中に担いでいる。

 しばらく歩けば、ファルが私に話題をふる。


「ところでレイン、イッタリはどんな場所なんだい?」

「うん、陽気な人がたくさんいるかな、あとは――」


 そうして始まった私とファルのおしゃべりの話題はつきない。そんな私たちをよそに、ヨミとリダは無言で旅路を歩いている。どこか陰りのある表情だ。


「そうなのか。イッタリの男は情熱的だと聞いたが?」

「……ファルほどじゃないと思うな」


 ファルの口から『情熱的』だなんて言葉が出るとは思わなかった。どの口が言うのだろう。ちょっとあきれてしまう。


「そうなのかい? レインには僕が情熱的に見えるのか!」


 ファルは悪びれるどころか嬉しそうに言って、私にウィンクする。久々に見たな。相変わらず、熱い人だ。

 私はファルのウィンクに気づかないふりをして話題をそらす。


「そういえば、ファルたちの故郷のスペインは、どんなところなの?」


 私の言葉に、ファルの眉間に一瞬だけ皺が寄る。でもそれは本当に一瞬で、今のファルの顔は笑っているから、さっきのは気のせいだったのかもしれないと思わされた。


「いい国さ。祭りが好きな、陽気な人間ばかりさ」


 いい国。そう言ったファルの顔が、どことなく薄暗く見えた。なんだろう、この違和感は。

 だけど私はその違和感の理由を訊くことができない。ファルがそれを拒むように笑い続けていたからだ。

 私はファルが時々、分からなくなる。明るい人なのは確かなのに、どこか胡散臭く感じてしまうのだ。私はそんな風に感じる自分が、嫌いだ。


「レイン、怖い顔してる」

「え? そうかな?」

「……ああ、気のせいかな」


 ファルは私にまた笑いかける。私もつられて笑い返した。先ほどまでの違和感は、消えていた。気のせい……だったのかな。


「ファルって時々、なにを考えているのか分からなく見えるけれど、気のせいみたい」

「……そう」

「あっ、ごめん。私って、思ったことを口にしちゃう性格なんだよね」


 あはは、誤魔化すように言ったのに、ファルは笑い流してくれない。怒らせてしまったのだろうか。

 私はファルの言葉を待つ。私がファルをじっと見ていれば、ファルは我に返ったように私に気づき、笑ってくれた。


「そうかい、レイン。それはいただけない性格だね」

「うぅっ……」


 思いもよらない言葉だ。ぐっと言葉に詰まっていたら、ファルは私の頭に手を置く。


「なんてね。素直なのは、いいことだよ」


 ポンポン、頭を撫でられてなんだかくすぐったくなる。妹に対するそれににた撫で方だ。妹と言えば。

 私はリダの方を見た。未だリダは、難しい顔をしている。


「リダはさ」


 私はリダに話しかける。リダはハッとしたように私の方を見た。


「リダ?」

「あ、ええ。なんですの、レイン」


 リダは私を見るとぎこちなく笑った。今日のリダは少しへんだ。

 緑色の瞳には、憂いが浮かんでいる。


「リダ、何か心配なことでもあるの?」

「い、いえ。本当に何でもありませんわ」


 リダが嘘をついているのは明らかだった。リダも嘘が下手だな。それでも私は、それ以上は聞かないことにした。きっと、呪いが解けたばかりで現実感がないのだろう。

 今日は黙って旅路を歩こうと私は口を閉じた。ファルとなら話題は尽きなかったけれど、その後はあえてなにも話さなかった。なんとなく、静かにした方がいい雰囲気を感じ取ったのだ。

 ヨミとリダは、相変わらず険しい顔をして黙々と足を進めている。

 ヨミはきっと、エンダーさんの呪い絶ちの太刀のことと、自分の呪い絶ちの太刀について考えを巡らせているに違いない。

 『呪いは呪いを誘う』。ヨミは呪いに抗う方法を探しているのだろう。

 私も、その力になりたい。


「……なに見てんだよ、レイン」

「え? あ、えっと」


 私の視線に気づいたヨミは、沈黙を破りため息混じりに私に言った。しくじったな、ヨミのことをじっと見すぎたかな。


「あの、私も、呪いを絶つ方法を探すから……だからヨミ、あんまり抱え込まないでって――」

「……ああ、分かってる。だが実際、呪いを受けていたのは俺だからな。最終的には、『俺の』戦いになるだろうな」


 低く重苦しい声だ。私は言葉を探すけれど、なんて返せばいいか分からない。

 私が視線を泳がせていたら、リダがクスリと笑う。私もヨミも、ファルも、リダの方を見る。


「ヨミさま、皆に心配をかけまいとしているのでしょうけれど、ヨミさまだって気づいているはずです。レインとヨミさまは、そんなやわな関係じゃないでしょう?」


 リダの言葉は私にはよく分からない。ヨミは、ちっ、舌打ちして私の方を見る。


「ヨ、ヨミ?」


 ヨミは私を見て大きく息を吐いた。心なしか、怒っているように見える。なんだろう、なにか悪いことをしただろうか。

 私がああだこうだ考えていたら、隣にいたファルが口を開く。


「レイン、君がいたからヨミはこまで来られたんだよ。きっとこれからも、同じだ」


「え……?」

「ファルセダ、余計なことを……!」


 ファルの言葉に、私はあっけにとられ、ヨミはいよいよ怒り声を荒らげた。

 ファルはにっこりと笑っている。


「それって、どういう意味……」

「そのままの意味さ」


 ファルはそれ以上は説明してくれなかった。

 それでも、ヨミにとって私が『大事な』存在なんだということは何となくわかる。嬉しさから頬が綻ぶ。


「やけますわね。まあ、私も負けませんけれど」

「僕もだね。レイン、僕はそれでも、君を諦めないよ」


 リダとファルの言葉は、私の頭には入ってこない。

 ヨミはといえば、私と目を合わせないように、一歩前に踏み出して、早足で歩いている。その背中は、どこか嬉しそうだ。昔とは違う。絶望の色は、一切ない。


「ねえ、ヨミ」

「……」

「ヨミってば!」

「うるせえ!」


 しつこく呼べば、短気なヨミは私を振り返った。振り返ったけれど、私の顔を見たとたん、顔をそらした。照れてるのかな。


「私も。私もね、ヨミ。ヨミがとても大切だよ。ヨミがいたから、ここまで来られたんだよ」

「ば、ばかじゃねえの」


 思ったままの気持ちを伝えた。ヨミは憎まれ口を返したけれど、それでも顔が緩んでいたから、きっとまんざらでもないんだろうな、と思う。


「これからもよろしくね、ヨミ」

「うるせぇよ」


 やっぱり返ってきたのは憎まれ口だったけれど、ヨミの顔はさっきよりはっきりと笑っていた。

 その笑顔は、とても幼く見える。五百年生きてきたとは思えない、純粋な笑顔だ。


「何だよ、レイン、俺になにかついてるか?」

「ううん、なんにもないよ」


 言って笑えば、ヨミは私からまた、顔をそらした。

 平和な旅路は、私たちを錯覚させる。この先、呪いの連鎖を絶てるのではないかと、淡い期待を抱かせるのには十分だった。

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