第37話 ある魔女の話

 その魔女には、妹がいた。魔女にそっくりな顔をした、双子の妹だ。

 幼いころの魔女と妹はそれは仲が良く、何をするにもいつも一緒だった。それが大人になるにつれて、あまり仲が良くなくなっていた。

 妹の魔術の才能は目覚ましいものであったのに対し、魔女には妹ほどの才能がなかったからだ。それでも魔女は、妹に負けまいと毎日鍛錬に励んでいた。

 魔女はとても心根の優しい魔女だった。それに対して妹は、少し自信家であった。


「ねえ、姉さんはなんでそんなにお人好しなの?」

「そんなことはないわ。あなたが少し他人に興味がなさすぎるだけで」


 会話と言えばそんなことばかりで、二人の間にはいつしか溝ができていた。



 魔女は『人のため』にその力を使い、妹は『自分のため』だけにその力を使っていた。そんなある日、魔女は妹の違和感に気づいた。


「あなた……もしかして誰かを呪ったの?」

「今頃気づいたの? そうね、私は人を呪ったわ。短命の呪いよ。私の呪いにかかった女は、未来永劫その一族の女が短命になるの」


 妹はさもおかしそうに言うが、魔女はそれを聞いて声を荒らげた。


「そんなこと、今すぐやめなさい」

「嫌よ。だってこの力のおかげで、私の寿命が延びるのよ? 私は死にたくない」


 いわく。妹は呪いをかけた分だけ、寿命を奪えるのだそうだ。魔女は怒り、妹を殺そうとする。


「姉さんに私は殺せないわ」

「……私の前から、消えて。もうあなたの顔なんか見たくもないわ」


 そうして二人は、別々の道を歩き出した。



 時は流れた。二人の魔女は、皮肉な形で再会を果たす。妹の死に目に、魔女は居合わせたのだ。妹は、その悪事から町の人に束になって襲われてしまい、命の灯は今にも消えそうな状況に陥っていた。

 魔女は妹を膝に抱く。魔女は、妹はもう助からないと悟った。


「姉さん……ずいぶん老けたのね。私はもう、死ぬのかしら……シニタクナイ。死にたくないよ、姉さん――」


 妹はぽろぽろと涙を流す。離別した時と同じ若いままの姿で。魔女は妹と自分の姿が重なって見えた。

 ――私だって、死にたくない


「あなたは死なないわ。だって、あんなにも他人の寿命を奪ってきたのだから。あなたはそう、少し眠るだけなのよ。だから怖がらないで、おやすみなさい?」


 気休めだ。膝に抱いた妹の目がゆっくり閉じられる。そうして妹が二度と目覚めることはなかった。



 その日以来、魔女は変わった。


「あなたの分まで、生きるから」


 魔女は死ぬ間際に妹の『呪い』を自身の体に取り込んだ。それによって魔女は妹の『力』を自分のものにしたのだ。魔女にはもう、怖いものなどなかった。


「私は、最強の力を手に入れた」


 妹の力を取り込んだ副作用から、魔女の性格は一変していた。優しかった面影はもうどこにもなく、冷徹な『悪の魔女』になっていた。魔女は呪いに飲み込まれてしまったのだ。

 気に入らない人間がいれば、残酷な殺し方をした。気に入らない女には、片っ端から『短命の呪い』をかけた。

 いつしか魔女は、一人ぼっちになっていたが、魔女はそんなことすら気にする様子もない。

 魔女の悪行は世界に広まり、魔女は皆から恐れられるようになった。

 魔女は何百年もの長きにわたり、悪行を尽くした。

 そんな魔女を倒したのは、ある一人の人間だ。魔術師でも何でもない、一人のただの人間だった。

 長く生きてきた魔女は、自分の力に慢心していたのだ。その慢心が命取りとなり、魔女は男に倒された。



 話を終えたエンダーさんは、お茶のカップを手に取り、ゆっくり口をつける。


「これがあたしの知っているすべてだわね」


 エンダーさんはそう言ってファルとリダを交互に見た。ファルはそんなエンダーさんに間髪入れずに口を開く。


「そうか、『ある魔女』は、自分の妹の呪いを自身に取り込んでいたのか。道理で西の果ての魔女の呪い絶ちの太刀が、リダに反応するわけだ。そして、僕がやろうとしている呪詛返しもまた、確実なものになるだろうね」

「ファル……?」


 私はファルの言葉の意味が分からず、ファルのほうを見る。ファルは私を見て小さく笑うと、続けた。


「そう、『ある魔女』は、自分の妹の呪いを取り込んでいるから、半分は妹と同化してるも同然なんだ。つまり、妹のかけた呪いは、ある意味『ある魔女』がかけた呪いともいえる」


 ファルは安堵したような口調だ。そうか、そうなれば、呪詛返しする『対象』は、エンダーさんの呪い絶ちの太刀でも代用にはなる。いや、代用以上だ。

 私はリダの方を見る。安堵、と、少しの不安を含んだ顔だ。


「リダ、きっと大丈夫だよ」

「……ありがとうございます、レイン」


 私の励ましの言葉に、リダはぎこちない笑みを私に向けた。


「さあさ、今日はもう遅いからねえ。その『呪詛返し』とやらは、明日ゆっくりやるといいい。あたしも呪い絶ちの太刀も逃げやしないからね」


 そうしてこの日は私たちはエンダーさんの家の客間で一夜を過ごした。私もリダもファルもヨミも、眠れない夜を過ごした。

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