第36話 西の果ての魔女との再会
チャイーに入ってからしばらくがたつ。私たちは西の果ての魔女の家を探して歩いている。予定ではもう着いてもいいころなのだけれど、私たちはなかなか西の果ての魔女の家にたどり着けずにいた。
「ヨミ、本当にこの辺なのか?」
「うるせえよ、黙ってついてこい」
先ほどから、ヨミとファルはこんな感じで機嫌が悪い。確かに西の果ての魔女――エンダーさんの家は、この辺のはずなのだ。それなのに私もヨミも、なぜだか見つけられない。辺りは日が暮れはじめ、風が冷たくなってきていた。
「西の果ての魔女なんか、本当はいないんじゃ……」
「あたしをお呼びかい?」
ファルが何か言いかけたとき、私たちの後ろから聞こえた声。私もヨミもファルもリダも、驚き後ろを振り返る。腰の曲がった白銀の髪の老婆、まぎれもなくエンダーさんがそこに立っていた。
「エンダーさん!」
「おやおや、ヨミ。あんた、すっかり呪いが解けたんだねえ」
「おかげさまで」
ヨミは小さく言うと、エンダーさんのもとに歩き、小さく頭を下げた。あのヨミがこんな風に礼儀正しくするのは、エンダーさんの前でくらいだろう。ヨミはエンダーさんの前では、『子供』のようにふるまう。言い換えると、エンダーさんを『お母さん』のように見ているのだけれど。
「レイン、あんたもずいぶんたくましくなったようだねえ」
「はい、エンダーさん。いろいろあったんですよ。アベを倒すまでには、それはもういろいろなことが」
「まあ、そうなのかい。たくさん話すことがあるだろうけど、もうすぐ日が暮れちまうからねえ。あたしの家で、ゆっくり話を聞くとするかねえ。そちらの『新顔』さんのことも、聞かなきゃあいけないみたいだからねえ」
エンダーさんはそう言って私にウィンクする。相変わらず、お茶目な人だ。
「……西の果ての魔女。僕たちはあなたの呪い絶ちの太刀に用があってきた」
「お兄さま、ここで話すことじゃ……」
ファルは短刀直入に話題を切り出したけれど、エンダーさんはそんなファルの頭をひと撫ですると、「知ってるよ」そう言って柔らかく笑う。
「あんたたちの訊きたいことも、ちゃんと聞くから。だから安心してあたしについて歩いてきなね。夕飯を用意しておいたんでねえ」
そう言ってエンダーさんは歩き出す。私たち四人もつられるようにエンダーさんについて歩いていく。
歩き出してほどなくして、エンダーさんの家が見えてくる。こんなに近くにあったのに、なんで私たちは気づかなかったんだろう。
「なあに、不思議なことはないよ。あたしの家は、普段は人目につかないように『隠して』あるのさ」
「そうなんだ。道理で見つからないと思った」
「そうさねえ、あたしもいろいろと大変なんだわよ」
エンダーさんはにっこり笑うと、家のドアをゆっくりと開ける。相変わらず立て付けの悪いドアは、ぎいい、と音を立てていた。
玄関のドアが開いた瞬間、なんとも言えないいいにおいがする。エンダーさんの料理のにおいだ。懐かしい。
「さあさ、お上がりなさいな」
私たちは促されるままにエンダーさんの家の中に入る。外とは違い、あったかい室内になんだかほっとする。テーブルには、『五人分』の料理が用意されている。エンダーさんは、私たちが来ることを知っていたのだろうか。
前に来た時もそうだけれど、エンダーさんは自分を訪ねてくる人を予期することができるのだろうか。
「さすがは西の果ての魔女だね。僕たちの訪問を『見て』いたのか」
「そうさねえ、最近はそれでも、うまく『見られない』んだけれどね。あたしも歳なのかねえ」
エンダーさんはテーブルの前に腰かけながら言う。私もヨミもファルもリダも、エンダーさんに促されて、テーブルの前に座る。
テーブルの上にある料理は、とても豪華だ。
「さあさ、話は食べながら聞くとするかねえ。冷める前にお上がりなさい」
「西の果ての魔女、僕らはそんな暇はなくてね。呪い絶ちの太刀は――」
「まあまあ、慌てなくったって、あたしも、あたしの『呪い絶ちの太刀』も、逃げやしないわね」
エンダーさんは、どうぞと言わんばかりに料理の皿をファルのほうに押して寄せる。ファルもそれ以上は何も言わず、ゆっくりとフォークを手に取って、料理を口に運んだ。
「おいしいかい?」
「ああ、おいしいです」
ファルはもぐもぐと咀嚼しながらエンダーさんにこたえる。私もファルに続いて料理を口に運ぶ。懐かしい、あの時と変わらない味だ。
私がほっこりした気分に浸ったところで、エンダーさんが重い口を開いた。
「あたしの呪い絶ちの太刀が、鳴いていたんでね、あんたたちの。いや、そっちの『お嬢さん』の呪いが、あたしの『呪い絶ちの太刀』に呼応しているのは明らかだわね」
エンダーさんの言葉に、リダはハッとしたように口を開いた。
「申し遅れました、私はカスアリダー、リダと呼んでください。こちらは私の兄のファルセダです」
「おやまあ、いい名前だねえ」
ぺこり、頭を下げたリダに、エンダーさんも頭を下げ返す。
「それで、西の果ての魔女、その呪い絶ちの太刀を、僕らに貸していただけませんか?」
ファルは相変わらず用件のみを言葉にする。その顔は少し焦っているようにも見えた。無理もないか。やっと呪いが解けるかもしれないのだ。
ファルの真剣な顔に、エンダーさんはひとつ息を吐いた。
「それでもね、あたしの呪い絶ちの太刀は、もう力を失っていてねえ。そもそもだよ、あたしの父がこの太刀で『ある魔女』を倒したのに、あんたの一族だけ呪いが解けてないのは、少しおかしな話でねえ……」
エンダーさんの顔が、少しだけ曇る。つまりは呪いは解けないということなのだろうか。
そういえば、呪い絶ちの太刀は、一度使うとその効力はなくなってしまう。それならば、ファルはどうやってリダの呪いを解こうとしているのだろうか。
「それは僕も知っていることです。リダに呪いをかけたのは、その呪い絶ちの太刀の術者の、妹ですから」
ファルははっきりとした声でいう。妹……? それじゃあ、エンダーさんの呪い絶ちの太刀じゃ、呪いは解けないんじゃないか。
私はファルをじっと見る。ファルはエンダーさんをまっすぐに見ている。鋭い眼光だ。
「そもそも、呪い絶ちの太刀で呪いを解くには、近親者の体の一部でも可能だったはずだ。それに、僕がやろうとしているのは、『呪詛返し』でね。呪い絶ちの太刀で術者を殺さなければ呪いが解けないというのは重々承知だ。そもそもリダに呪いをかけた魔女は、死んでいるからね」
ファルの言葉は少し難しく、私は頭が混乱する。
ここで、ずっと黙っていたヨミが口を開いた。
「エンダーの呪い絶ちの太刀の術者の魔女の妹の呪いを、『呪い絶ちの太刀に跳ね返す』、つまり妹の呪いを姉の太刀に呪詛返しするということか? そんなこと、可能なのか?」
ヨミの言葉で私はようやく状況を呑み込んだ。呪いを絶ち太刀に、呪いを跳ね返すだなんて、可能なのだろうか。
「僕の力をもってすれば、可能だ。呪い絶ちの太刀は『呪われた太刀』だと言っただろう。呪い絶ちの太刀は、呪いを食らうのさ。それは時に、術者の魂であったり、或いは呪詛返しした呪いであったりだ。ただ、西の果ての魔女の呪い絶ちの太刀が、リダに呪いをかけた魔女の『妹』だということは、計算外だったんだが。それでもこれが、今僕にできる唯一の方法だ」
ファルの言葉は重々しい。そうか、初めて会った時に言っていたのはこのことだったのか。『呪い絶ちの太刀は呪われた太刀』だとファルは言っていた。それでも、そういえばエニシが利用されるとも言っていたあれはどういう意味だったんだろう。
「ファル、訊きにくいんだけれど、ファルは『エニシの力が利用される』とも言っていたじゃない、それはどういう意味だったの?」
「ああ、それか。それは――」
「それはあたしから説明しようかね」
ファルの言葉途中でエンダーさんが口を挟む。私もファルもヨミもリダも、エンダーさんのほうに顔を向けた。
妙な緊張感に包まれる。みんな、ご飯を食べる手は止まっていた。
「そうさね、レイン。あたしが呪い絶ちの太刀を今もこうして『守っている』のにはね、わけがあるんだわよ。そう、刀鍛冶のタンジにも言われたかと思うけど、呪い絶ちの太刀を術者以外に向けてはいけないんだわね。もしその太刀を術者以外に突き立てたとき、その者は『呪い絶ちの太刀の呪い』に飲まれるんだわよ。呪いに飲まれたものがどうなるのかは、あたしにもわからないんだけどねえ。おそらく、呪いが暴走するのは間違いないけどねえ」
エンダーさんは一息に言ってお茶のカップに口をつけた。呪い絶ちの太刀に飲まれるって、呪いが暴走するってどういうことなんだろう。
「つまりはエンダー、『俺たちの』呪い絶ちの太刀を他人に突き立てると、アベの呪いと、エニシの呪いに飲まれちまうって解釈でいいか?」
ヨミは相変わらず理解が早い。ヨミの言葉で漸く私は理解した。エニシを利用されるっていうのは、そういうことなのか。
「ああ、そうさねえ。リダの呪を解いた後、ヨミ、あんたたちは『自分たちの』絶ちの太刀を探しに行かなきゃあならないんだわね」
エンダーさんは私とヨミを交互に見て言う。リダの呪を解いた後、か。結局ヨミは、ファルが言っていた『呪いは呪いをいざなう』という言葉には逆らえないのだろうか。呪いは呪いを呼ぶのだろうか。
「……ヨミ、レイン。少しおとぎ話をしようかねえ」
エンダーさんはそんな私たちに、ゆっくりと話を始める。初めて会った時と同じように、物語が語られ始めた。
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