第35話 旅の理由

  ヨミは話を終えると、ふう、と深く息を吐いた。そうか、そういう関係だったのか。そのあと、ヨミは十七の時に不老不死の呪いにかけられたと聞いている。結局、エニシとはどうなったんだろうか。


「ヨミ、エニシとはそのあとどうなったの?」

「ん? ああ、それはいくらお前でも言えねえな」


 ヨミはどこか遠くを見ていた。エニシとの思い出に浸っているのだろう。なんだか胸が苦しくなる。やっぱりヨミは、今でもエニシが好きなんじゃないだろうか。私の入る隙なんか、どこにもない。


「それから……」


 私がああだこうだ考えていたら、ヨミはゆっくりと口を開く。


「それから、俺が旅を続ける理由は、えにしとの約束を果たすためでもあったんだな」

 

 思い出したように言うヨミは、やっぱりどこか夢心地な瞳だ。エニシとの約束のために、たびをしている? 初耳だった。どういう意味なんだろうか。


「ヨミ?」

「ああ、えにしはいつも俺に、『この力は他人のために仕え』って言ってたからな。俺が呪いを解いた後も旅を続けてるのは、無意識にえにしとの約束を果たそうとしてたのかもなって話だ」

「無意識に、か……」


 無意識にヨミをそうさせたエニシに、私なんかがかなうわけがないと思ってしまった。エニシはやっぱり、今もヨミの心の中に生きているのだ。

 私はソファの向かいに座るヨミの顔を見ることができない。今、ヨミの顔を見たら、自分を保てる自信がないのだ。

 私はエニシの生まれ変わりではあるけれど、エニシにはなれやしないのだ。そう思ったらいたたまれなくなる。


「レイン?」


 そんな私に気づいたのか、ヨミが私を見て首を傾げた。


「な、なに、ヨミ?」


 私はうつむいたままに答えた。ヨミのため息が聞こえた気がした。私はおずおずと顔を上げる。ヨミは笑っていた。あれ、なんだろう、ヨミってこんな風に笑う人だったっけ。


「だけどまあ、俺はえにしに縛られる気はねえけどな」


 どこか、自分に言い聞かせるような言葉にも聞こえた。それから、私の心を読んだかのような物言いでもある。見透かされたようで恥ずかしくなって、私は再びヨミから視線を外し、うつむく。

 ヨミはいまだ私をじっと見ているようだった。視線を感じる。


「レイン、お前はえにしの転生者だが、お前とえにしを重ねて見たことはねえよ。大体お前は、えにしには似ても似つかないからな」


 ヨミの言葉は、本当なのだろうか。私は時々、ヨミの視線に違和感を感じることがある。ヨミは時々、私の瞳を懐かしむように見ていることがある。それらは無意識のものだったのだろうか。


「それでもヨミは、時々懐かしむように私のことを見ているよね」


 思ったことを自分のうちにとどめておくことなんかできなかった。私の性格がそうさせたのか、あるいはエニシへの嫉妬からか。私の言葉に、ヨミの空気が変わるのが分かる。


「そ、それは……」

「それは?」


 私は顔を上げてヨミを見た。ヨミの顔は心なしか焦っているように見えた。ほらやっぱり。ヨミは無自覚なだけで、私とエニシを重ねて見てるんだ。なんだか腹が立ってきて、私は顔を上げてヨミをにらむ。


「レイン? 怒ったか?」

「ああ、もう、そうだよ怒ったよ。私はレインだからね。エニシとは違うもの。エニシのように物分かりはよくないし、やさしくもない。強くもない。それでもヨミ、私がエニシの生まれ変わりだって事実は変わらない」


 八つ当たりにもほどがある。エニシのようになれたらなんて、そんなの無理に決まっている。私は私なのだから。

 そもそも私は、自分がエニシの生まれ変わりだということを知ってからまだ一年も経たないのだ、いまだに私は自分を受け入れられていない。というか、生まれ変わりだとしても、私の魂はエニシとは別物だったのだから、私がエニシのようになれるわけもない。


「レイン、何怒って……」

「だってヨミ、エニシの話をするとき、とても優しい顔をしてるんだもの。エニシのことがよっぽど好きだったんだね」


 ぎすぎすした物言いに、ヨミはたじろぐ。私はやっぱり、子供だ。今はもう居ない、エニシに対してまで嫉妬するのだから。それだけ私は、ヨミが好きになっていたのかもしれない。

 私はソファを立ち上がる。ヨミが私を見上げる。


「私もう寝るから」

「……ああ……」


 なんだよ、ごめんとか謝罪の言葉もないってことは、やっぱりヨミは私とエニシを重ねていたってことなのかな。腹立つ。

 私はヨミをひとにらみした後、自室へ向かって歩き出す。わざと足音を大きくして。ヨミはやっぱり私に何も言わなくて、それが私をさらに腹立たせた。



 ベッドに仰向けに寝転がる。秋の夜は静かだ。まるで私の周りの時間が止まったかのような、そんな静かさ。

 ヨミはエニシの言葉通り、他人のために旅をしている。

 私は何のために旅をしているのだろう。そう考えたら、恥ずかしくなった。

 私は私のために、旅をしている。しかも、ヨミと一緒にいたいからという、自分勝手な理由だ。

 誰かのために、この力を使おうだなんて、今まで考えたことすらない。


「……ヨミ」


 小さく名前を呟く。もちろん誰からも返事はなく、私の声は狭い部屋に飲み込まれる。

 ヨミは本当の名前を『ウツヨ』というのは知っていたことだけれど、私にはウツヨよりも、ヨミの方がしっくりくる。だって、私が出会ったのは、ウツヨではなくヨミなのだから。それでもヨミが、エニシの話をするときは、ヨミではなくてウツヨという人間に見える気がする。

 ヨミは、エニシの前ではあくまでもウツヨなんだと思う。

 ヨミは、ウツヨとしてエニシとともに、私が知らない時間を過ごしてきた。

 ヨミと名乗るようになってからも、ヨミはきっと、ウツヨでいた頃の記憶を思い返したに違いない。

 ヨミは自分を不老不死にしたエニシを憎んでいたけれど、きっとそれは、大好きだったからだろう。裏切られたから、辛くて悲しくて、だからそれが、憎しみに変わったのだろう。

 それでも、エニシはヨミを裏切ってなどいなかった。エニシは未来のために、ヨミを不老不死にしたのだ。

 私にはエニシの記憶があるからよくわかる。エニシもヨミを大切に思っていたことを。だからこそ、ヨミを不老不死にしたことを、ずっと謝りたかったことも。

 ……なんだ、そうか。エニシもヨミが、好きだったんじゃないだろうか。今までなんで気づかなかったんだろう。


「あれ……?」


 合点がいったと同時に、自分の気持ちが分からなくなった。私がヨミを好きだと思っているこれは、『私の気持ち』なのだろうか。それとも『エニシの記憶』なのだろうか。

 そういえば、私がヨミを好きだと気づいたのは、エニシの記憶を夢で見たあとのことだ。


「私は……誰?」


 私はエニシなのだろうか、それともレインなのだろうか。もう、よくわからなくなっていた。

 それでも私は、少なくとも今の私は、ヨミと離れたくないと思っているのは事実なのだ。

 この気持ちが、自分のものか、エニシのものか。私は、それを確かめるために、ヨミと旅をしよう、改めて思った。

 いつかこの旅が終わるまでに、自分の気持ちに答えを出せたなら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る