第31話 山賊遭遇〜虫の居所〜
その日はヨミとファルの機嫌が悪かった。
山を越えるべく朝早くから歩き始めた私たちだったけれど、その日は珍しくファルとヨミが会話をしていた。いや、会話といってもファルが一方的にヨミに対して愚痴を言っていただけなんだけれど。
「そもそもヨミ、君はリダのことをもてあそんで何が楽しいんだ?」
「もてあそぶ? 人聞きが悪いな。俺がいつもてあそんだんだよ?」
「無自覚なのかい?」
そんなやり取りがことの発端。いつもはヨミも言い返さず、不機嫌に聞き流すだけなのに、その日は珍しく言い返していた。虫の居所が悪かったんだと思う。
そんな二人のやり取りを、私はただ傍観することしかできなくて、リダはと言えば、うろたえながらも何も言えずにいた。きっとリダも、ヨミの気持ちを聞きたかったのだと思う。
「もてあそんでいるじゃあないか。リダが君にアピールすれば、それを拒むわけでもなく受け入れるくせに、ヨミはリダのことを好きだとも何とも思っていないのだろう?」
「はあ? じゃあ厚意を拒めばいいのか? それが望みなら今後はカスアリダーからの厚意はすべて断るぜ?」
ヨミは面倒くさい、そういう態度を前面に出している。ヨミの言い草にファルはいよいよ怒り出す。顔がみるみる真っ赤に染まるのが分かった。
「ヨミ、君はいつもそうやって適当に流して……」
「じゃあなにか、一つ一つ全部くそまじめに聞き入れろってか? 『飯はうまいか』と訊かれたら、『うまいがおまえには興味がない』、『好きだ』と言われたら『俺はお前なんか好きじゃない』。いいちすべて真面目に答えりゃ満足かよ!?」
声を荒らげたヨミは、初めて見たかもしれない。いつも不機嫌だけれど、こうやって感情をあらわにしたところは初めて見た気がする。ヨミは他人に対して無関心だ。リダだけじゃない、きっと私に対しても。
「ヨ、ヨミ……ファルさんが言いたいのはそういうことじゃなくて……」
「レイン、お前は黙ってろ。いいか、ファルセダ。俺は好きでもないやつを好きだとか、そういうことはできないって話をしてるんだ」
ヨミはファルを一蹴するように言うと、一歩前に出て歩き出す。ファルもそれ以上は何も言えなくなったのか、口を閉じて歩幅を早める。
私とリダは気まずくなってしまい、二人の一歩後ろをとぼとぼと歩く。
そうして四人、無言で山道を歩けば、いつの間にいたのか、木陰に人の気配を感じた。このパターンは、いただけない。おそらく私たちを囲んでいるのは、山賊か何かだろう。なんでよりにもよってこのタイミングで現れるのか。私はため息を呑み込んだ。
以前、山賊に遭遇したことがある。まだヨミと二人で旅をしていた時のことだ。その時はヨミは、子供のように山賊をからかい、退けた。魑魅魍魎を現世に呼び出して。
がさがさと木をかき分ける音が聞こえる。ヨミもファルもリダも私も、足を止める。私たちの周りに、山賊が現れ道をふさいだからだ。
「よう、旅人さんよぅ。痛い目見たくなければ、荷物を置いていきな?」
いかにもなセリフを吐き出した山賊さんたち。ああ、本当に間の悪い。私は恐る恐るヨミの顔を覗き込む。あ、ダメだこりゃ。
ヨミの顔は笑っていたが、目だけは笑っていなかった。ヨミはおもむろに左手をかざすと、その左手は青く光り出す。きっと魑魅魍魎を出す気だ。
それだけでも厄介だったのに、ヨミの隣にいたファルまでもが何か不穏な動きをした。右手で宙に文字を書いている。私に、『笑いが止まらなくなる呪い』をかけたときと同じ動きだ。
「姿を現せ、わが霊よ!」
そうしてファルが言い放った言葉とともに、ぽう、っと光る『霊』が現れる。半透明で向こう側が透けている、人間や動物。動物とはいっても、見たことのない姿かたちのものばかりだ。羽の生えた馬とか、角が生えた鳥のようなもの。ヨミが呼び出す魑魅魍魎とは少し姿が違うように思う。
ファルに対抗するように、ヨミは魑魅魍魎を呼び出す。餓鬼、魔物。あ、赤い目の龍もいる。私とリダはといえば、ただただ山賊さんたちを憐れむことしかできない。こうなった二人を止めるのは至難の業だと悟ってしまったのだ。
「それで、痛い目見るのはどっちだろうな?」
ヨミの口元が弧を描く。悪人のような笑い方だ。
「ヨミ、君の使い魔も、大したことはないんだね」
ファルはと言えば、山賊そっちのけでヨミに対抗心を燃やしている。そしてヨミは、そんなファルの挑発に軽々と乗った。
「はあ? 大したことない? 呪符を使えばこんなの比にならねえくらい上級の魔物を呼べるがな?」
ヨミはファルのほうをまっすぐに向き、言い放つ。ファルはふん、と鼻を鳴らし、無言でヨミを挑発する。
そんな二人に慌てふためくのは、山賊さんたちだ。ガタガタと震え一か所に集まりへたり込んでいた。なんだか山賊さんがかわいそうだとすら思えてくる。
幸い今、ファルとヨミの気は山賊さんたちからそれている。
「山賊さん、逃げるなら今のうちだよ……」
私は山賊さんたちに歩み寄り耳打ちするように小さく言う。山賊さんたちは震える足で立ち上がると、一目散に山道を走って逃げていく。
「あー、トラウマにならないといいけれど」
「それは無理じゃないかしら。こんなもの、私だって怖くて震えてしまいますわ」
いまだにらみ合うヨミとファルを横目に、私とリダは冷静に状況を見渡した。まるで地獄にいるような絵面だ。魑魅魍魎に見たことのない霊たち。
「やるか?」
「君の魔物ごときが僕の『霊獣』にかなうとでも?」
バチバチと火花を散らす二人をどうやって止めようか。私は腕を組んでうーん、とうなる。そんな私を見て、リダは小さく笑った。私はリダの方を見る。
「ああ、ごめんなさい。レインっていつも一生懸命なんですもの。なんだか羨ましくって」
「一生懸命? そうかなあ。私はただ、二人に喧嘩してほしくないだけだよ」
リダは「そうですか」、小さく言ってファルのほうへ歩いていく。
「お兄さま、そろそろおいたが過ぎますよ」
「リダ……だが……」
「それとも何ですか。私を怒らせたいですか?」
にっこり、リダが笑ったかと思えば、ファルは顔色を変えて背筋を伸ばした。
「は、はい! いい加減張り合うのはやめる。やめるから、怒らないでくれ!」
そう言ってファルは右手を上から下に振る。ファルの右手が下がり終えたとき、その場にいた霊や魔物は一瞬にして消える。それを確認したリダは、ヨミに歩み寄り深々と頭を下げた。
「ヨミさま、すみません。お兄さまを許していただけますか」
「……ちっ」
ヨミは舌打ちした後、パチン、左手を鳴らす。魑魅魍魎は消えていく。
「は、はぁ……」
私は一気に脱力した。と同時に怒りがわいてきて、私はヨミのもとに小走りに近寄り、そしてヨミの頭を軽くたたいた。パコン、と良い音がする。
「ってーな、レイン。何するんだ?」
「何するんだはこっちのセリフでしょ? 仲間同士で喧嘩してどうするの? っていうか、魑魅魍魎を安易に現世に呼んだら、また地獄の番の龍がヨミを地獄に連れて行こうとするかも知れないじゃない」
本当に馬鹿な師匠だとため息が漏れる。ヨミは以前、魑魅魍魎を軽々しく現世に呼びすぎたため、地獄の番に目をつけられたことがある。あの時はヨミの『姿を消す結界』に隠れてやり過ごしたんだった。思い出しただけで背筋が凍る。
「悪かった」
「え?」
空耳だろうか……? 今ヨミが私に謝った気がするのだけれど。でもその声は小さすぎて、ファルやリダには聞こえていないようだったから、確かめたくてもそれはできない。
私がぼーっと立ち尽くしていたら、ヨミは私に背中を向けて歩き出す。
「ヨミ……?」
「二度は言わねえからな!」
ヨミは照れたのか、背中越しに乱暴に言うと、そのまま山道を歩きだしていた。空耳じゃ、なかったんだ。何で急に素直になったのかとか、そういうのは考えないことにしよう。
「レイン、二度は言わないって、何?」
「ううん、何でもないよ」
リダが私に不思議そうに訊いてきたけれど、私はあいまいに答えた。本当のことを言ったらヨミが怒るだろうし、私自身、何だか誰にも言いたくなかったのだ。
「そういえば、リダ。ファルを説得するの、慣れてるの?」
「え? ああ。まあ、兄妹ですからね。お兄さまと喧嘩になると、勝つのは決まって私なんですのよ」
リダがにっこりと笑う。その笑顔には言い表せない威圧感がある。なんだか怖い。
「ああ、やめてくれ、リダ。……レイン、リダはこう見えて腕利きのシャーマンだからね。そう、喧嘩になるとそれは恐ろしい力を発揮するんだ……例えば僕は宙擦りにされたり、あるいはそれは恐ろしい幻を見せられたり……」
ファルの顔は真っ青だった。何だか気の毒にさえなってくる。この温厚そうに見えるリダのことは、絶対に怒らせまいとひそかに誓った。
「なにしてんだ、早くしねえと日が暮れるぞ」
そんな私たちのやり取りを知らないヨミは、あっけらかんとした口調でいう。本当にマイペースで羨ましい。
リダは今のところヨミに好意を寄せているから、ヨミとは喧嘩にはならないだろうけれど、それでもヨミとリダ、喧嘩になったらどちらが強いのだろうか。……きっとリダだな。なんとなくそう思った。
温厚な人ほど、怒ったときが怖いものであるとはよく言うけれど、私は今日、改めてそれを思い知った。リダを怒らせてはいけない。
「でもそういえば、リダのその力って、どういう力なの?」
「ええ……言いにくいんですけれど、私の力は人の潜在意識に働きかけて、幻を見せるものなんですの」
なんて恐ろしい能力だろう。ファルが恐れる理由が分かった気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます