第29話 ヒステリック・ヒロイン

 四人での旅は、実際ちょっと複雑なものだった。どうしても話し相手が偏るのだ。私とファル、ヨミとリダというように。今日だってほら。四人での夕飯のはずなのに、話をする相手はいつものごとく、私はファルと、ヨミはリダとに偏っている。私の向かいにはヨミとリダが座っていて、私の隣にはファルが座っている。


「ヨミさま、パンくずがついてますわ」


 そう言ってリダはヨミの頬についたパンくずを取ると、それを自分の口に入れた。んんん、新婚さんか何かですか。私は不機嫌さをあらわにするように、スープを一気に飲み干した。


「おやおや、レイン。またヨミばかり見てる」

「別にそんなんじゃないよ、ファル」

「そうかい」


 ファルは私の気持ちを知ってか、いつもこうやって私に意地の悪いことを言う。


「そういえばレイン、頬にパンくずがついているよ」


 ファルはそう言って自分の左頬をツンツンと人差し指でつつく。私はそれに促されるように自分の右頬に手をやる。だけど次の瞬間、私の左頬に温かいものが触れる。それがファルの唇だということに気づくのに、しばし時間がかかった。


「な、ななな、なにを……」

「ごめん、そっちじゃなくてこっちの頬についてたよ」


 ファルは私の目をじっと見て、笑う。灰色の瞳が私を写している。ファルの瞳に映る私は、ずいぶんとあわてた顔をしている。


「ほーう、お前らいつの間にそういう関係になったんだ?」


 ヨミの声に私は我に帰る。ヨミは半目で私を見ながらフォークに刺したジャガイモを口に運び、咀嚼した。いつもより不機嫌そうな声色に、何だかこちらまで腹が立ってくる。


「そういう関係って何? ヨミこそ、リダとずいぶん仲がいいよね?」


 言い返していた。最近の私は少しおかしい。ヨミとリダが仲良くするのが、どこか寂しかった。ヨミが私以外の人と話すのが、気に入らないだなんて。


「はあ? レイン、お前やきもちか?」

「なっ……やきもちなんか焼いてないよ? もういい。ごちそうさま」


 図星をつかれてしまって、私は居心地が悪くなってしまい自室へと歩く。わかってるなら、なんでリダばっかり構うのよ。私は、私だってヨミといろいろ話したいことはたくさんあるのに。

 ベッドに横になり天井を仰ぐ。そういえば、私には兄弟なんかがいなかったから、昔から両親の愛情を独り占めしてきた。だからリダとヨミが仲良くするのが気に入らないのかな。私に兄弟がいたら、私はもっと大人な性格に育ったのだろうか。

 ああだこうだと考えていたら、ふいにドアをノックする音が聞こえる。ファルだろうか。私は無視してベッドで寝がえりを打つ。だけどまた、部屋をノックする音が聞こえる。面倒くさい。私はベッドに横になったまま不機嫌に叫ぶように言う。


「誰?」

「レイン、俺だ」


 ヨミだった。びっくりして私はベッドから飛び起きてドアのほうへ向かう。そっとドアを開ければそこにいたのは紛れもなくヨミだった。少しバツが悪そうに頭をかいている。


「ちょっとあれだ。夜風にあたらねえか?」

「……うん」


 そうして私はヨミに連れられて宿の外へ出た。



 秋の夜は肌寒い。私はあわてていたため薄着で部屋を出てきてしまったことを後悔した。そんな私を見てヨミは、自分が羽織っていた上着を私の肩にかぶせる。


「ヨミ?」


 いつもと違って、やさしいヨミに違和感を感じてヨミをじっと見る。ヨミは私と目を合わせないように空を見上げて話し出す。


「あー。あれだ。カスアリダーとはそんなんじゃねえよ」

「『そんなん』?」

「……カスアリダーは俺に好意を持ってるみてえだが、それはきっと恋慕じゃなくて憧れだ。それにレイン、お前は俺の弟子だろ? だからあれだ。俺にとって一番はレイン、お前だって話だ」


 ヨミはそう言ってぎこちなく笑う。私が一番、か。

 さっきまで悶々としていたはずなのに、ヨミの一言で私の中のもやもやは晴れた。


「うん。そっか。さっきはごめんね、ヨミ」

「いや、俺も配慮が足りなかったっつーか……」


 ヨミは頭をガシガシと掻くと、私に手を差し伸べる。うん? なんだろう。

 私が首をかしげていたら、おもむろにヨミに手を握られた。握手、しようということだったらしい。


「これからもよろしくな、レイン?」

「うん!」


 私はとても単純な性格だと思う。ヨミの一言で、私の気持ちは一気に晴れたのだから。



 宿に帰れば談話室でファルとリダが兄弟妹喧嘩をしていた。


「だから、お兄さまには関係ないでしょう?」

「いいや、リダ。お前のためだ、ヨミのことはあきらめろ」

「リダ、ファル……?」


 ヨミをあきらめろって、どういう意味なんだろうか。私は気づいたら二人の話に割って入っていた。

 二人は私とヨミに気づくと口論をやめ、二人ともがうつむいた。


「レイン、ヨミ。お帰り。ちょっとリダと喧嘩になってね」


 ファルが顔を上げ、私のほうを見て笑う。喧嘩なのは、見れば分かる。でも、なんで喧嘩になったのだろう。


「お兄さまが、いつまでも私を子ども扱いするんです。昔からお兄さま、は…………?」


 リダは言葉途中にハッとしたように言葉を止める。何か嫌なことでも思い出したのだろうか。私はリダをじっと見る。リダは私に気づいたのか、私に作り笑いを向けた。


「なんでもありませんわ。お兄さまったら、私がヨミさまと仲良くするのが気に入らないみたいで」


 リダの笑顔は、いつもとは違う暗いものだったけれど、私にはそれがどうしてなのか、訊くことができなかった。リダの笑顔が、それを拒んでいるように見えたからだ。


「子ども扱いなんかしていない。ただ僕は……」


 そう言ってファルはヨミをにらむように見た。あれ、なんだろう。ファルに違和感を感じた。言い表せない、不安だ。虫の知らせのような、居心地の悪さ。

 私は言葉を吐き出そうとしたけれど、何も浮かばなかった。


「なんだよ、ファルセダ。俺に何かついてるか?」


 そんな沈黙の中、ヨミがファルを挑発するように口を開いた。ファルは相変わらずヨミをにらむように見ている。


「大体ヨミ、君はリダのことをどう思って……」

「どうもこうもねえよ。文句があるなら、ついてこなけりゃいいだろ?」


 ヨミは冷たく突き放すように言う。ファルの隣にいたリダは、驚いたように目を見開いている。


「なん、だと……!?」


 ファルがヨミの胸ぐらをつかむ。ヨミもつられるようにファルの胸ぐらをつかみ返した。待って、なんでそんなことになるの。まだ短い付き合いとはいえ、仲間だと思っていたのは私だけなのだろうか。


「あーもう、分かりましたわ。お兄さま、この旅はなかったことにしましょう」

「リダ……?」


 リダの言葉にファルはヨミの胸ぐらをつかんでいた手を放し、リダのそばに歩み寄る。ファルは大きく取り乱している。


「お兄さまがヨミさまをあきらめろというのなら、私はこの旅をなかったことにして、呪いに運命をゆだねます」

「何を言ってるんだ、リダ?」


 ファルはおろおろとリダの前でうろたえる。いつものへらへらしたファルはどこにもいない。心底妹を心配している。ああ、何だか羨ましい。私も兄弟が欲しかったな。


「そういうわけなので、ヨミさま。今までありがとうございました」

「リダ!? わ、分かった、僕の負けだ。だからそんなことを言わないでおくれ、呪いに運命をゆだねるだなんて恐ろしいこと言わないでおくれ」


 ファルがおろおろと言ったけど、リダはツンと目を瞑ってファルから顔をそらした。いつの間にか喧嘩は喧嘩ではなくなっていて、リダのペースに飲まれている。


「ヨ、ヨミ……リダを説得してくれないか?」

「俺には関係のない話だ。そもそもカスアリダーは旅をやめる気なんかさらさらないだろ?」

「そうなのか、リダ!?」


 なんとも情けない声だった。ファルはリダのほうを見て顔を明るくする。リダはそんなファルを見てひとつ息を吐くと、釘を刺す様に言い放つ。


「そうですね。私はヨミさまが好きですから、その気持ちにこたえてもらえるまで死ぬ気はありません。ゆえに、呪いに屈するなんてもってのほかです」

「リダ……驚かさないでくれよ……」


 へにゃりと床に座り込むファルは、やっぱりリダのお兄さんなんだと思う。リダを大事に思っているのは、この場にいる誰もが見て取れる。

 リダは少しだけ申し訳なさそうにファルを見ていたけど、それはファルには黙っておこうと思った。

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