第28話 まっすぐな人

 リダはなかなか情熱的な女性だった。

 ヨミと私とリダとファル、四人での旅路が始まるや否や、リダはあからさまなヨミへのアプローチをしている。ヨミはと言えば適当に聞き流すだけだった。

 ちなみにリダもファルも、旅慣れしていた。なんでも、この日に備えて準備運動をしてきたんだとか。たくましい兄妹だ。


「ヨミさま、今日の朝食は私が作りましたの」

「ああ、そうか」

「おいしいですか?」

「ああ、そうだな」


 まるで熟年夫婦のようなそっけないやり取りに、見ているこっちはなんだかもやもやさせられた。私のほうが、ヨミとの付き合いは長いのに。そういえば私はヨミに料理をほめられたことはない。オンミョウジュツに関しては、筋がいいとほめられることはあっても、それ以外の私生活で、ヨミにほめられた記憶はない。


「レイン?」

「あ、ああ。なんだっけ、ファル」


 私の隣に座るファルが私を覗き込み、私はハッと我に返った。


「そんなにヨミが気になるなら、レインもアピールすればいいのに」

「な……!? 別に気になってなんかないし?」


 私は上ずった声で言い返す。ファルはそんな私を見てにやにやと笑っている。そんなに私はわかりやすいだろうか。


「そう、それならいいんだけど。僕はレインが好きだからね」

「は?」


 素っ頓狂な声が漏れた。思わず手に持っていたフォークを落としそうになる。誰が誰を好きだって?


「やだなー、レイン。気づかなかったの?」

「か、からかわないでよっ!?」


 私は動転しているのを悟られまいと、必死に表情を繕って、フォークにさしたウィンナーを口に運ぶ。味なんかわかりやしない。……あれ? 私、前にもこういうことがあった気がする。そうだ、私がヨミを好きだって自覚したあの日とおんなじだ。


「あれあれあれ? もしかしてレインも僕が好きだった?」

「私……ファルの気持ちには応えられないよ」


 気づいたら思ったことが口に出ていて、ファルはわざとらしく肩をすくめる。


「そう。それは知っていたけれど、がぜん燃えてきたかな」


 そう言ってファルは私の額にキスをした。え、キスされた? なんでこの流れで? ていうか、なんで燃えてきたんだろう。


「ほーう、お前らそういう仲だったのか」


 私が動揺していたら、ヨミが私たちのほうを半目で見ていることに気づく。え、なに、なんで怒ってるの。ていうか、そういう仲って何。そんなんじゃないから。


「……ヨミこそ、リダとずいぶん仲がいいのね?」

「は? どこがだよ?」

「どこって……どう見ても仲良くしてるじゃない?」

「もう、レインったら~。私とヨミさまってそんな風に見えるのかしら?」


 私とヨミがにらみ合う中、リダはきゃっきゃと上機嫌にヨミを見ていた。

 何を怒っているのだろうか。実際ヨミとリダは仲良く見えたんだから仕方ないじゃないか。そもそもヨミにとって私ってなんなんだろう。


「ちっ、さっさと飯済ませたら、宿を出るぞ」


 私とのにらみ合っていたヨミがすっと私から視線を外して立ち上がる。


「そう。私はもういらないや。ごちそうさま」


 私はいつもの半分も食べていなかったけれど、今日はそんな気分じゃないから私もその場から立ち上がり、あてがわれた宿の部屋に荷物をまとめに行くことにした。




 道中も、なんだかヨミは不機嫌だった。まだ今朝のことを怒っているのだろうか。ヨミは五百年も生きてきた割に、子供っぽいところがある。


「レイン、またヨミのことばかり見てる」

「ファル……だって私、なんでヨミが怒っていたのかわからないんだもの」


 私は大きく息を吐いた。ファルはそんな私を見てクスリ、笑う。


「まあ、お互いに意地っ張りだから仕方ないんじゃないかな」

「意地っ張り? 私が?」


 私はファルの言葉に疑問符を漂わせる。私って意地っ張りなんだろうか。ファルは何も言わずに私の頭をわさっと撫でた。なんだかファルが大人に見えた。


「まあ、そんな君も素敵だけどね」

「な……」


 前言撤回。ファルは大人なんかじゃない。もしかしたらこの四人の中で一番子供かもしれない。

 そんな私とファルのやり取りに、リダがクスリと笑いを漏らした。


「……お兄さまはレインが本当に好きなんですのね」

「は? 何言ってるの、リダ」

「だって、お兄さまがこんな風に一人の女性を気にかけることなんか、今までありませんでしたもの」


 リダはくすくす、なんて上品に笑っている。

 そういえば、私は時々、リダがお姫さまのように見えることがある。言葉遣いもそうだけれど、立ち居振る舞いがとても丁寧なのだ。普段はとても明るく元気で、ヨミに対して情熱的なのに、それでいてどこか気品を感じるのだ。


「リダって、お嬢さまなの?」

「そう見えますか?」


 リダはまた、上品に笑う。


「うん、何だかお姫さまみたい」


 私が言えば、リダは「そうですか」と小さくつぶやき空を見上げる。あれ、何か悪いことを聞いてしまっただろうか。私はリダの顔をじっと見た。どこか憂いているようなそんな顔だ。


「私の一族はもともと、王家の血筋だったと聞きます。ですから私は、小さいころから厳しくしつけられてきました。それでも、私たち一家は、『呪われた一族』と言われ、町のはずれに追いやられましたけれど」


 リダは私を見て首をかしげる。とても悲しい笑みを浮かべて。そうか、それでリダの家は町のはずれにあったのか。あれ、でもお兄さんであるファルは、あまり王子さまって感じはしない。なんでだろう、おんなじ風に育ってきたはずなのに。男の子と女の子では、育て方が違うのだろうか。

 育て方と言えば、リダたちのご両親はあの家にいなかった。亡くなったということなのだろうか。


「そうだね、僕らの両親はもうこの世にはいないよ」

「ファル……?」


 私の心の中を見透かすように、ファルが答える。初めて会った時もそうだけど、ファルは人の心が読めるのだろうか。

 いや、それよりも。ご両親はなくなっていたのか。リダを見れば、目にうっすらと涙をためていた。


「ご、ごめん、へんなこと訊いて」

「いや、僕が勝手に『読んだ』だけだからね」

「読んだ?」


 私はファルのほうを見て首をかしげる。読んだって、いったい何を読んだのだろうか。私が不思議そうにしていたら、ずっと沈黙していたヨミが口を開く。


「シャーマンの力だろ。おおよそシャーマンっていうのは霊を通して相手の考えを読んだり、未来を占ったりするもんだからな」


 まるで知っているかのような口ぶりだ。ヨミはシャーマンに会ったことがあるのだろうか。


「ヨミ、さすがだね」


 ファルが感心したように言えばヨミは顔をしかめて答える。


「馬鹿にすんな。こう見えても長く生きてきたんでな」


 そう言ったヨミの顔はどこか薄暗い。

 長く生きてきた、か。そういわれてしまえば納得せざるを得ない。ヨミは私が知らない時間を生きてきた。何百年も。私と過ごした時間なんて、ほんの一瞬に過ぎないのかもしれない。そう思ったらなんだか自分が情けなくなった。


「ヨミさま、それでも私はヨミさまと出会えて幸せです」


 リダがヨミの手をぎゅっと握った。ヨミは少し驚いた顔をしていたけれど、同時に安心したようにふっと息を吐いた。

 羨ましい。そう思った。リダはまっすぐで素直な人だ。こういう時、私は素直じゃないし気が利かないから、どうしていいかわからなくなる。それなのに、リダは何のためらいもなしにヨミの心に寄り添って見せた。羨ましさと、嫉妬が入り混じる。


「レイン? どうかした?」

「何もないよ」


 私の異変に気付いたファルが、心配そうに私に声をかける。それでも私は素直じゃないから、そんな厚意を受け取ることすらできない。


「日暮れが早くなってきたから、先を急がなきゃ」


 自分に言い聞かせるように言って、私はひたすら足を動かした。リダのように、まっすぐに生きられたら、どんなに素敵だろう。

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