第27話 カスアリダー

 ファルセダさんについて歩く。私とファルセダさんは並んでいて、その一歩後ろにヨミがついてきている形だ。ヨミは相変わらず乗り気ではないのは火を見るより明らかだ。私は不機嫌なヨミをよそに、ファルセダさんとの会話を楽しんでいた。


「ファルセダさん、シャーマンってどういうものなんですか?」

「ああ、レイン。僕のことは『ファル』でいいよ。そうだな、シャーマンは霊を媒介するもののことだ。霊と話ができる」

「へー、それで私たちのことを知ったんですか?」


 なんだか私とファルセダさん、じゃない。ファルは意気投合してしまい話が尽きないのだ。ヨミは相変わらず不機嫌でほとんどしゃべっていなかったけれど。


「そう、霊はいろいろなことを知っている。僕の家系は代々シャーマンでね。妹もシャーマンだ。名前をカスアリダーと言ってね。そう、ヨミのことを痛く気に入っていたよ」

「へー、よかったじゃない、ヨミ」

「うるせえよ」


 ヨミは先ほどよりも不機嫌になっていた。雨だからだろうか、いつもよりとげのある物言いだ。

 私はこれ以上ヨミの機嫌を損ねないように、なるべくヨミには話題を振らないようにした。


「それにしてもレイン、君は本当にかわいらしいね。お嫁にほしいくらいだよ」

「な……!? 何言うんですか、もう!」


 かああ、と顔が熱くなるのが分かる。何を言うんだ、この人は。そういえば聞いたことがある、スパーニャの人は情熱的だと。


「照れないでくれよ。まあ、徐々に仲良くなれたらうれしいよ」

「だからそういうのはやめてください!」 


 私はファルの言葉に振り回される。ヨミはそんな私たちのやり取りにジト目を向けるだけで、私を助けようとはしなかった。



 そうして他愛もない話をしながら小一時間ほど歩けば、かわいらしい家が見えてくる。町を外れた場所に、ひとつの小さな家が建っている。家の周りはきれいに掃除されていて、花壇に花も植えてあった。おとぎ話のような家だ。


「あれが僕らの家だよ」


 ファルは私に柔らかい笑みを向ける。私もつられて笑い返していた。


「かわいいおうちですね」

「そうかい?」


 ファルは私のほうを見ながら玄関のドアノブに手をかける。ファルがドアを開けようとしたその時、玄関のドアが大きくあけ放たれ、ファルは転んでしまう。どうやら中から誰かがドアを開けたようだった。

 開け放たれたドアのほうを見れば、ひとりの少女が立っていた。健康的な肌の色に、亜麻色のウェーブがかかった髪の毛の少女だ。

 少女は、ファルを見下ろし、腰に手を当てて怒っている。


「お兄さま、また女の人と遊びに行ってたのですか!?」

「リダ!? 違う……」


 リダと呼ばれた人はファルににじり寄る。誰だろう、この子。元気な子だな。そう思って少女をじっと見ていたら、少女が私のほうを見る。

 赤い、瞳。


「カスアリダーさん、ですか?」

「そうですけど、あなたは誰ですの? っていうか、え、そっちの方はもしかして……!」


 カスアリダーさんは言葉途中でヨミに気づくと小走りにヨミに近づく。


「ヨミさまですか?」

「え? ああ、まあ……」

「ああ、本物!」


 カスアリダーさんはヨミの手を取ると、じーん、と感慨に耽っているようだった。

 というか、カスアリダーさん、呪われてるって言ってなかったっけ。呪われてるっていうからもっと元気がない感じかと思っていたのに、ずいぶん元気だ。

 でも、目の色を見る限り、彼女が呪われているのは明らかだ。以前のヨミと同じ、赤い目。


「お兄さま、ヨミさまを探してきてくれたのですね! さあ、ヨミさま、上がってください」


 カスアリダーさんはヨミの手を握ったまま、ヨミを家の中へと引いて歩きだす。私はわけが分からぬままに、二人について歩いていた。




「申し遅れました。私はカスアリダー。リダと呼んでください」


 カスアリダーさん――リダは客間に私たちを通した後、丁寧にお茶まで淹れてくれた。ゆらゆらと湯気の立つティーカップは、とてもおしゃれでかわいらしいデザインだ。家だけでなく、中に住んでいる人もおしゃれなのか。私はカップを見た後、リダに視線を移す。


「私はレイン。レイン・カルナツィオーネ。レインって呼んで?」


 各々に自己紹介をする。もっとも、ヨミだけは最後まで自己紹介をしなかったんだけれど。まだ怒ってるのかな。そんなヨミをよそに、ファルは妹のリダを心配そうに見ていた。


「リダ、寝ていなくていいのか」

「お兄さま、だって私、こんなに元気なんですよ?」


 リダはいたずらっぽく笑う。その様子は、どこか愛らしい。リダはとてもかわいらしい。表情もしぐさも。それでいて、どこか気品があるようにも感じた。


「全くこの子は、いい年をしてお転婆で困る」


 ファルが呆れたように肩をすくめる。


「リダは、いくつなんですか?」


 私は出されたお茶に口をつけながら何気なく訊いた。するとファルではなくリダが私の質問に答えた。


「今年で二十になります」

「え?」


 ティーカップを落としそうになった。今年で二十? 同い年じゃないか。

 私は再びリダをよく見る。言われてみればとても女性らしい体つきだけど、見た目はとてもあどけない。年下だと思ってた……。私が驚き言葉を失っていると、リダはそんな私を見ていたずらっぽく笑って口を開く。


「意外でした? うちの家系って、童顔なのか、幼く見られますの。でも私はれっきとしたレディですのよ。ねえ、ヨミさん?」


 リダはヨミのほうを見て今度は柔らかく笑った。あ、なんか嫌だ。私は自分の気持ちを誤魔化す様にお茶を口に入れる。

 リダはきっと、ヨミが好きだ。そう、感じてしまった。


「全くリダは。ヨミ、この子はずっと君に恋をしていてね」

「……こいつ、本当に呪われてんのか? ぴんぴんしてるじゃねえか」


 ヨミはリダの言葉もファルの言葉も耳に入っていないかのように、相変わらず不機嫌に言う。


「そう見えますか? それは私が『呪詛返し』をしているからでしょうね。多少ですが、呪いの力を弱めています」

「呪詛返し?」


 私は聞き返す様に呟く。リダは私のほうを見てクスリと笑った。あれ、馬鹿にされてる?


「ああ、レインさんはまだこの生業に就いて間もないですものね。呪詛返しは、呪いを術者に跳ね返す力のことです。たいていの呪いなら跳ね返せるんですけれど、短命の呪いだけはどうにもなりません」


「なんでです?」

「それだけ呪いの力が強力なのか、あるいは複雑なものなのか。それは私にもわかりませんわ」


 リダはそう言ってお茶の入ったカップに口をつける。リダの口調はとても柔らかくて、だからなのか、お茶を飲む姿も様になっていた。まるでお姫さまみたいだ。


「呪詛返しができてるなら、俺たちは用無しだろ?」


 そんなリダを一蹴するかのように、ヨミは冷たく言い放つ。それでもリダはあわてる様子もなく、手に持っていたティーカップをことりとテーブルに置く。やっぱりそのしぐさの一つ一つが様になっている。


「まあ、そうでしょうね。ヨミさまにとっては私のことなんて関係ないかもしれませんね。だけどヨミさま、ひとつ進言しておきます。『呪いは呪いをいざなう』。ヨミさまはこの先いくつもの呪いと対峙しなければなりません」

「どういう意味だ……?」

「そのままの意味です。西の果ての魔女もそうだったように、あなたは生涯呪いとは切っても切れない縁なのです」


 リダの声は、少しだけ怖い。私の向かいに座っていたファルも、同じように少しだけ怖い顔をしていた。

 呪いと対峙するってなんなんだろう。エンダーさんもそうだったようにって、どういう意味だろう。


「……なるほどな。呪いを解くには、実際に呪いを解いたことのある人間に訊くのが一番早い。道理でエンダーも、俺たちの扱いに慣れていたわけだ。だが、俺はエンダーのようなお人よしじゃねえ。呪いと対峙なんかする気はさらさらないんでね。さあ、レイン、行くぞ」


 ヨミはそう言って席を立つ。私も申し訳ないと思いながらも席を立つ。ファルとリダは「やっぱりか」、という顔をしているがあわてる様子はない。ファルもリダも大きく息を吐く。


「アベが。いや、エニシがこの先呪いに利用される、と言っても、呪いと関わることはしないのか?」

「ファル……?」


 ファルが何を言わんとしているのか、私にはわからない。だけどヨミは、『エニシ』という言葉を聞いたとたん、顔色を変えた。ヨミは部屋の出口に向かって歩いていた足を止め、ファルとリダを振り返った。私もヨミに倣って振り返る。二人とも、落ち着いた様子でソファに座っている。


「それはどういうことだ?」

「そのままの意味さ。レイン、君も無関係ではない。僕は『呪い絶ちの太刀』は、この世から消えることはないと言ったね。それはそう、君たちが打った呪い絶ちの太刀も、まだこの世に存在するってことさ」


 ファルの顔が険しくなっていく。呪い絶ちの太刀がこの世に存在すると、何かあるのだろうか。


「西の果ての魔女は、なぜいまだに呪い絶ちの太刀を大事に持っていると思う? 呪い絶ちの太刀は、呪いを絶つ太刀であるとともに、それ自身が『呪い』にもなりうるからさ。太刀を打つときに言われなかったか? 呪い絶ちの太刀は術者以外に向けてはならない、と」


 ファルの言葉には説得力があった。だってそれは、刀鍛冶のタンジさんに言われた言葉と全く同じなのだから。


『呪い絶ちの太刀は術者以外に向けてはならない』


 それはいったいどういう意味を持っていたのだろう。


「ファルセダ、お前は何を知っている……?」

「……あいにくだが、僕が知ってる情報はここまででね。それでヨミ、僕の妹を助けてくれるのかい?」


 まるで交換条件と言わんばかりの物言いだ。リダのほうは申し訳なさそうにヨミを見ていたがやがてゆっくり口を開く。


「ヨミさま……私たちもただ助けてくださいなんて虫のいいことは言いません。私たちも、旅についていきます。私たちは、この先あなたたちに情報を提供する。そして、あなたたちは私の呪いを解くために、西の魔女のもとに連れていく。悪くはないと思いますが」

「……勝手に、しろ……」


 投げやりな言い方だった。不本意なのだろう。それでも私はどこか安堵していた。リダを見捨てるのは心苦しかったのだ。

 でもそれ以上に、ヨミがリダの呪いと対峙してしまうのは、この先ヨミが生涯呪いと対峙しなければならないことを認めたようで、やっぱり苦しかった。

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