第25話 現世を生きる

 俺は転生した阿部とレインの体を『呪い絶ちの太刀』で貫いた。その瞬間、紫色の稲妻が、阿部とレインの体に落ちる。


「ぐっ」

「かはっ」


 ぱらぱらぱら、と呪い絶ちの太刀が散りとなって風に乗って消えていく。

 どさり、レインと少年はその場に崩れ落ちる。黒く染まっていた辺りの景色が元の色を取り戻していく。

 俺は地面に横たわるレインを見下ろす。


「レイン?」


 息をしていない。俺は刺した傷口を見る。血は、出ていなかった。


「レイン? レイン!」


 俺は動かなくなったレインの手を握る。何が大丈夫だ、死んでんじゃねえか。涙があふれる。くそ、くそ。結局俺は誰も守れないのか。


「レイン、レイン……! 俺はお前が好きだ、レイン」


 ぼたぼたとレインの顔に俺の涙がこぼれおちる。俺は動かなくなったレインの手を放し、立ち上がる。

 今の俺は、もう不老不死ではないのだろうか。確かめるすべなんかなかったが、俺は自分が許せなくて、死にたくなって、自分の胸に左手を当てる。自分の体に自分の力をぶつける、なんてことは今までしたことがないからわからねえが、でも今はそれしか死ぬ方法が思いつかなかった。

 俺が左手に力を集中したその時だった。俺は暖かい何かに包まれる。振り向けばそこには、レインが立っていた。


「レイ、ン?」


 俺は目をこすりレインを見る。レインは優しく笑っていた。


「残念ですが、うつよ。私はレインではありません」


 『うつよ』……? まさか、そんな。俺をそう呼ぶのは、このしゃべり方は。えにし、なのだろうか。


「えにし、なのか……?」


 訊けばレインの体を借りたえにしは俺を抱きしめる。憎くて憎くてたまらなかったはずなのに、俺の目から涙があふれて止まらない。えにし、えにし。やっぱりえにしは、今も昔も優しいまんまだ。


「うつよ。よく聞いて。私の魂はもう、この世からもあの世からも消えてしまいます。それでも、私はあなたを見守っています。それから、レインもあの少年も死んでいません。じきに目を覚ますから、安心しなさい」

「えにし……?」


 俺はえにしの瞳を見る。昔と変わらない優しい紫だ。


「えにし、えにしはなんで俺を不老不死に……したんだ?」


 ずっと訊きたかったそれを口にすれば、えにしは困ったように笑って言う。


「未来でうつよにもう一度会いたかったから、って言ったら怒りますか?」


 うそだ。えにしは嘘が本当に下手だ。


「そうか。えにし、俺は初めて不老不死をありがたいと思ったよ」

「ええ。私はこの子、レインの中に生き続けます。だからうつよ……」


 えにしはもう一度俺を抱き寄せると、小さな声で俺に耳打ちする。


「――……」

「ああ、わかってる、わかってるよ、えにし」


 俺の返事を聞いたえにしは、満面の笑みを浮かべると、そのままレインの体から消えていった。レインの体が崩れ落ちる。俺は地面に横たわるレインの体を膝に抱く。


「ん……?」


 えにしが消えてほどなくしてレインが起きる。ああよかった、生きてる……生きている。俺はレインを抱きしめる。


「え、ヨミ?」

「馬鹿、心配したんだからな」


 俺はレインの瞳を見る。紫のきれいな瞳、えにしと同じ、紫の瞳。


「ヨミ、目の色が、黒くなってる……呪い、解けたの? ヨミ、よかった、ヨミ」


 レインはぼろぼろと涙を流す。俺は腕の中に抱いたレインが泣き止むまで頭を撫でた。何がよかったんだよ、危うく死ぬところだったのに。本当に馬鹿な奴だ。



 レインが意識を取り戻してからしばらくして、『阿部の転生者』の小年も目を覚ました。

 俺たちは町の宿で静養していた。俺の体は、もう不老不死ではなくなっていた。


「全く無茶させやがって。どうして死なないって言いきれたんだ?」


 俺はベッドの上で食事をするレインに訊く。下手したら死んでいたというのに。そんな俺の気も知らないレインは、えへへ、と笑って話を始める。


「あのね、オーヴェさんが言っていたの。『私がエニシの転生者でも、私とエニシの魂は別だ』って。それからアベは自分自身に、『転生しても自分が自分であり続けられる呪い』をかけていて、だからアベの陰謀を防ぐには呪い絶ちの太刀でアベの転生者を殺す必要があった。あの太刀は、『アベ』の骨を材料に使っていたから、アベも一緒に殺せると思ったの。でもね、呪い絶ちの太刀は役目を果たすとその力を失っちゃうから、どうしても私とアベを一緒に殺す必要があったんだ。あ、あとそれから一番大事なことなんだけれど。エニシはね、『この未来』を知っていたの。だからヨミを不老不死にするしかなかったんだって。エニシ、すごく悲しそうだった、辛そうだった」


 一息に言い終えたレインは再び食事に目を落とした。本当に色気のない、救いようのない馬鹿だ。俺はえにしの最期の言葉を思いだす。


『レインは少し鈍い子だから、ちゃんと『好きだ』って伝えなきゃだめですよ』


 ああ、そんなのもう痛いほどわかってる。俺はあの時後悔した。レインに気持ちを伝える前にレインが死んだらと思うと今でも怖い。だから、俺は言うよ。


「なあ、レイン」

「なあに」


 レインはパンを咀嚼しながら俺のほうを見る。本当に、色気のないやつ。


「俺、レインが好きだ」

「うん? 私もヨミが好きだよ、大好き」


 レインはきょとんとした顔で俺に言う。ああ、だめだ。師匠、師匠が心配していた意味が分かったような気がします。レインが俺の気持ちに気づくには、まだまだ時間がかかりそうです。

 俺は窓の外を見る。レインと出会った時と同じように、憎らしいほどすがすがしい夏の青空が広がっていた。



第一部・完

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