第23話 どうにかなりそうだ
ハッとして目を覚ます。
「夢……?」
私は荷物の中から鏡を取り出し自分の姿を映す。ブロンズの髪と深い紫の瞳が写る。そうか、私は『レイン』なのか。
私が先ほどまで見ていた『夢』はきっと、エニシの記憶だ。
私はエニシの転生者だから、エニシの記憶を思い出したら自分が自分ではなくなるのではないかと思っていた。でもそうではないようだ。確かに生々しい記憶だけれど、私がレインとして生きてきた記憶が消えたり霞んだりすることはなかった。
そういえば、このことはヨミに言ったほうがいいのだろうか。オーヴェさんはヨミには言えなかったと言っていたけれど。
私があれこれ考えていたら、テントの外からヨミの声が聞こえた。
「レイン! 朝飯できたぞ?」
「は、はーい! 今行く」
とりあえず黙っておこう。私は身支度を整えて、ヨミのもとへと歩き出す。
「……レイン。おい、レイン。レイン!」
「あ、ああ。なんだっけ?」
ヨミは私に怪訝な目を向ける。う、うう。私は嘘をつくのが苦手だ。このままヨミがずっとエニシを誤解したまま生きていくのはとてもつらい。ええい、言ってしまえ。私はヨミに今朝の夢のことを話そうと口を開く。でも、私の喉から声は出ず、空気だけが口から外に出る。え、何? なんで?
私が一人で焦っていたら、頭の中に声が響く。
『まだ話さないで』
それはあの、夢で見たエニシの声だった。『まだ』とは一体どういうことだろう。いや、そもそも私の中に『エニシ』がいることに驚いた。
「レイン? お前熱でもあるのか?」
ヨミが心配して私の額に手を当てて、私はようやく現実に意識を戻す。
「だ、大丈夫、ちょっと疲れてるだけ」
私はそう言ってたき火で焼いた目玉焼きを口に入れる。味なんか、わからなかった。
朝食を終えてヨミと河原で話をする。ヨミは昨日の吉凶星の話をする。
「あれからいろいろ未来視をしたんだが……どうやら異変はここイッタリで起こるらしい。それから不可解なものも見た」
「な、何を見たの?」
私の心臓が早鐘を打つ。もしかして、エニシかな。エニシが本当はヨミのことを大事だって思ってたことに気づいたのかな。『アベ』を倒すためにヨミを不老不死にしたって気づいたのかな。
私は不安と緊張のまなざしでヨミを見る。
「どうやら、その異変は『呪い』によるものらしい。その呪いってのが、ジャポネの陰陽術にそっくりなんだ。黒幕はきっとジャポネの人間だと思う」
ヨミにしては自信のない言い方だった。ヨミ、そうだよ。黒幕は『アベ』なんだよ。言いたくても私の声はやっぱり出ない。
そんな私をよそに、ヨミは続ける。
「その黒幕を倒す方法なんだが……」
ヨミはここで間をためて私を見る。なんだというのだろうか。
「ヨミ? 私に何かついてる?」
「いや、その……黒幕を倒すとき、あの太刀――『呪い絶ちの太刀』を使うんだよな」
「それが何か問題あるの?」
「そもそも『呪い絶ちの太刀』を、『術者』以外に向けるなって、刀鍛冶のタンジがいってたろ」
「あ……」
「それにあれなんだ……その黒幕を殺すとき、レイン、お前と同時に黒幕を刺す必要があるみたいで」
ヨミと私の間になんとも言えない気まずい空気が流れる。
そうか、私死んじゃうのか。でも、それはそれでハッピーエンドじゃないか? 『アベ』を殺して、私――エニシも殺せば、ヨミの体は不老不死じゃなくなるし、ヨミは長年の敵――エニシを討てるわけだし。それにそもそもエニシの願いは『アベ』の呪いを阻止することだ。なんだ、これが一番最良の方法じゃあないか。
私はぱちくりと目をしばたたかせた。
「それってハッピーエンドじゃない?」
「は? 馬鹿かお前は! お前が死ぬのにどこがハッピーエンドなんだよ!?」
ヨミは私の頭をぱしこん、とたたく。痛いなあ、もう。そんなにたたかれたら、脳みそ出ちゃうじゃない。私はヨミをじと目で見た。
「なんだ? お前は俺を置いて死ぬのか? ……お前が死んだら、俺はこの先、生きててもなにも楽しめねえし、自責の念で狂うだろうな」
ヨミは目を伏せる。そんな風に言わないでよ。私だって困惑してるのに。でも、どう考えても私は私が死ぬ未来しか想像がつかない。
私は目玉焼きをもう一口ほおばる。やっぱり味なんかわからない。
「ヨミ、考えすぎはよくないよ、なるようになるさ! それよりご飯食べなよ。『腹が減っては戦はできぬ』っていうでしょう?」
「ああ、そうだな。まったくお前は相変わらずいい神経してやがる」
二人で顔を見合わせて笑う。この幸せな時がずっと続けばいいのにと思った。『アベ』も『エニシ』も『ヨミ』も、全部全部夢で、本当は私の目の前にいるのは『ヨミ』じゃなくて『ウツヨ』で、私はえにしの転生者じゃなくてただの『レイン』で。
二人で旅をしていろいろな国を回って、ずっとずっと一緒で、ずっとずっとウツヨが隣にいて。想像したら、涙があふれた。なんだ、なんだ。私は死にたくなんかないんだ。
私はずっと。ずっとヨミの隣にいたい。こんなにもヨミが好きだったんだ。
「レイン?」
「ごめん、ごめんね。何でもないんだよ。目にゴミが入っちゃて」
私はごしごしと目をこするけど、涙はとめどなくあふれてくる。ねえ、ヨミ。好きだよって言ったら、ヨミはどんな反応をするのかな。笑われれうかな、嫌われるかな。
「ちょっとごめん、寝てくる……」
「レイン、本当に大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ、大丈夫。ちょっと疲れただけだから」
ごまかすように言って私はテントへと歩く。私の期限はあと一週間。それまでに私はヨミに『好き』を伝えられるのだろうか。
「ヨミ、好きだよ」
テントの中で一人呟く。誰もいないここでなら、素直に言えるのにね。ねえ、おかしいよね、ヨミ。大好きで大好きで、どうにかなってしまいそうだよ。
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