第22話 師匠の夢

 私はその日、小人たちの声にしたがって道なき道を歩いていた。ふいに小人たちは路地裏に入っていく。私は何かあるのだろうかと小人たちを追いかけるように路地裏に入った。

 そこには一人の少年がいた。


『死んでるの?』


『違うよ、まだ生きてる』


 妖精たちは少年の目のに降り立ち、少年を覗き込むように見ている。生きているのだろうか。私が少年に声をかけようとしたら、少年は小人たちの声に反応を見せた。


「はは、あはは。なんだよ俺、幻覚まで見えるなんて」


 小さくか細い、今にも消えてしまいそうな声だった。この少年にはこの小人たちが見えるのか。この子には素質がある、この子なら私の遺志を継ぐ陰陽師になってくれる。だから死なせるわけにはいかないと思った。


「何のために生きてきたんだろ」


  少年はまた小さくか細い声でいうと再びうつむいた。ここから私の屋敷まで数十分、少年は歩く気力すら残っていない。少年を担いで私は歩き通せるだろうか。いや、無理だ。いくら少年が飢餓でやせ細っているとはいえ、十三、四の男の子を女である私が担いで歩けるとは思えない。何かいい案はないものか。


「少年、死んではいけません」


 とにかく、意識を失わせてはいけないと思い、私は少年に話しかけた。少年はかすかに反応し、私を見上げる。黒く濁った瞳が私を見ている。少年、生きるのです。私が必ず助けなければ。

 私を見上げた少年は、けだるそうに口を開く。


「あんたも、幻覚?」


 まだ、生きている。私は必死に何か方法はないかと考えを巡らせる。ああ、そうだ、そういえばこの路地裏に来る途中で、ご老人とすれ違った。手に土産のようなものを持っていた気がする。

 私はそれに賭けることにした。少年がまだ息をしているのを確認すると、少年に背を向けもと来た道を走り出す。間に合ってくれ間に合ってくれ。

 走ってほどなくしてご老人が目に入る。


「あの、そこのご老人!」


 普段こんなに声を張り上げたことはあっただろうか。私はそれだけ必死だった。ご老人は私の声に振り返り足を止める。


「はあ、ご老人。申し訳ないのですが、その手に持っている土産と茶筒を、私にくれませんか? あちらの路地裏で、死にかけている子供がいるのです」


 息を整える暇もなく早口に言う。ご老人はたいそう驚いていたが、快くそれを私にくれた。なんて徳のあるかただろう。


「ありがとうございます。あとでご挨拶に伺います。ありがとうございます、ご老人!」


 私はまた早口で礼を言うと、先ほどの路地裏まで全力で走る。まだ生きているだろうか、まだ死なないで。

 路地裏につけば、少年は横に倒れて目を瞑っている。間に合わなかった? 私は少年のもとに歩み寄る。 

 口元に手をやって呼吸を確認する。かすかに息を感じられた。私はあわててご老人からもらって包みを開ける。饅頭が入っていた。

 私はその饅頭を少年の顔の前に置き、かがんで少年を呼ぶ。死んではだめです。どうか生きて。


「少年、少年。死んではいけません。起きてこれをお食べなさい」


 私の言葉に少年は今一度目を開ける。そして饅頭に気づくと震える手でそれをつかみ、口に入れた。その瞬間、少年の目に生気が戻り、少年は起き上がるとぼろぼろと泣きながら饅頭を食べ、茶筒の茶を飲む。ほとんど丸のみのようにまんじゅうを食べた少年は、次第に体に力を取り戻したようだった。

 意識を取り戻した少年は、私を見て顔をしかめた。その目には憎悪や羨みが宿っていた。無理もない。今の今まで死にかけていた自分と、私を見て比較してしまったのだろう。自分だけ何でこんなに苦しまなければならないのかと。


「れ、礼なんて言わねえからな」


 ああ、これだけ元気ならもう安心だ。


「少年、名前は?」

「……『うつよ』」


 うつよ、現世。この子の親は、この子にどんな願いを込めてこの名前を付けたのだろうか。


「うつよ……現世か。『いま』を生きるための、いい名前だ」


 そうして私は、この少年を私の『弟子』として引き取ることとなった。



 うつよはとても飲み込みが早く、思った通り、陰陽師の素質を持っていた。初めて『霊力』を教えたとき、うつよはいとも簡単にその力を感じ取ったのだ。

 しかも彼の霊力の『色』は、青。霊力は青系統が一番強いとは言われているが、ここまではっきりと強く青く光る人間は初めて見た。

 私の霊力は『紫』で、青系統の力と赤系統の力の両方の特徴を持っていた。霊力の色はそれぞれ扱える陰陽術の違いを現している。たとえば私は赤系統の『未来視』と青系統の『万能』の半々を扱えるのだ。

 うつよはこれだけ強い青色をしているのだ、いずれは私を超える、偉大な陰陽師になるだろうと期待を寄せていた。 



「えにし! 暇? 修行見てくれよ」


 うつよは屋敷の中に私の姿を見つけるたびに、私に笑顔でそういってくる。かわいい弟子だ。


「うつよ、この前の精神鍛錬は毎日やってますか?」

「え? ……やってるよ」

「嘘をつくのが下手ですね、うつよは」


 楽しかった。うつよと話すのが、修行を見るのが。

 私は女でありながら生まれつき霊力が高いほうだった。でも、女という理由で陰陽師にはなれないと、兄たちとは隔離されて一人寂しく祖母の家で育てられた。

 それでも私は昔から負けん気が強く、兄様たちの修行を盗み見ては陰陽術を磨いていった。

 私が十五の時、私は本家の跡取りの兄様に呼ばれ、今の屋敷に住むことになった。兄様は陰陽師としての力は強かったが、霊力は『黄色』だったため、『呪い』の力が強かった。だが、その力は町の人におそれられ、兄様は手をこまねいていた。


 そこで私に白羽の矢が立った。私の『未来視』の力が必要だというのだ。最初は喜んで屋敷に入ったものの、私は兄様の『影』として、町民の悩みを未来視で占った。

 私の存在は公にできないので、私はほとんど屋敷の中で毎日を過ごした。

 あの日、うつよに会った日はたまたま兄様からお許しが出て、久々に外を歩いていたのだ。うつよと出会ったのは偶然か必然か。私はそんなことすら考えずに、うつよとの楽しい日々に心躍らせていた。




「えにし……? またあざがある。阿部に殴られたの?」

「いいえ、転んだのですよ。私は少し抜けていますからね」


 うつよは兄様……いや、阿部様を嫌っていた。それは阿部様が私を無下に扱うからだった。うつよは孤児だ。人から見下されたり蔑まれたりと、幼いころから辛い思いをしてきたのだろう。人の心に敏感な子だった。とても心根の優しい子だった。


「えにしは嘘が下手だよな。阿部のやつ、えにしの手柄を横取りしてあんな偉そうな顔しやがって……いつか俺は立派な陰陽師になって、えにしに楽をさせるからな!」


 頼もしかった、嬉しかった。うつよの日々の成長が、ただただうれしかったのだ。



 それでも神様は、私たちを平和には暮らさせてくれなかった。

 私はある日、兄様に違和感を感じた。ここ最近、陰陽術の本を読み漁り、何かを探しているようだった。私は兄様の目を盗んでその書物を見た。そこに書かれていた内容に、私はどうすればいいのかわからなくなった。

 そこには『黄泉の国と現世をつなぐ呪い』の方法が書いてあった。

 私は急いで自分の陰陽術の部屋に行き、遠くの未来を占った。その『未来』に私は絶望した。兄様は遠い未来で、あの呪いを完成させるのだ。何回も転生しては呪いをこの世界にかけていく。普通は転生すれば転生前の記憶は消えるものだが、兄様は死ぬ前に自分に呪いをかけたのだ。転生しても自分が自分であり続けられる呪いを。

 そして兄様は何百年も先の未来で黄泉と現世の境目をなくし、現世には魑魅魍魎がはびこっていた。

 私は何度も未来視を繰り返す。何かいい策はないだろうか、何か、何か。


 そうして何十回目かもわからない未来視で、私はひとつの希望を見た。うつよによく似た『赤い目』の少年が、転生した兄様に赤い剣を突き立てていた。それにより兄様の魂は完全に消え、兄様の呪いは失敗に終わる。

 この少年は、誰だろうか。私は耳を澄ませる。少年が言う。『えにし、俺は初めて不老不死をありがたいと思ったよ』

 不老不死、えにし。私の中で何かがつながる。つまりは私がうつよを不老不死にしたということだろうか。この少年はうつよなのだろうか。そうか、私とうつよが出会ったのは、このためだったのか。偶然なんかではなかったのだ。

 うつよには辛いものを背負わせたくなかった。それでも、あの未来を回避するためには、きっとうつよの力が必要なのだ。

 私は意を決してうつよを陰陽術の部屋に呼ぶ。何も知らないうつよは、いつものように私になつっこい笑みを向けている。ごめんねうつよ、ごめん、ごめん……。私は感情を殺す。


「えにし? どうかしたのか?」

「ええ。うつよ。その円の中に立ってくれない?」


 ごめん。ごめんと謝りながら、私は陰陽術の火の前に座っている。うつよは何の疑いもなく私があらかじめ書いておいた結界の中に入る。もう、後には戻れない。


「えにし? これはなんなんだ?」


 うつよは異変に気付いたようだけれど、もう私は後には戻れない。書物で調べた『不老不死の呪い』の呪文を無心で唱える。この術には、いけにえが必要だった。そう、術者の命が。

 私は無心で唱え続ける。やがて円の中が紫色に光るのが見える。もう少しだ、もう少しでお別れだよ、うつよ。私は最期の力で呪文を唱えた。


「がはっ!」


 紫色の稲妻がうつよを貫きうつよは倒れる。私の意識が遠のいていく。膝から崩れ落ちる。体に力が入らない。それでも私はまだ死ねないと力を振り絞り体を支える。息が苦しく目の焦点が合わない。

 稲妻に打たれたうつよが起き上がり、私を、見た。その目は『赤色』に変化していた。ああ、やっぱりお前があの『未来の子』なんだね。


「えにし!」


 うつよは私の名前を呼び私に駆け寄ろうとする。だめだ、こないで。今あなたに来られたら、私はこの世に未練が残ってしまう。

 私はうつよを威嚇するように立ち上がりにらんで、笑って見せる。うまくできているだろうか、うつよが私を殺したくなるくらいに、恐怖と絶望を与える笑顔を。


「うつよ、うつよ。私の体……お前の体は、今この瞬間に『不老不死』になった」

「えに、し?」


 うつよは驚きその場に固まる。ごめんねうつよ、ごめん、私のことは、忘れて。憎め、私を。未来なんていう途方もないものを救うために、あなたを犠牲にした私を、許さないで。



「私は何百年か先の未来で、もう一度人間として『転生』する。そう、その時私はお前の体を、不老不死のお前の体を私のものにし、私は永遠を手に入れる、ふふ、あははっ」


「うつよ、うつ……よ。私の体……お前はこの先死ぬことはできない。私にその体を明け渡す日まで。私は未来で、『永遠』を、手に……入れ、る……」

 


 そうして私の記憶はそこで途切れた。ねえ、うつよ。生まれ変わったら、今度はあなたを守るから。何を犠牲にしてでも、あなたを絶対に守るから。

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